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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
東浦家の奇妙な面々編
93/101

10 社会人最強

今年中滑り込み、今編最終話です

「東浦の息子さん、お祓いの力は大したものだと思いますが、いきなりそれじゃあ、こっちも穏やかではいられませんよ」


 蛯原の目は笑っていない。

 そしてもう一人笑えない者が――


「不愉快ですね」


 黒衣の妖姫が立ちはだかる。殺気渦巻き艶めく黒髪がなびいていた。


「我が主の指示に不満を示すとは、身の程を知らないようですね」


 誰も二の句が告げない。切った張ったが本分の連中が完全に気圧されているではないか。

 主のほうも同じなのはどうしたことやら。


――あー、いやいや、そこまでじゃないから……


 口を出すきっかけがほしい。一触即発にして鎧袖一触の危機がそこに。


「まあまあ、お千香さんもそういきり立たずに、舜治くんの説明が足りないからこうなるんですよ。ねえ蛯原さん」


 爆心予定地に鷹揚と割って入る東浦定治がいた。

 お千香の強烈な殺気に怯まない人間を舜治は初めて見た。それが自分の父親とはなんとも複雑な気持ちになる。あの母でさえ震えていたのだから。


「え、ええ。そう思います。こちらは助けてもらう側ですから、言ってくれれば手も出せますので」


 極モノのプライドは()うに失っている蛯原は助け舟に乗る。いや乗らずにはいられない。


「お千香さんも、ね」


「……はい、出過ぎたまねを」


 しおらしく一歩引くお千香に舜治の顔が驚愕一色に。


――なん……だと……


 舜治以外にこの人外妖姫をなだめることができる人間がいようとは。我が父こそがなにやら人外の化け物に見えてくる。


「あーすいません、言葉足りなくて。おそらくですけど、その敷布団に御札か何か仕込まれているはずです。それを確かめたくて」


 やっと口を開けた巫覡。最初からこう言えばいいものの、力押し一辺倒で来た弊害がこんなところで出るのだ。

 頭に促され若衆がこころなしか穏やかに眠る親分をそっとずらす。変哲のない布団が露わになった。


 視線で許可を問うお千香に舜治も視線で返す。

 人型重機はシーツごと布団を掴んだと思えば真ん中あたりから簡単に引き裂いた。上質なシーツや布団生地は新聞紙だったのかと錯覚するも、散る真綿が布団だったと(あか)す。

 いやはやとこぼしたのは定治だった。


 白が舞う中にお千香は茶色を認め手にする。

 あ、とこぼしたのは蛯原。その様を細い眼は逃さない。


「これですね」


「思ったより小さかったな」


 舜治が受け取った木片は名刺サイズ。表裏に墨で同じ紋様が書かれているが、片面はだいぶ薄れていた。意味のある文字はないようだった。


「それはなんですか?」


「御守……みたいなもんかな。あの爺さんを霊的に護っていたようだよ。あまり効いてなかったけど」


「霊的に護ってた?」


 オウム返しするも一般人の公務員には理解できない。霊媒たる息子に更なる説明を乞う。

 霊媒の視線は親分へ注がれる。正確には周辺をうろつく異形の蜘蛛へ。


「最初はしし虫かと思ったんだけどね」


「またわからない言葉が……」


 虚空をひょいとつまみ上げ――


「これで見えるといいけど……目に諸々の不浄を見て、心に諸々の不浄を見ず、天地(あめつち)の為すところ願い奉りて、人は(すなわ)ち人と為りぃ」


 その場一同が舜治のつまむ何かが異形の蜘蛛と()る瞬間を目の当たりにする。複数の脚が不規則に動く様がなかなかに不気味だ。

 流血上等の若衆が悲鳴をあげるのも無理はない。


「やっぱ、しし虫と違うわ」


 しし虫とは道教由来の庚申(こうしん)信仰による。体内から湧き出るとその人間を早死させると言われる虫のようなものと言われる。別名を三尸(さんし)


