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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
東浦家の奇妙な面々編
92/101

09 二つ名に偽りなし

ご無沙汰しております

「不思議な風が吹きましたねぇ。これで解決ですか、舜治くん?」


「……いや、まだかな」


 舜治は二階のある方向から目を離さずに答える。


「東浦さん、どういう状況ですか? 今、確かに奇妙な感じがしましたが」


 蛯原の顔は定治と親分を何往復もさせる。気になって仕方ない。筋者が焦りも隠せずにいた。

 いつの間にやら親分は意識を失ったのか、眠ってしまったように見える。


「それに、オヤジが気絶してるのはどういうことですか? 事と次第によっては……」


 蛯原の眼光がギラリと聞こえてきそうなほど鋭くなる――ものの、一瞬で黒ずくめから尋常じゃない威圧を感じ押し黙る。

 そんなプレッシャーもどこ吹く風の男から助け舟が声がかる。


「さて、僕にもわかりかねますよ……で、舜治くん?」


「ん、ああ、その爺さんは俺の気にアテられて気絶しただけだから。それより――」


 なんと親分さんの周りで不出来な蜘蛛が湧いているではないか。失敗したわけではない。最強巫覡とは霊格が比べられないほど隔たりがあったからだ。

 これは再び湧いてきたと見るべきだろう。元を叩く必要がある。


「写真の人形は二階ですか?」


 舜治の様子からお千香も(おとがい)を上げていた。


「そうだろうなぁ……でも、なんか引っかかる。とりあえず行ってみようかね」


「二階だとわかるのですか?」


 蛯原はこの部屋の案内しかしていない。


「まあ、何となく?」


 まだヤクザと目を合わせない。だから舜治は気付かないことになる。


「それでも責任ですから、案内いたしますよ」


 親分を丁寧に布団に納めて蛯原が立ち上がる。


 その際、蛯原の生々しい傷痕の残る面貌が僅かに歪むのだが、細い(まなこ)だけはそれを見逃していなかった。



 異状はその部屋に着いた時から起こっていた。おそらくは着く前、もっと言えば舜治がこの邸宅に訪れた時からと推測される。

 元々は親分塩川の居室だという。なるほど調度品も凝ったものが目につく。

 そんな中、異彩を放つガラスケース内の震えている市松人形。振動はガラスに伝わりビリビリと共鳴しているほどわかりやすい。


「怯えていませんか?」


「そうだな。まだ何もしてないのに、いじめてるみたいじゃねぇか」


「今風の愛らしい顔立ちなのに、寂しいですね」


「お千香さんが威嚇するからですよ?」


「舜治さんこそ、霊圧抑えてもらえますか?」


 罪のなすりつけあい。

 いつものマイペースを誇る二人と対称に豪胆で鳴らす蛯原は後退り、父定治でさえここまで開けるのかと目を丸くしていた。


「お二人さんは何故、そこまで平気なんです?」


 やっと声をひねり出す蛯原に対し――


「領分ですから」


 今や完全に自分の領域、蛯原にも首だけ傾けて臆せず物申す。あなたが他のヤクザ相手にビビらないのと同じですよ、と補足するほど。


「そうは言いますが……」


 誰しも己が常識や理解を超えるものには恐怖する。


「大したもんですねぇ」


 そもそも怯える感覚を知らない定治は息子の成長に満足げ。腕を組み、この後の展開と始末に興味津々だ。

 巫覡と人外妖姫が臨戦の空気を纏う。


「暴発しそうです」


「ああ、そうなんだが……」


「先程から、他に気になることがあるようですが?」


 気遣うお千香の視線は優しく、艷やか。蛯原をひと睨みで黙らせた同一人物とは思えない。


「……まあな」


「来ます!」


 ガラスケースを突き破り、市松人形が弾かれた鉄砲玉の如く向かってきた――そして寸分(たが)わぬ迎撃。炸裂音が響く。

 憐れにも畳に頭部をめり込まされている人形と主人をかばう位置取りで拳を突き出す黒衣。人型決戦兵器による打ち下ろしの一撃だった。煙立ち昇るエフェクトが見える。

 人智を超える現象を目の当たりにして壮年二人は驚嘆に固まっていた。

 されど驚嘆すべきはお千香の殴打で砕けず、畳に埋まっている人形であろう。


 すかさず舜治が頭部を踏みつけながら――


