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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
紺碧に眠る負の遺産編
95/101

02 裏ない

 フェリーには当たり前だが他の乗船客がいる。

 お千香に話しかけてきたのは男児の一家。聞けば父親は消防のレスキュー隊員だとか。舜治に話しかけてきた酔狂なカップルはともに自衛官、男のほうはレンジャーの訓練を終えたばかりという。


――島から出られなくなってサバイバル……まさかね。


 そうぼやくのも仕方がない。穏やかならざるフラグが立ちそうな面子が集まっていると言っても過言ではないのだから。


「今度レンジャー資格を取ったら、僕たち結婚するんです」


「あなたたちも伝説を聞いてきたんですか? 島のどこかにあるという赤い石を二人で見つけられると永遠に結ばれる、って」


 別なフラグも追加なのかと。しかもどこぞの妖姫が聞きつけたなら、何年かかってでも探す羽目になる。

 それにしても大学では話しかけられることの少なかった舜治が、旅行補整なのかその場見知りの人間と会話が弾むとは。チラ見してくるお千香がご機嫌で男児をかまう。


「港が見えます。もうすぐ着きますよ」


 無邪気な人外化生が指を指す。その先にこの小型フェリーが着岸できるか不安になる規模の港が見えた。

 他にも帰る島民を含んでいるだろう十数名、多いのか少ないのかわからない人数が白くしなやかな指の指す方へ向く。


 舜治はその先に誰も視覚できない薄赤いの煙のような、霞のような何かを見逃さなかった。


 そして季節はずれのウインドブレーカーを着た小太り男がタブレット端末で撮影していた。それはもう懸命に。



 慌てもせず最後尾で下船し、ぐるりと巡らす。


「海の水がきれいです」


「ああ、いいとこだ。向こうのは……市場かな? 今朝獲れた魚でも並べてんのかね」


「見に行きましょうか。炭火のにおいがしますよ」


「お、その場で焼いて食えんのか。いいねえ」


 しょう油を垂らしたであろう貝焼きのたまらない香りが風に乗ってくる。

 紺碧の海に囲まれた離島の旬な海鮮食い倒れツアーご一行様は足早に――とはならず、この二人を除く人たちにあるようだ。

 中肉中背で存在感の薄い男が出迎えにと寄ってきた。にこやかな表情にもかかわらず印象に残らない感じを受ける。

 当然ながら物部の人間だ。


「ご足労いただきありがとうございます。此度の案内役及びご接待を仰せつかっている稲田と申します。次期ご当主様に遇することができ、身に余る光栄です」


「あの、お世話になります。えーと、そうあまりかしこまらないでもらえると助かります」


「承りました」


 そうそう変わらないようである。

 性根がただの学生は持ち上げられることに未だ馴れない。方や連れ合いは――


「ひとまず宿へお願いしまーす。船酔いこそしていませんが、舜治は適度な休息を取らないといい働きができませんので!」


 気遣ってくれているのやら貶めてくれているのやら、マイペースを発揮する。


「若様のいい方でいらっしゃいますか?」


 苦笑いで首是する。

 霊媒ではなさそうな稲田は純粋にお千香の陽気に圧されていくのだった。


「やっぱりお先に海鮮焼きを食べましょう!」


 稲田推参という横槍が面白くなかったと見える。



 地名としての名を別にこの島は夏良鋤(からさひ)島と古くから呼ばれていた。夏に良いとは観光向けのあて字でもあるまいが、その由来を誰も口にしない。知る者がいないとは思えないのに。


 島に宿泊施設は二軒、いずれも民宿である。そのうちの一室でだらりと過ごしていた。さすがに物部側のメンツを立ててまっすぐここへ来ている。

 舜治は渡されていた資料に目を通す。とりあえずお役目は忘れていないつもり。

 島の全景図に印しされているところが件の洞窟であり、最前の港からそう離れてはいない位置か。漁師が頻繁に付近を通っていそうなものだが、今まで不都合がなかったのかと心配になりそうだった。

 全島物部所有の歴史がそうはさせなかったのかもしれない。


「今日は悪霊退治をしないのですか?」


 備え付けの急須に茶葉を入れながら。


「これから潮が満ち始めるから、洞窟に行けないとかなんとか……」


 御迎えの茶菓子に手を伸ばす。


「んん? 海の中ですか?」


 首を傾げながら器用に湯を注ぐ。


「入り口が海岸にあるらしい。満潮で水没するんだと……これ、あんまうまくないな」


 菓子は島の名を冠するようなものではなく、押し花を乗せて焼いたせんべい。


「今日中にやっつければ、ずっと遊べますのに。どうぞ」


 湯のみはあえての手渡しで。


「何しに来たんだよ……ん、お茶はうまい」


 お千香が淹れるとお茶のグレードが上がる。


「海水浴です!」


 それはもういい顔で言い切った。その眼差しは真剣そのもの。


「そりゃあとっとと片付けようか。貝焼きも食べなきゃならん」


 結局のところこの男も大差ない。

 湯のみを置き、代わりのように茶筒を取る。中からひとつまみ、躊躇なくテーブルに撒き散らした。


「これは?」


太占(ふとまに)だよ」


 意味もなく散らかすはずないだろうと目が語る。


「ふとま、に?」


 この奇行を初めて見せられて咎めないお千香こそ立派ではなかろうか。


「占いのことさ。まあ、見てろ。ふるべ……ゆらゆらと……」


 手はかざすだけ。それなのに茶葉が動く。始め振動するのみ。やがて蚤が跳ねるように動きだす。

 占い師の口が真一文字に固くなっていくのがわかる。

 手かざしをやめたと同時に茶葉も律動をやめた。結果、緑色の渦巻きができていた。


「ふわぁー、スゴイです。それで何かわかったんですか?」


 お千香も興味津々。舜治は未だかつて占いなんぞ見せたことがない。新鮮味が増す。


「ふっふっ……聞いて驚け、悪霊を退治するだけで終わらんとさ」


「はいぃぃぃ!?」


 元からそんな気はしていた舜治はさして落胆せず。対しお千香は素っ頓狂に叫び、茶葉を吹き飛ばしてしまうのだった。



「是非とも詳しくお聞かせください」


 どこでいつから聞いていたのやら、ふすまを開け放って立つ稲田の姿があった。

 巫覡としての力がなくとも物部一門のエージェントが一般人なはずはない。稲田は氷上を滑るように部屋へ入ってきた。音もしない。


「詳しくっても、たいしてわかりませんよ……太占なんて御大層な名前の割に、吉兆や指針を視るくらいのものですから」


 許可してもいないのに入室してきた違和感を覚えたものの、舜治は簡潔に応えた。 太占とは亀甲や鹿骨を焼くあれである。時代を経るにして手法は変遷すれど、具体的なことを告げられるものではないのだ。

 そんな答弁にお千香がわずかにがっかりしたのは占いによもや夢見ていたのか。


「目安のようなものはございませんか?」


「あー、あったんだけどね……」


 歯切れが悪い。そしてお千香を見る。


「誰かが散らかすから……」


 頬を膨らませた花はそれはもう愛らしく咲いていたそうな。

連休と連勤がイコールと知る今日この頃

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