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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
東浦家の奇妙な面々編
85/101

02 お千香さんの東浦家訪問

――四の五の言わずに明日こっちに帰ってきな。ああ、お千香さんも連れといで。


 もしもしも言えなかった。通話の切れた画面を見つめるだけの舜治。この後はうなだれること以外できようか。

 一方的な通話の相手は天敵としか言いようのない母親である。事情の説明もなし、こちらの都合もお構いなしのただの宣告だ。それも効力は絶対というたちの悪いシロモノ。

 電話に出ないという手段は後々ろくなことにならないのも明白。拒否権なんてものは端からないのだ。二十年あの母の息子をやって得た結論――哀しくなる。


「どうしました?」


 スマホを見て「げっ」と露骨に吐いて後、電話に一言も喋らず肩を落とした愛する伴侶。お千香にとってそれはもう心配になろう。


「お千香……」


「はい?」


「明日、実家に行くことになったから……」


 舜治の目が死んでいる。実家に帰る、とは決して言わない。お千香と住むこの家こそが帰る場所だから。


「今のはお母様ですか? 何かあったのでしょうか?」


「わからん……来い、とだけ言って切りやがった。お千香も一緒な」


「先日お会いした時、私嫌われてませんよね?」


 お千香にとってそこは重大だ。


「それは心配ない。むしろかなり気に入られていたと言っていいくらい」


「わ、良かったです。何を着ていけばいいんでしょう。今から悩みます」


 無邪気に胸先で手を打つ妖姫。


「何を着てもお千香は見栄えするよ……」


 諦観に染まる舜治との対比がひどい。母のあの言い様で安穏たる用件であるはずがない。それだけはわかってしまう故に。


■ ■


 電車一度の乗り換えで舜治の生まれ育った街へと着いた。時刻は昼に少しある頃。


「わぁ、ここが舜治の育ったところなんですね」


 悩んだ末にいつもとそう変わらない黒地にひらひらつきのお千香がぐるりと見渡す。


「……どこかで見たような気がします?」


「地方都市の駅前なんざそんなもんだ」


 県庁所在地ではあるものの、両親と妹の住む家は郊外と呼んでいいようなところにある。そんな最寄りの駅前はお察しの通り、風情なくなんとなく開発されて特徴ない街並みはどこも変わりなし。


 活況とは言い難い商店街を冷やかしながら歩くこと二十分ほど、高校卒業まで過ごした家が見えてきた。二年ぶりでも特に感慨の湧いてこないことに舜治は逆に戸惑うことに。それだけお千香と過ごしてきたこっちが濃いと言えた。


「お帰り。早かったね」


 母、志摩子がキツい目元を緩めずに出迎えてくれた。


「ああ」


「バイトもしてない大学生は暇持て余してんだろうさ」


 呼びつけておいてこの言いざま。辛辣にして図星に舜治は歯噛みする。ここで言い返しても捲れた(ためし)はない。いくつになってもやりづらい。

 余談ながら物部の長田はこのバカップルと対峙した際いつもそう感じている。舜治のこの(ざま)を見れば、腹を抱えて笑うに違いない。


「おじゃまいたします」


「お千香さんも良く来たね。自分の家だと思って楽にしておくれ」


「はい、ありがとうございます。あの、これお土産です」


 差し出すのは北海道で購入した菓子折り。中身はホワイトチョコレートをラングドシャで挟んだ定番品。


「すまないね。有り難くいただくよ……ん? あんたら北海道でも行って来たのかい?」


 お土産のチョイスを間違えたかもしれない。誰かにあげてもいいかと余分に買ってあったものだが、この母へというのは拙い。知らせる必要のないことが知られてしまうではないか。