「それは害ではない!」


 舜治の簡単な説明を聞いて癇癪のように蛯原が叫ぶ。


「だから、御守だって言ってんのに」


「これは蛯原さんの仕業ですね?」


「ぐぅ……そうだ」


 県庁のスーパー職員に対して誰しも素直に答えてしまうらしい。


「なんでわかったの?」


「観察していればわかるものですよ。その辺は舜治くんもまだまだですね」


 この父には勝てそうもない。


「この蜘蛛みたいなヤツは木札を依り代にした護法でしょ? 蛯原さんだっけ、あんたは爺さんのためにこれをどっかから仕入れた――まあ、俺が弱めちゃったけど」


 木札を何度か裏返す。先にかけた浄化で片面が無効化され薄れているようだ。二段構えとはなかなか周到である。


「でも、ああ、こういうのって鵜呑みにして手を出すもんじゃないですよ。どういう作用があるかわかんない人は」


「おみそれしました」


 深々と頭を下げる蛯原、ワラにも縋る思いでいたのは本当らしい。裏の伝手でようやっと手に入れたのか。

 護法として売ってもらえたのはたまたまである。悪意ある売り手は掃いて捨てるほどいる。蛯原は今さらながらに思い知る。そんなことに気づかないはずはなかったのに。それだけ切羽詰まっていたようだ。


「別に責めてないし……これももう必要ないか」


 呪術に関わるものなど素人さんの手元には残せない。飛縁魔に手渡すと有無もなく木札は燃え上がった。どよめきが走るが、意に介さず。

 木札が灰に変わると同時に舜治の手にあるものをはじめ、親分の周りに蠢く蜘蛛が一斉にかすれて、消えた。


「これにて一件落着ですか?」


「人形が誰の仕業かわからないことを除けば。それはそちらさんの仕事でしょ」


 感心気の父に息子が返す。


「それはもう。ここまでしていただけたら――」


 蛯原が言い終わる前に事態が動く。


「死ねやぁーー!」


 若衆の一人――銀ピカのスーツを着ている男が寝ている親分めがけ匕首を振りかざす。

 他の若衆は目の前の出来事が理解できずに呆け、東浦の三人も微動だにせず。もっとも我らが(あや)しの佳人は気づいていながら知らんぷり。


 動いたのはただ一人、親に忠節を誓った蛯原。その身を挺す。


「ぐぅ」


 振り下ろされた切っ先が挺身の肩をかすめるも、蛯原は怯まず匕首を払った。

 舜治の足元に飛んできたのはたまたまである。前のめりになるお千香を(ぎょ)さなくてはならない。


「てめえら、さっさと抑えねぇか!」


 頭の一喝で我に返った若衆が銀ピカに群がる。ひっくり返してからのそれはもう見ていられないほどの殴る蹴る。怒号ばかり聞こえるても悲鳴が聞こえない。

 東浦親子は思った――あれは死ぬな、と。


「お見苦しいところを……」


 若いのに傷口を抑えられながら蛯原が苦々しい顔で寄ってくる。見事なまでの身内の恥を晒したのだから。


「まっとうに生きていくことをおすすめしますよ」


 そんな苦悶の表情にまっとう代表の県庁職員が茶化すことなく告げる。


「手遅れでさぁ」


「まだ間に合うと思いますが」


 蛯原は黙って(かぶり)を振るのだった。



 とりあえずと別室に通された東浦三人。並んでソファに沈み、濃い目のお茶をすする。目の前の菓子はいかにも高級品だ。お千香が遠慮なく手を出していた。


「父さん、あの展開も予想できた?」


「いやはや、さすがにびっくりしましたねぇ」


 問われた父はそうは見えない顔つきで。


「観察してればわかるんじゃなかったっけ」


「おやおや、そんな返しができるようになりましたか」


 皮肉られても嬉しそう。


「あーでも、子分が親分をやっつけようなんてあるんだな。親子の盃とかあるんじゃないの?」


「そそのかされたんでしょうね。所詮彼らも人間です。お金に目が眩んだりもするでしょう」


「金?」


 それによく眩む男が(いぶか)しむ。


「ええ、ヤクザなんて人種はおおよそお金でしか動きません。あとは怨恨くらいですか。実はプライドなんて、あってないようなものです。あの蛯原さんはそうではなさそうでしたが」