地神(くにつかみ)御祖霊(みおや)御詔(みことのり)をかけ給いぃて、平らけくと聞こし召せと祓い給ひし、加持(たてまつ)らむ。いぃーーっ! えぁーーっ!」


 言の葉の云い終わりとともに足裏の支えがなくなる。人形の頭部が砕け散ったためだった。


「いつも頼りになるな」


 黒髪なびく麗人に片目をつぶってみせる。された麗人の髪がいっそう揺れる。人型決戦兵器は褒められて伸びるタイプ。

 それ以上するわけにもいかず、帯の結び目を無造作に掴み上げ頭部を失った内部を覗く。空洞の胴体に何かを認めたのか、これまた無遠慮に振った。人形師が見ていたら叫びそうな振る舞い。


 振られた人形の首跡からこぼれる物があった。

 それは五角形に折られた薬包紙。元は白色だったのだろうがやや黄ばんでいる。


「それは何ですか?」


 拾い上げた舜治に蛯原より再起動が早かった定治が問う。


「呪いの種、かな」


「呪い……ですか?」


 触ると硬めの粒がいくつか中にあるとわかる。

 おもむろに開封するとお千香から当然のごとく非難の声が。


「効力は焼き切れてるよ」


「それでも少しは警戒してください」


 聞こえないふりをする巫覡の手のひらに米粒が現れる。全てに黒い汚れのようなものが見て取れた。


「凄いな。文字が書いてある」


 ひとつ一つに書かれた文字――恨、怨、呪、死、苦、滅、亡、殺などなど。まさに負をイメージする漢字オンパレードである。

 極細の筆によるものだろうが、凄まじい集中力と根気のいる作業のなせる業。いや、それらを遥かに凌駕する執念の賜物に違いない。


「恨まれる心当たりは?」


 未だ理解の進まない極道に突きつける。


「え、ああ、有りすぎて……」


「そりゃそうか。ヤクザだった」


 今の舜治には心的優位があるようで、舌も軽やか。蛯原の頬が引きつったことにも気づかない。

 そんなタイミングで若衆が数名部屋に飛び込んできた。


(かしら)ぁ! 今の音は何ですかい!」


 そう言えばお千香が人形を叩き落とした際、それなりにいい音がしていた。それを聞いて駆けつけたのだろう。匕首(あいくち)を手にしている者もいる。


「騒ぐんじゃねぇ! お客人の前だぁ!」


 誰よりも大音声の頭と呼ばれた男。下っ端登場で意気を取り戻したようで。


「やっぱりそういう物お持ちなんですねぇ」


「っう、てめえらそんなもんさっさとしまえ。祈祷の先生がお祓いしてくだすったんだ。失礼すんじゃねえぞ」


 定治の細い視線に蛯原も耐えかねる。

 実はこの時最も心中穏やかじゃなかったのは祈祷の先生であった。もちろん妖姫が暴発しやしないかと背筋に走るものがあったため。

 そんな命拾いした面々に舜治は言い放つ。


「人形の呪いは消えました。誰の仕業かわかりませんけどね。まあ、命の危険はなくなったと思ってください。ただ、腑に落ちないことがまだあるんですよ」


「それは何です?」


「あの爺さん自身に直接術をかけた人がいるみたいで。これとは別に」


 首無し人形を足で指すと一同がざわついた。


「そっちは命がどうこうではないんだよなぁ……」


「先程から気にかけられていたのはそのことですか?」


 物言う花に首是で返す。


「あぁ、それは蛯原さんがご存知では?」


 なんとそう発言するは定治。これは舜治も予想外。呆けた顔を向ける。


「おっしゃる意味がわかりませんねぇ」


 名指しされても無表情は見事。


「いえね、先ほど親分さんの部屋から出る時に、何やら曰く有りげな表情をされていましたから、何がしかご存知と()たりをつけたまでです。どうやら当たりのようですね」


「どこまでも抜け目のない方ですよ」


「趣味と特技が観察でして」


「さすがは県庁の――」


「ストップ! 息子の前でそれ以上はやめてください」


 両手を突き出すフィクサーに蛯原は溜飲が下がったのか相好を崩す。

 そして父が羞恥に染まる姿を息子は初めて見ることに。


 厳つい若衆がまるっきり置いてけぼりだったことに目を向ける者はいない。



 ところを親分の寝所へと移し――


「お千香、敷布団をまくってくれ」


 遠慮ない若造の一言に当然ながら厳つい面々が殺気立った。

再びお付き合いいただけたら幸いです

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