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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
紺碧に眠る負の遺産編
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04 トーキック

令和初投をどうぞ

 明けて、これまた水揚げされたばかりの魚だらけ朝ご飯をいただいた二人。時間まで港を散策することにした。二日酔いにならなかったようで何よりである。

 開店前の売店ばかりでも漁業関係者が忙しく往来して活気を見せていた。賑々しい様は見る者を飽きさせない。


「俺、大人になったら漁師になる」


 そう口に出てしまうのもわからなくもないほどに。


「舜治の体力では三日ももちませんよ」


 バッサリ切り捨てられる。言われたほうはぐうの音も出ない。


「あ、違いましたね。初日でどこまで耐えられるか……」


 追撃のほうが酷かった。お千香は感情に素直な生き物である。だだ甘えや毒舌がストレートに出てわかりやすい。

 今さらこの程度で堪える舜治ではないが、仏頂面は隠さないことに決めた。


 そんな舜治の機嫌を更に損なおうかという人物が近づいてきた。


「ちょっといいですか?」


「あ”?」


 仏頂面のまま、いつになく声音も重く低く。

 思いがけないチンピラ風にお千香の足も止まる。もしかして怒らせてしまったのかしらと。これまで耳を塞ぎたくなるような正論でイジりたおしてきたものの、舜治が激昂したことはない。

 文字通り恐る恐る顔色を(うかが)う。


 大丈夫、怒った目はしていない。お千香は心から安堵して愛しい腕を掻き抱いた。

 逆に不意を突かれた舜治がつんのめりそうになるが、それこそお千香が許さない。何がきっかけになるやら、甘ったるい空気が漂い始めてくるのだから周りの迷惑も考えてほしい。


 声をかけた者もまさにそう思った。


――この僕を無視してなにいちゃついてんだよ!


「あのー、僕の話、聞いてもらえます?」


 やっと二人の視界に小太りの男が入った。


「誰?」


「僕は吉田淵二。ちょっとしたインスタントグラマーなんです」


「はあ」


 胸を張る吉田と一歩下がる舜治の対比が痛い。この男に声をかけられる心当たりがまるでない。露骨に警戒の視線をぶつける。

 邪魔されることを何より嫌うお千香にいたっては第一印象最悪だ。口元は笑っているのに目が暗い情念を宿しているのが拍車をかける。


「実はですね、この島にはとっても神秘的な洞窟があるんですよ。ご存知ですか? 僕はそこ目当てで島に来たんですけど、誰も船を出してくれないんです。遊覧船の人に聞いてみたら知らないって言うし、漁船に頼んでもダメでした」


 ピンとくるものがあるような話な気がする。


「存在するのは間違いないのに、島の人は誰も連れてってくれないのは酷くないですか!」


 秘匿事項として島民は守っているようだが、知らずと漏れるものは漏れる。


「噂では光が射し込んでとっても綺麗だとか。どうです? 行ってみたくありません? カップルなら尚更」


 一方的によくしゃべる。吉田の言う通りなら女性受けする素敵な観光スポットになりそうだ。


「観光案内にも載ってないのがまず不思議。きっと秘密があるに違いない!」


 見たことあるんじゃなかろうか、というくらいの必死のプレゼンが続く。


「それで声をかけたんです。一緒に行きましょうよ。きっと人数多かったら船も出してくれるはず」


 思い込みの強い人間らしい。あちこちでトラブルを起こしていそうな感がひしひしと。


「そういうの間に合ってるから。この後行くし」


「え?」


 ここで舜治が滑らせる。大抵この手の口滑らしはお千香と相場が決まっているのだが、まさかここで滑らせた。お千香もびっくりである。


「……あっ」


 さすがに己の迂闊さに気づく。


「よっしゃーっ! ついてる、ついてるぞぉー! やっぱ僕は持ってる!」


 小太りが小躍りする。


「いやー、良かった、良かった。これから? どの船?」


 わざとらしく船着場をきょろきょろと。額に手をかざす仕草がイラつきを煽る。


「一緒に行くとは言ってないが」


「まあまあ、そういうこと言わないで。頼んますよ」


 吉田は断られるとは微塵も思っていない。何によらず自分は正しいと思っている節が有りありとしている。

 舜治の空いているほうの手を取り、何度も上下に振る始末。

 これには妖姫も黙っていない。問答無用で吉田の手を叩き落とした。大事なお手てに類が及ばないよう吉田の手首だけを狙ったのは器用。


「痛っ」


 人間の知覚を超えるスピードでの所業、誰が何をしたのかわからない。わけがわからず手首を抑えてうずくまる。


「あー、大丈夫?」


 舜治も何をしたのかはわからない。が、誰が何かをしたのだけはわかる。骨が折れてなければいいのだが。


「とりあえず一緒には行かないから」


「ってめ」


 振り払われた際に手を痛められたと解釈した吉田は睨みあげる。その鼻先に同行拒否を突きつけられたのだから、血圧も急上昇まったなし。


「彼女さんからも言ってよ。これ以上は僕も我慢できないかもしれないから。こんな頼りない男、殴るのなんて簡単だかぐへっ」


 最後まで言い切ることはできなかった。させてもらえなかった。

 お千香のつま先が小太りの腹に突き刺さっている無情な現実。これは舜治にも見てとれた。それはそう、その姿勢のままだったのだから。


「五月蝿い」


 体幹ぶれず、スカートも乱さずゆっくりとおみ足を引き戻す。その流麗な動きは演武のよう。


「ぐげぇ、が、あぁ」


 気絶させない絶妙な力加減が吉田を長く苦しめる。


「さ、主様、あちらの売店が開いたみたいです。行ってみましょう」


 天使を思わせる無垢な微笑みで瓜実が絡めたままの腕をひく。舜治の顔が若干引きつっていたのは誰が咎められようか。


――おっかねぇ。


 久しぶりに人ならざるものに恐怖した巫覡であった。



 稲田と約束の時刻、先方は当然といった風でたたずみ待っていた。それなのにわざと存在感を薄めているとしか思えない。危うく通り過ぎるところだったのだから。

 小声で確認すると、お千香も同感という。


「お疲れ様です。良い日和、何よりです。波も穏やかですし、船を出すに申し分ございません」


「それはいい話ですが……あの、さっき、ちょっと絡まれたんですよね。ああ、島の人じゃないんで。例の洞窟がどうこう言ってて、乗せてくれる船を探してたよな」


 同意を求められたお千香は何度も首を振る。


「完全に秘匿しているわけではない?」


「洞窟があること自体は知られていてもおかしくありません。島民も知らんぷりしていたはずですが……それでも封じたものがあることは絶対厳守です」


「変なやつでしたけど、そこまで知っているようではないですね」


「そうですか……少し警戒が必要かもしれません。係の者に連絡しておきます」


 電話連絡を終えた稲田に促され、稀代の巫覡と無双の妖姫は再び紺碧の海へ繰り出すこととなった。


「あっち、あっち見てください。綺麗な砂浜です。悪霊だか知りませんけど、さっさと片付けて、海水浴しましょう! きっと楽しいですよ!」


 今のところ緊迫感はない。

インスタントグラマーは誤表記ではありません(笑)

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