 いつぞや温泉旅行でひと悶着言われたばかり。建前上親からの仕送りで生活していることにこの母はこだわるタイプ。

 舜治が横を見やる。物産展とか誤魔化し様はあると。今こそ以心伝心を利かせる時。


「はい、先日舜治が連れて行ってくれました。いろいろと楽しかったです!」


 そんなことはお構いなしにお千香がつらっと。わざとかと疑いたくなる。


「ほう。いいご身分だねぇ」


 志摩子の眼光が鋭さを増す。向けられた舜治の首筋に汗が伝う。それもいやな汗が。たかが北海道旅行と言うなかれ。敵はある意味常識が通じないのだ。


「じっくり聞かせてもらおうじゃないか。さっさとお上がり」


 コマンダーの口元が歪むのを舜治は見てしまった。そしてその目が笑ってないことも。


「楽しみにしてくださいね、お母様!」


 咲き誇るもの言う花を見ても今日ばかりは癒やされないかもしれない――舜治はそう思わざるをえなかった。

 この美しい花は毒もあることを忘れてはいけない。



「あー、ところで何の用? 急に呼びつけて」


 志摩子の趣味らしい観葉植物がいくつも飾られている居間に落ち着くや舜治が切り出す。お千香は物珍しげに見渡しながらその横に座った。


「あん? 用がなきゃ親が子を呼んじゃダメな法でもあるってのかい」


 いつぞやも似たようなやり取りをしていた。もうテンプレかもしれない。余所の家庭で見られる親子の会話からは程遠いと思われようも。

 お菓子を見越してか紅茶が出てくる。睨まれながら出される紅茶は渋かろう。


「そうは言ってないだろ」


「紅茶美味しいですね」


 無邪気な花が今は憎らしい。


「お千香さんは素直で良い娘だねぇ。この紅茶とホワイトチョコが良く合うだろうさね」


 既に包装の剥がされた缶を小突く。愚息が小賢しく話をすり抜けようとしているのがバレバレのようである。

 その愚息が苦虫を噛み潰した顔になっていた。


「さて、北海道旅行とやらを聞かせてもらおうかい」


 元より敵うはずもなかったのだ。


 ここからお千香の饒舌に母志摩子もなぜかしら機嫌よく相槌を返していく。白熊に逃げられて悲しかった、居酒屋の料理が美味しかった、夜景が綺麗だったなどなど。

 針のむしろ感覚の舜治と異なり、思いの外二人の会話が弾む。将来嫁姑の関係は心配なさそうな雰囲気。


「あたしらもしばらく旅行なんてしてないねぇ。お父さんと北海道行ってみたいもんさ。ああ、来年は陶子も大学行くからお金いるんだった」


「あの、今度一緒にどうですか?」


「今度ねぇ……」


 明らかに殺意のこもった眼差しで舜治の肩身は狭くなる一方に。怒っているやらからかっているのやらわかりづらい。


「時に陶子なんだが、舜治、お前と同じとこに行きたいとか言い出してね」


「は? 大学? 俺んとこ?」


「あの子も誰に似たのか、いきなりでね」


 いやいや母上似ですよ、何から何まで――と舜治は喉まで出かかった。堪えて正解、出てしまえばそれこそ何を言われることやら。


「まあ、それもいいかと思ってね。あそこはそこそこ名も通っているし、何より、お前のとこで一緒なら親の負担も減るってもんさ」


「はあ?」


「あの家、部屋余ってたじゃないか。かまど三つに分けんのも大変なんだよ。県職員ったってそうそう余裕ないんだ、これも親孝行だと思いな! 不服ならお前への仕送り切るからね!」


 よもや呼びつけた理由はこれなのか。舜治は目の前が暗くなる思い。


「あの……妹さんと一緒に住むのですか?」


 話についていけてなかったお千香もそれだけは気になる。


「……陶子がうんと言うわけないだろ」


「明日、直接聞くんだね」


「明日? どっか行ってんの? あいつ」


「林間学校、忘れたのかい」


「ああ、そんな時期か」


 陶子の通う高校は舜治の母校でもある。二年前を思い出す。


「だったら呼び出すのは明日でよかっただろう」


「うるさいねぇ、そんな気分だったんだよ!」


 理不尽ここに極まる。さすがにバツが悪かったのか、志摩子は冷めた紅茶を呷るのだった。



「ただいまぁ」


 そんな東浦家に明日予定のはずだった妹が帰ってきた。

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