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金持ち
真依子と笠井は,市内でもっとも大きな病院の正面玄関に来ていた。
「うちは出張祈祷はやってないんですけどね」
笠井がこぼした愚痴は,真依子はここに来る道中で何度も聞かされている。
「しょうがないじゃない。鴨下君のお姉さんは神社に来てくれないんだからさ」
「かといって神主と巫女様がわざわざ会いに行くのもなぁ」
笠井は神主装束,真依子は巫女装束をそれぞれ纏っている。この格好で街中を歩いていたため,通行人からの視線は痛かった。ただ,注目さえされればその理由は問わないのだろう,真依子は得意げに胸を張りながら闊歩していた。
「しょうがないじゃない。鴨下君の家は金持ちなんだから。祈祷料の1000万円も払ってくれるって」
眠そうだった笠井の目が急に見開いた。
「鴨下さんってそんなに金持ちなんですか?」
「ええ。お弁当の唐揚げは鶏肉じゃなくてフォアグラだし,おにぎりの具はトリュフだし」
「生活水準に知的水準が追いついてない…」