04 小姑
「ちょっとお母さん、何冗談言ってんの。お兄も馬鹿みたいに口裏合わせしないでよ!」
冴えないだけの兄が大学生にもなってそっち方面にデビューしてしまったわけでもあるまいに。いや、そもそもあの母からこの方冗談なんぞ聞いたことはなかった。つまりは――
「マジ?」
「そうらしい」
自分のことなのに他人事のように言う舜治。率先して言いたいわけではないからして。
方や初耳の妹はお寺での怖い思いはどこへやら、食って掛かる。
「お兄! 何で霊能者? 昔から霊感なんてなかったよね!」
「まあ、いろいろあんだよ」
「そんなんでわかるかぁ!」
ごもっとも。
「お母さんはいつから知ってたの?」
なんと霊能者自体の否定はしないらしい。
凄むほどに似る母娘。目の釣り上がる角度まで同じだ。
失敗したかねと母志摩子は嘆息する。この娘はこういう気質だったわ、と。自分のことは立派な棚に上げ。
「端っからに決まってるだろ。母親なんだから」
「私、妹なのに聞いてない!」
「それ相応の事情ってもんがあるんだよ。社会にはそういうこともあるって知っときな。舜治が言わないってことは、そういうことさね」
物部に関しては身内でもおいそれとは言えないし、志摩子にしても説明できるほど知っているわけでもない。
そして口で勝てるはずなく、短く唸った陶子は次に美の化身を見る。
「……お千香さんも知ってる感じだったよね?」
「もちろん舜治のことは全て存じています。妻ですから」
艶然の微笑みで返す。妻と追い打ちをかけたのは狙ってのこと。どうもこの妹へは予防線が必要な気がしてならないお千香だった。
そうなると矛先は言わずもがな。
「お兄! 説明して!」
聞きたいことは山ほどあれど、言葉にならないからこうして詰め寄るしかないようだ。胸ぐらをつかんで殴りかからん勢いを見せる。
「だから、いろいろ――」
「陶子さん、舜治の秘密については今でなければいけませんか?」
渋る夫をフォローするのも妻たる私の役目とばかりにお千香が挿む。音もなく立ち塞がり、穏やかな口調とは裏腹の口元だけ薄笑いに変わっていた。
「う……いや、その……」
「先ずは陶子さんが怖い思いをしたことのお話について、ですよね」
「は、はい」
どこからか冷たい風が吹きつけてくるかのよう。自然、陶子はペタンと座り込む。
流石の志摩子も舌を巻いた。
改めて四人して座り直し、紅茶も淹れ直す。
「坊さんからもらったっていう御守見せて」
「うん、これ」
見た目はどこでも売ってるような錦の平たい巾着。舜治が手に取ると覚える違和感。中身の手触りに首を傾げる。
「中を見るぞ」
「そういうのって見ちゃいけないもんじゃないの?」
「お、えらいな。御利益なくなるっていうからな」
ちょっと嬉しそうな妹はほっといて結いを解く。手のひらに幾つかこぼれてくるのは薄緑のマカロニ。長さは一センチほどと小ぶり。碧玉製でちゃりちゃり鳴る音も軽い。
「管玉ですか……かなり年季はいってますね」
覗き込むお千香。伊達に長生きではないらしい。
「ああ、発掘品かもしれんなぁ……けど、意味がわからん」
久しく見ない真剣な顔つきの息子に母も口が出る。
「何がだい?」
「いや、寺の御守がなんでこれ?」
販売向け御守の中身はたいてい紙や木の符であり、仏教系では護摩焚きの灰なども見る。
管玉は古代に使われていたいわゆるビーズ。勾玉と交互に通して首飾りなどにするものだ。必然、装身具ではあるが祭祀用である。
感嘆するのは電気工具もない時代によくぞ石やガラスに穴を開けられたものだと。
「なるほどね」
志摩子はピンときているようだが陶子は今ひとつ。それは寺院の和尚より頂戴したもの。古神社ならまだしも脈絡が繋がらないではないか。
そしてこの管玉が怨念を寄せ付けなかったことにも疑問符がつく。歴史的にも破魔の用途で使われたと聞いたことはないし、最高位霊媒が視てもそんな効果を全く感じられなかったのだから。
「さっぱりわからん」
「使えない男だねぇ」
妖姫の蛾眉がぴくと動く。言われた愚息は今さら気にしないが、志摩子の言がエスカレートするとまずいことになりそうだ。
お千香なりに我慢している。
「その塔とやらを直接視ないと何とも言えないんだよ。お千香の言う通り、監視の分霊を始末したのは失敗だったな」
さり気なく持ち上げ、見えないように手を握る。相変わらず絹のような手触りだ。
「だったら今から行ってくればいいだろう」
「めんど、いや……今からじゃ遠いって」
「かぁー、妹が泣いて帰って来たってぇのに、何とも薄情な男になったもんさね。あたしゃあ、どこで育て方を間違えたのかねぇ」
たぶん最初から――とは口が裂けても言えない薄情と言われた男。
妖姫の蛾眉がぴくぴくと動く。
「行かないとは言ってないだろ。足が無いから……」
「そうかいそうかい、それなら車出してやろうじゃないか」
退路は断たれた。悪い笑みの志摩子が悪魔に見える。
「く……陶子、お前一緒に行けそうか? 案内してもらわんとならんが。怖いだろ? 無理しなくていいぞ」
「私、泣いてないから!」
――どうしてこうなる……。
巫覡行くところ障り有り。
■ ■
「ふん、やっぱり今日呼びつけて正解だったようだねぇ。お父さん、定時に帰ってくるって。今夜は賑やかな夕食にしようじゃないか。すき焼きなんかいいねぇ」
運転する志摩子がスマホを手繰り機嫌よく曰う。完全な後付けなのに鬼の首でも獲ったかのようだ。とにかく運転中にはやめてもらいたい行動である。しかも車内の空気は賑やかとは程遠い。
何故なら仏頂面の陶子が助手席に、行きたくないオーラ全開の舜治とそわそわと落ち着かないお千香が後部座席に。
「なんだいなんだい、あんた達! お通夜の帰りじゃないんだ。あたしに運転させといて、もっと和ませようって気遣いはないのかねぇ」
暴君は健在。
かろうじてお千香が話しかけようとするのだが、舜治が手を握って牽制していた。これはどうも好転しないと。
「ねえ、お千香さん……」
ここで義妹予定から声かかる。
「はい、何ですか?」
「お千香って名前……本名?」
「そうですよ」
「今時、名前の頭にお付く人いるんだ……時代劇みたい」
窓枠に頬杖ついていた舜治は滑り落とす。
「陶子さん……人の名前を揶揄ってはいけませんよ」
愛する舜治につけてもらった大事な大事な名前なのだ。誰であろうと看過できない。お千香の長い髪がうねる。
「ご、ごめんなさい」
背後からの強烈な殺気に陶子も謝るしかない。お寺で感じた恐怖が生温く思える。
ハンドルを握る志摩子の手にも汗が滲んでいた。強めのエアコンが効いているにもかかわらず。いや、車内の温度が更に下がっているのは気のせいではない。
こうなっては母妹がいようがお構いなしだ。舜治が優しくお千香の頭を抱き寄せる。
バツが悪いお千香もされるがままでいた。
微妙な空気のまま車は件の寺院へ到着する。