「映画のイメージとだいぶ違う……」


 思い浮かぶは任侠映画。


「映画は映画ですよ」


 美味しいお茶ですねぇ、と続ける父を凝視し、益々人としての底が見えなくなったと思う舜治であった。


 そんなやり取りを続けて帰りの案内を待っていたところ、高級菓子は全て平らげられていた。

 親子の語らいを邪魔をしないようとしたお千香の精一杯な気遣いだったと後に言い訳したという。


■ ■


 とうとう表情の冴えることのなかった蛯原に見送られ、定治の運転する車が要塞を後にする。

 行き先は巫覡と妖姫の愛の巣――もとい愛着ある借家へ。

 実家を渋った息子の意向ながらも、勝手に引っ越した息子の住まいを見たいと思った父親の意向がハンドルを操っていたに過ぎなかった。


「これ、俺がもらっちゃっていいの?」


 後部座席から分厚い封筒が突き出される。


「いいんですよ。君たち二人は相応の働きをしたんですから、報酬を受け取る権利があります。まして僕は立場上、報酬などを受け取るわけにはいきませんので」


 倫理観あふれる公務員は顔も向けずに応える。


「結構入ってるけど」


 帰りしな蛯原から渡された現金が入っているであろう封筒。車内で確かめると安易に受け取りづらい額である。


「ああ、それはたぶんに口止め料が含まさっているからですよ」


「口止め料ね……」


 それは身内のゴタゴタ。口外してほしくない。


「気になるなら……そうですね、今度お寿司でもごちそうしてもらいましょうか。いやー夢だったんですよ。息子の稼ぎでごちそうになる。こんなに早く叶うなんて、こんな嬉しいことはありません」


 しかも素敵なお嫁さんまでいるなんて、のところでお千香のテンション爆上げになるものだから、もう大変――それは舜治だけなのだが。


「話変わるけど父さん、陶子の進路聞いてる?」


「もちろんですよ。舜治くんと同じ大学に行きたいと。あの娘もなんのかんのとお兄ちゃん子ですからねぇ。一緒のとこ行きたいみたいで」


「いや、それなんだけど、母さんが俺んとこに住まわせるとか言ってきたことは?」


 ラブラブ同棲生活にとって由々しき案件。浮かれていたお千香も真剣な顔になる。


「そんなことも言ってましたねぇ。面目なくも家計にそうそう余裕はありませんから。とは言っても二人の都合もあるでしょうし、今すぐ決めなくてもいいんじゃありませんか」


 父はそう言ってくれても問題は母である。息子は抗える気がしない。その嫁も難しいだろう。父母の力関係は如何に。


「そう悲観しないでください。志摩子さんだってちゃんと考えてくれてます」


 鬼でも蛇でもないのですから、との言に安心はできない。鬼と蛇のほうが楽である。何倍も。

 この件は先送りになりそうながら、されど舜治はまだ知らない。県庁の二つ名持ちが心配ないと言えば露ほどの心配もいらないということを。


 そうこうしているうちに車は見慣れた町を抜け、これまた見慣れた家構えが見えてきた。

 竹垣前に車を止め降りる三人。


「ほほぅ、これはまた趣深い家ですねぇ」


 初見の定治はおそらく褒めて曰く。


「やっと帰ってきた」


「お父さんの顔に泥塗ってきてないだろうね」


 玄関先から縮尺の異なるものの全く同じシルエットふたつから声がかる。


「おや、どうしてこちらに?」


 定治は鷹揚に両手を広げ、家主かと見紛うばかりに歓迎する。それは愛妻志摩子と愛娘陶子であるからして。

 天を仰いだ舜治は非難めいて耳打ちする。


「いつ連絡したんだよ」


「僕はしてませんよ?」


 そうだとしてもこの父の背はなんとも遠い。そう思わざるを得ない。


「何こそこそ話してんだい。ところで舜治、この辺に美味しい寿司屋はあるんだろうね!」


 再び天を仰いだ舜治の手をお千香がそっと握る。


 この奇妙なそして愉快な一家に混ざることができるなんて、お千香は手放しで嬉しく思うのだった。

 もちろんその手は離さずに。

今編お付き合いありがとうございました。

これにて終幕とは考えおりませんので、2019年もよろしくお願いいたします。

皆様よいお歳を。

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