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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
東浦家の奇妙な面々編
88/101

05 面目立つ?

「ほら、ちゃっちゃと片付けといで」


「行かねぇの?」


 車内から返答はない。確かに志摩子自身に用はないと言える。それでも普通はついてくるものではなかろうか。

 そして舜治は階段先の山門を見上げて絶望する。百段はありそうだ。母が来ないのはこれかもしれない。

 上がりきると息も絶え絶え膝から手が離れない。帰りはお千香に抱っこしてもらおうかという気になってくる。まあ当人は嬉々としてやってくれるだろうが羞恥が勝る。手を引かれながら登っていたことはあえて言うまい。

 しかも女性二人はケロッとしているところがより悲しい。


「明日から走り込みですね」


「絶対やらん!」


 陶子は兄と自称妻の関係を掴みかねていた。より正確には人間とは思えない妖麗さを見せる佳人に。これと言ってセールスポイントのない兄にどう見てもベタ惚れである。それも平等を匂わせつつも兄優位があけすけ。

 拗らせ妹にとってまるっきりの想定外だ。


 モヤモヤしながら境内を多宝塔へと向かう。法堂の陰はすぐ。


「これなんだけど……」


 あからさまに兄を盾にして陶子が曰く満載の塔を指差す。それも無理のないことだからお千香も努めて平静に。


「これねぇ……確かに雑魚っぽいのがいるわ」


「ですね。性質は悪そうですが」


「ここまで厳重にしなくても……仕方ないのかね」


 塔の観音扉にはごつい錠前が三つ見える。あれから増やしたようだ。


「お兄、怖くないの? お千香さんも」


 飄々と肯定してくる二人の態度に唖然とする陶子。これはきっと悪霊を見てないからだと決めつける。しかも今は昼の盛りだ。出てこないかもしれない。

 いやいや、二人は確かに霊の存在を認識していたではないか。そう、二人ともだ。


「このまま外から祓っていいよな」


「あら、私の出番はありませんね」


 コンビニ寄ろうかくらいの軽さ。舜治は扉の前に立ち柏手をひとつ。


神妙(じんみょう)の加護(たてまつ)る。(たいら)けく所知(しろし)めせと、祓へ()れと(われ)申すぅ」


――ぷぎゃあーー!


 効果覿面。音にならない断末魔が轟いた。陶子も思わず耳を塞いでしまうほど。


「一件落着」


「当然です」


「うそぉ!?」


 最強の巫覡をもってすればこのあっけない始末。

 兄の未知なる力を目のあたりにして端正な顔が驚愕に歪む陶子であった。何をしたのかわからなかったが、あの声なき叫びは紛れもない事実。


「どうした陶子? ゆかいな顔して」


「ゆかいな顔なんかしてないから! それよりお兄、ほんとに霊能者なの?」


「好きでなったわけじゃないんだが……」


 並び立つ妖姫を見てマイナスばっかりでもなかったけどな、とサインを送る。受け取ったほうもニンマリと返す。

 空気がピンク色に染まりそうなのを感じ、ゆかいと言われた陶子の顔がげんなりと変わる。背中が痒くなってきそうだ。このまま見せつけられたらブラコンも卒業できるかもしれない。


「其処な方々! その塔に触れてはなりませんぞ!」


 さて帰ろうかとなった時、後方から大きな声がかかった。


「あ、和尚さん」


 小太りの僧衣に記憶の新しい陶子が気づく。


「あなたは、こないだの……いけませんぞ、毎度無事でいられるわけではないのですから」


 当然のお小言。そして和尚は残る二人を見やる。若そうだが大人が一緒ならなおさら諌めなくてはならない。


「ご住職、妹がご迷惑をかけたそうで、お詫びとお礼を申し上げます」


 一転して慇懃な対応に切り替わった兄に、妹は誰だこいつみたいな目になる。


「お兄さんでしたか。この塔には良くないモノが封じられているのです。昼間は問題ありませんが、それでも近づかないに越したことはありません」


 元来柔和な和尚も真剣な表情で告げる。


「はい、申し訳ありません。愚かな妹を想う兄とお笑いください」


 まさかお千香まで別人ですねみたいに見てくる。ちょっとひどい。


「では離れるとしましょうか。寺務所でお茶なぞ進ぜますゆえ」


「ご住職、ご懸念の悪霊、既に消滅しております。僭越ながら私が祓い浄めましたので」


「何を馬鹿な! あれはそう簡単に成仏させられるモノではございませんぞ! それをあなたが?」


「これでも霊媒師なんですよ。不本意ながら」


 心底不本意そうに肩を竦める最強巫覡。


「いや……しかし……」


「……お千香」


 視線だけで指示する。妖姫は黙って頷き、塔に向いた。躊躇なく取手に手をかけ、おもむろに引く。


「ま、待たれよ!」


 三重の錠前は半紙の如くちぎれていく。和尚の懇願虚しく扉は開かれた。


「ああ……」


 よもや錠前がまるで役に立たないとは、和尚の悲鳴も切ない。伸ばされた手が宙を掻く。

 そもそもこの悪霊を封じるためにここに寺院が建立されたと由来する。とうとう解き放たれてしまうのか。それも自分の代で。


 内部に入ったお千香は煤けた桐箱を携えて戻ってきた。大きさは骨箱くらい。

 蓋に貼られている御札が剥がれかかっている。中途半端に怨霊が出てきていたのはこれが原因だったようである。

 (とじ)る紐もないので舜治は遠慮なく蓋を開けた。


「ご住職、これをご覧ください。元は頭蓋骨ではありませんでしたか?」


「良くご存知ですな。そう聞いております……しかし、これは……」


 中には灰があるのみ。和尚の顔が舜治と箱を行ったり来たりと(せわ)しない。


「もう心配ありません。これの供養をお願いしてもよろしいですか」


「俄には……ですが何も起こらないということは……そういうことなんでしょうか。はい、責任をもって供養いたしましょう」


「良かった」


 今度こそ一件落着。



「良くない!」


 第一当事者だったはずの陶子がぶんむくれである。山門をくぐって階段を一歩二歩降りた頃に爆発した。


「どうなってんの!」


「どうって……見てただろ」


 見てても訳がわからなかったからこそ。しかもこの男は説明をめんどくさがるタイプだから困りもの。


「だから!」


「あ、御守のこと聞くの忘れてた。ま、いいか」


 一時が万事この調子。強力だから故に事象についての頓着が薄い。


「階段気をつけてくださいね。踏み外したら大変です」


 そしてこんな時でも腕を絡めてくる()いやつもいつも通り。見せつける目論見込みで。


「だったらそんなにくっつくな。歩きづらい」


 それに支えとしても大樹より遥かに頼れる。舜治だって言うほど嫌がっていないのだ。もとい、嬉しそうにしか見えない。


「あーもう!」


 こんなにも叫んでばかりの妹だったろうか、と不肖の兄は思ったとか思わなかったとか。

 図らずも拗れた女子高生のブラコンが治る日は近そうである。

まだ続きます。

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