豪傑サイドン -永遠の用心棒-
殺戮企画の作品です。
「そら、どうした、貴国の兵はたった一人に叩き潰されるほど脆弱な兵らなのか?」
周囲には屍と血の溜まりが広がっている。サイドンの持つ重厚な戦斧の刃からも新鮮な血が滴り落ちていた。
敵の計略により城はまさかの落城をし、サイドンの主君は隣県の城へと逃れている最中だった。我が殿は偉大なお方だ。一時の後、きっと巻き返してくれるだろう。
そのためには……。サイドンは横目で後ろを振り返った。そこは書斎にある秘密の脱出路だった。主君の追手を断つためにもここを死守せねばならない。
彼と共に配置された味方の兵は既に戦死していた。
サイドンはもう一度呼び回った。
「軟弱な兵どもよ! お前達が来ないというならば仕方がない。俺はもう行くぞ!」
そうしてサイドンが敵に背を見せた時だった。
敵兵が一気に忍び寄り駆ける音を聴いた。
サイドンは振り向きざまに斧を振り下ろした。
敵兵は袈裟切りに裂かれ、分断された体と臓器が新たに床に散乱した。
「おのれ! たかが一人にいつまで手間取っているんだ! さっさと殺してしまえ!」
激高した敵の指揮官が叫んだ。
槍兵が掛かってくる。
突き出された穂先をサイドンは掴むと引き寄せ、斧を振るいその首を分断した。
血煙が上がり、サイドンの顔を鎧を朱に染めた。首を失った亡骸はヨロヨロと歩んだところで崩れ落ちた。
サイドンの斧は重かった。
「これならお前の膂力に合うだろう」
主君がある日、警護のサイドンを呼び、龍の飾りの付いた戦斧を授けて来た。サイドンは初めてだというのにその斧が自分の手に、腕に、身体にしっくり馴染むのを感じた。
「無頼上がりの私に、誠にありがたき幸せでございます!」
「うむ。サイドンよ、ワシの天下取りにはお前は無くてはならない存在だ。その斧と共に更に私のために励んでくれ」
「はっ!」
サイドンは心から敬服し頭を垂れた。
意を決した敵兵達がサイドン目掛けて突進してくる。
サイドンは迫る剣を掴み、襲い来る槍を小脇に挟み、次々敵の脳天に斧を振り下ろしていった。
兜が割れ、血と脳漿が吹き出し敵兵は次々倒れた。
サイドンは目を閉じた。
「サイドン!」
別れ際主君が振り返ったのを思い出した。
「全て私の不覚だった。まさかこのような戦でお前を失うことになろうとは!」
御曹司と姫もいた。
「サイドン、死んじゃやだ!」
まだ幼い姫がそう言ってサイドンの脚に縋りついてきた。
「姫様、このサイドンは不滅です。必ず生きて帰ってきます」
サイドンは主君を見て言った。
「必ず追い付いて見せます! 敵が嗅ぎつけてくる頃合いでしょう。我が君、さあお早く行かれませいっ!」
「必ずだぞ、サイドン! お主の席を預けられるものなど他にはいないのだからな!」
敵兵が斬りかかってきた。両目を開くとサイドンは咆哮を上げて敵に向かって行った。
「このサイドンは不滅! 不滅なり!」
サイドンは斧を振るいまくった。彼の斧の行くところ、血と断末魔の声が上がった。肉片が宙を舞い、血の雨が降り注ぐ。
サイドンは敵の指揮官を睨み付けた。
「ええい、兵をどんどんこっちへ回せ! この化け物を討ち果たすのだ!」
敵の指揮官の背後から新たな敵兵がなだれ込んできた。
一斉に剣が抜かれ、槍先が向けられる。
サイドンは肩で息をしながら不敵に微笑んだ。
「サイドンは、不滅なり! 不滅! 不滅なり!」
そう自らを鼓舞し、あるいは敵を戦慄させ、サイドンは力を振り絞って斧を振るう。鮮血の下、屍の上に屍が積み上がった。
剣を圧し折られ唖然とする若い兵の首を跳ねた。
槍隊が一斉にその先を突き出した。二本を小脇に抱えたが、残る数十本は彼の鎧を突き破り腹を胸を深々と突いていた。
痛みに顔をしかめるまでもなく、小脇に抱えた槍を腕の力で圧し折り、敵の真っ只中に飛び込むとサイドンは咆哮をあげて斧を振るった。
「うおおおおおおっ! 我は不滅なり! 不滅なり!」
敵兵の首が一挙に十数個も刎ね飛ばされた。凄まじい血煙がサイドンを汚し、祝福する。
「行け! 行くのだ!」
半狂乱になりながら敵の指揮官が声を上げる。
新たな敵兵が殺到してくる。
その一人一人を斧で打ち殺し、サイドンは指揮官を睨んだ。
「ひいいいっ! 兵だ! もっともっと増援を寄越すのだ!」
指揮官の声に敵兵が再び勢揃いする。
サイドンは斧を構えようとしたが、不意に身体がふらついた。
見れば気付かぬうちに幾つもの刃がサイドンの身体に突き立ち、傷口という傷口から血が滝のように流れていたのだった。
サイドンは目を閉じた。
「我が君、このサイドン、どうやら約束を果たせそうもありません。ですが!」
サイドンは眦を見開いた。
「この命尽きるまであなたのために斬って斬って斬りまくってくれますぞ!」
敵兵が一斉にサイドンに突進する。その脇を幾つもの矢が通り過ぎ、鋭い風の音と共にサイドンの身体に突き刺さった。
「雑兵が! まだまだお前ら如きに遅れは取らぬは!」
サイドンは敵と激突し、阿修羅の如く斧を振るい続けた。
首が、腕が、次々宙に舞い上がったが、サイドン自身も無傷では済まなかった。
弩兵が次々矢を撃ってくる。サイドンの身体に次々矢が突き立った。
「おのれらが!」
サイドンは弩兵の中に飛び込み斧を振るった。また幾つもの首が吹き飛んだ。
「くっ」
不意に視界が暗転し、サイドンはたまらず片膝をついた。疲労も濃い上に血を流し過ぎた。敵兵が忍び寄ってくると起き上がり斧を振るった。
そうして再び沈み込む。また敵兵が迫るのを察すると身を起こし斧の錆にした。
「よし、さすがの化け物も弱っているな。後少しだ。兵を! 兵はいないのか!?」
敵の指揮官の声が虚しく木霊する。
静寂の後、一つの足音が恐る恐る近付いてくるのをサイドンは聴いていた。だが、この身も冷たくなりかけていた。もはや後は亡骸となる運命だった。
だがっ!
サイドンは起き上がり、斧を振るった。
「ひっ!?」
敵の指揮官が剣を跳ね上げられ、悲鳴を漏らす。
サイドンは斧を振るい、一刀両断に敵を切り裂いた。
二つに分かれた屍が倒れる。
そしてサイドンも前のめりに倒れた。
もはやサイドンの前に立っている敵はいなかった。
「我が君、必ずや天下を掴まれよ……」
彼は安心して永遠の眠りについたのだった。