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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
紺碧に眠る負の遺産編
96/101

03 小太りと逆三角形

平成の最後にどうぞ

「ですから、この島に不可思議な洞窟があるのはわかってるんです! そこまで船で連れてってほしいだけなんです!」


 小太りは鼻息荒く、血圧を上げていた。

 フェリー乗り場からほど近い番屋の並ぶ一角、作業中の漁師に身振り手振り交えて食い下がる。

 喧嘩を売ってはいけない相手としてヤクザ以上と音に聞くのが漁師。幸か不幸か絵に書いたようた迷惑顔の漁師は温厚で名高い人物だった。それ故小太りは健在であり、調子づく。


「この僕がこんなに頼んでいるのに!」


「遊覧船があっから、そっちさ頼め!」


 語尾を強めて言い返される。


「それを早く言ってよ!」


 礼も言わずに立ち去るリサーチ不足な小太りであった。


「ありゃぁ、お上に言っといたほうがええか……いや、知らん知らん」


 長年潮風に晒された面貌は深いシワが刻まれている。そんな(かぶり)を振って温厚漁師は小太りの背を見送った。



「僕ほどネットリテラシーとマナーが高い投稿者はなかなかいませんよ」


 消防士の妻は夫が子どもと一緒に売店を見に行っている間、港を眺めるベンチで一休みをしていた。そこに小太りの男が一方的に話しかけてきたのだった。

 その割には視線が合わないようだが。


「そんな僕が船のチャーターを断られるなんて、おかしいと思いませんか! 船じゃなきゃ行けないんだから!」


「はぁ……」


 おかしいのはお前のほうだと口から出なかったのが不思議なくらい。なんの脈絡なく、なぜ私に話しかけるのか、頼れる夫の帰還を()くと願った。


「何の用だ!」


 願いは通じた。健康優良児感いっぱいの男児に手をひかれた筋張った体躯がキツめに問う。叱責とも言える。


「ああ、旦那さんですね。あなたにも一緒に頼みに行ってほしいですね。やはり男の数が多いとプレッシャーかけれますから」


 小太りは怯まない。


「わけわからんことを。こっちは家族連れなんだ、どっか行け!」


 消防士は体格を活かして追い払う。


「この吉田淵二(えんじ)を邪険にして、ネットに上げられてもいいのか! あんた消防士だってな!」


 さっきと随分矛盾する台詞を吐くではないか。


「知るか! さっさと行け!」


 やっと離れていく小太り。


「フェリーで一緒だった奴か?」


「なんなの気持ち悪い」


「ママ、大丈夫?」


 健康優良児のほんわかとした存在がささくれた気分を()らしてくれた。


■ ■


 現場へ向かうのは明日の午前中と言い置きして稲田は宿を後にしていった。


 漁師町の民宿らしい豪勢な夕食に拗ねていたもの言う花はすっかり機嫌を良くし、舜治にお酌したり小皿に取り分けたりと世話焼き女房全開である。


「タチウオのから揚げうめぇ」


 うっすらカレー粉をまぶしてあるのが舜治はいたく気に入った。


「ホタテと違うんですか、これ? 美味しいです」


 ヒオウギ貝のカクテルはカボスとよくわからないチーズが絶妙な味わいだとお千香が。


 クルマエビの天ぷら他各種、タチウオは細切りのお造りが凝っていた。

 何気ない塩焼きもほくほくの白身が脂を垂らす。

 ふんだんなウニの炊き込み飯はむせ返る香りだけで美味しいほど。

 他の客より料理内容が格別なのは稲田の口利きであると二人は知らずに舌鼓を打っていた。


「飲み過ぎですよ、お千香さん」


 空き瓶を振る。


「同じだけ飲んでおいて、そう言いますか。頼んできます」


 払いが向こう持ちと知ってのビール追加である。


「あー、明日役立たずかもしれん」


「それはそれでいいんじゃありません?」


 世話焼き女房は無責任。所詮他所様の霊障なんぞ知ったことか。旦那様にひっついているだけだ。


「それもこれも、美味すぎる料理とビールが悪い」


 そう言いつつグラスを空にする。間髪入れずに注がれるから困りもの。


「あら、無理して飲まなくてもいいんですよ」


 大妖怪が小悪魔ちっくに微笑んだ。


■ ■


 二人が満喫している同時刻、岩礁を避けて泳ぐ人間がいた。暗闇をヘッドライト一つでよどみなく進む。

 やがて目的地と思しき地点で岩壁にトンネルらしき間口が見える。水没していて侵入を拒んでいるようだった。

 泳ぎ着いたその者は大きく息を吸ったかと思うと躊躇なく潜った。夜間の海中に潜行するのは並大抵の胆力ではない。泳ぎに自信があるだけでは数メートルも進めやしない。

 海中洞窟の内部はほぼほぼ一直線であるものの、時間にして10分は潜水しているだろう。人類の肺活量はそこまで多くなるものなのか検証してみたい。

 ようやく駆け上がりに手が触るようになり終点間近を思わせる。

 四足で岩肌を駆ると待ちに待った水面に顔が出た。それなのに空気を吸える喜びがあるような、ないような。まだまだ余裕があったらしい。


 浅瀬は砂地へと変わった。


 立ち上がったその人物は水着代わりの六尺フンドシ一丁の男だった。競泳選手も斯くやという絞られた筋肉の表面を水滴が走る。

 ヘッドライトを手に持ち奥へと向かっていく。


 おぼつかなさなど微塵も感じられない男の歩みは最奥に至った。

 ライトに照らされたのは申し訳程度の注連縄と長い箱のような石台。


 男はほんのわずかに足を止め、おもむろに注連縄を引きちぎった。投げ捨て空いた手が石の箱に伸びる。


「ちっ」


 男が初めて音声を口にした。右手が石肌に触れた刹那に弾かれたのだ。ドアノブで静電気を食らった感覚に近い。そこそこの痛みが伴う。

 左手にあったヘッドライトが同時に砕け散ったのだが、それは気にならないようだ。

 最前と様子が異なり、石の一部が光っている。正確には(へり)に御札が一枚貼り付き、それが淡い赤光を放っていた。


 封印とわかる。

 しかも石台はただの塊ではなくまさしく箱だった。蓋があり、御札で封をしているもの。

 その(じつ)はおそらく石棺。ただし墓所、玄室にしてはあまりに飾りない。


南無本尊界(なむほんぞんかい)摩利支天(まりしてん)来臨回向(らいりんえこう)


 男は低い声で唱えた。

 今度は御札に直接手を乗せる。


「オン、マリシエイ、ソワカ」


 弾かれない。それどころか男の手から青白い陽炎のようなものが立っている。

 陽炎は炎となり御札を燃やしていく。

 どれほども時間かからず燃え尽きていった。埃のように手で払うと跡形もない。


 次に石棺の蓋をずらそうと試みる。相手は相当の重量が見込まれるのに、男は片手でずらしてみせた。石の擦れる音が耳障りに鳴る。

 できた隙間は手が入るかどうか、それで十分だった。


「ふははははーーっ!」


 両手を広げ、天を仰ぎ、響き渡る咆哮の如き笑い。


 その咆哮を聞く者はいない。

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