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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
東浦家の奇妙な面々編
84/101

01 妹登場!

新編です。


サブタイ変更しました。

「お寺って……林間学校の名前はどこにいったのよ」


陶子(とうこ)ー! 置いてくよぉー!」


「今行くー!」


 大きなバッグを担ぎ直し、ショートボブが凛々しく似合う少女は手招きする友人たちの下へ寄っていった。

 その凛々しい面立ちと落ち着いた物腰で年不相応に見られることを悩みの種とする女子高生だ。

 校外行事にうってつけの快晴が今だけは恨めしい。陶子は溜息混じりに山門をくぐり、そう思わずにはいられない。

 小高いところにある寺院を背後にすれば、湖畔とそれを囲う林を臨む景色は最高。明日はあそこで遊べることになっている。それまでの辛抱だ。


「ねえ、陶子……」


「何?」


「最近、お兄さん帰って来てるの?」


 小学校からの幼馴染が話しかける。バレー部などからひっきりなしに勧誘されていた背の高い娘だった。本人は運動苦手と園芸部に所属し、勿体無いと言われているらしい。


「兄貴? 大学行って、それっきり音沙汰なしよ。こないだお母さんが下宿先に行ってきたけど……」


 そこまで言ってトーンが落ちる。


「陶子ちゃんのお兄さんて、あのちょと冴えない感じの?」


 別の少女がいらんことを言う。


「あ、ダメっ!」


「冴えない?」


 陶子の眉尻が吊り上がる。そのことが地雷と知っている長身娘が大慌てで遮るものの、若干の手遅れだった。

 しかし長身娘の予想斜め上でキレだした。


「そうよ、あの冴えないバカ兄貴! ちょっと聞いて! よりによって女と同棲してたのよ! しかもとんでもない美人だって! お母さんがそう言うなんてよっぽどなんだから! しかもお母さん、オッケー出してきたとか! もう信じられない!」


「え? それホント?」


 周りがドン引きの中、その中身に食いついたのは長身幼馴染。実は憧れのお兄さんだったとみえる。

 あの男の一体どこに憧れる要素があるのやら。いやいやその男にはベタ惚れの麗しい妖魔が張り付いている。


 こうして若い集団はイベントの始まりを賑々しく迎えていった。



 陶子たちの通う高校はレクリエーションと精神修養を兼ねて林間学校のプログラムに寺院一泊が組み込まれていた。平たく言えば座禅と僧房宿泊体験である。

 今時の高校生にはちとハードルが高い。ご褒美ではないだろうが、後二泊は湖畔キャンプ場での遊び放題が待っているから皆頑張れるという。

 それこそ今時の高校生が二泊も自然の中で持て余さずにいられるのだろうか疑わしくもあるのだが。


 程なくお堂に揃いのジャージ姿が半跏趺坐で並ぶ。そう広くないお堂にはひとクラスずつ。残りは入れ替わりで写経やら掃除やらと余すことなく勤めさせられていた。


 陶子は誰かが討たれる警策の音をどこか遠くに聞きながら一人揺るがずにいた。明鏡止水を得たわけでもなく、心中は明日の予定なんやかんやと渦巻いているのだが、平静を装うことにかけては一級なのである。

 見る者が見れば少女の母の影を重ねただろう。


 最後まで崩れなかった陶子は和尚から特別な御守をいただくことに。誰も羨まなかったのは言うまでもなく。

 しかしこれが後に幸いすると、手渡した和尚でさえ驚かせる事態が待っていようとは。



 本日のお勤めを終え、男子はお堂に雑魚寝、女子は宿坊にて就寝という頃、そうやすやすと眠りにつかない面々はやはりいる。

 まして和尚がわかりやすいフラグを立ててくれた。


 寺院最奥の法堂(はっとう)の陰になる片隅に多宝塔としてはミニチュアな塔があるという。高さは三メートルほど、四角錐の二層造りで精巧でありながらも実用には向かないサイズ。寺院建立期よりあると言われているが仔細不明にして。

 そこへは夜半を過ぎてからは決して近づいてならない。扉には施錠してあるが万に一つも触ってはならない、と。

 理由を説明することはできないが固く守れと厳命されてしまった。


 真顔でこうまで言われたのなら、そう、これは確かめねばならないことである。

 だいたい禁忌があるのならば気軽に体験受け入れなどしなければいいのだ。ならば言うほど重たいものではないだろう。


 勝手な理屈が席巻し肝試しが決行される。



「あんたたち、ほんとわかりやすいわね」


 月明かりに浮かぶシルエットは腰に手を当てた仁王立ち。逆光で顔は見えなくとも学年問わず知らぬ者はないその少女。


「……陶子」


「陶子様」


 夜陰に乗じて寝屋を抜け出した男三人に女二人は教師に見つかるよりも深刻な顔になる。まして同級の男子に様をつけられているくらいなのだ、その立ち位置も自ずと察せられてしまうというもの。

 学校における最凶の存在として君臨していた女子高生。

 当人にそんな自覚はないのだが、とにかく東浦陶子だけは怒らせてはいけない――教師陣すらそう共有しているほど。暴れる生徒への対応のほうがよほど楽であるという。

 スイッチが入ると息が詰まるほどのプレッシャーに襲われ、生きた心地がしないのだとか。

 あの母にしてこの娘ありとはこの母娘のことを言うのだ、とここにはいない不肖の兄が曰っていたような。


「ここまで来てるんだし、ちょっと見るぐらいいいだろ?」


 実は多宝塔まで目と鼻の先にいる。されど――


「あぁ?」


 これだけで男連中は萎縮して口も利けない。視線も顔色も覚束なくとも空気が変わるのだ。もはや一介の女子高生が纏うオーラではない。

 それでもショートボブの仁王様と比較的仲良しなおさげの娘が懇願してみる。


「陶子ちゃん、こんなわくわくドキドキも今だけだよ?」


「ダメって言われたよね」


「むー」


 おさげの娘は陶子に圧されっぱなしにならず、上目遣いで攻めてみる。他の同級生はこれで難なく陥落できたが――


「明日キャンプ場でやればいいじゃない。肝試しみたいなもんでしょ」


 手強い。


「あんだけ言われたら逆に気になるよ?」


 暗がりだから視線の戦慄が薄く頑張れる。


「ふー」


 陶子もこれまで品行方正を旨として生きてきたわけではない。年相応の部分だってあるのだ。ただ特殊部隊コマンダー(ははおや)(兄が言った)に躾けられた素養が(おもて)に出で来るだけで。


「見るだけよ。絶対触っちゃダメだからね」


「さっすが陶子ちゃん」


 何がさすがなのやら、と思う陶子であった。



 握り込めるサイズでもLEDライトはそこそこな光量で多宝塔を照らす。誰の持参か準備のいいことである。


「何もないね。さっさと戻るよ。早く寝ないと明日めいっぱい遊べなくなっちゃう」


 むしろ何もなくていい。お坊さんに見つかる前に撤収したい。一緒にいる以上陶子だって怒られたくないのだ。

 おどろおどろしさも感じない塔は黙ってそこにあった。そうなってくると和尚があれほど禁じた意味がわからなくなってくる。毎回毎回凶事を呼ぶならここの和尚も暮らしていけないだろう。

 だからと言ってこれ以上はいけない。


「ほら、満足したでしょ」


「う、うん」


「そうだね」


 やっと聞き分けが良くなってきたはっちゃけたい面々。実際面白いものは見当たらない。

 さて戻りますかとなったその時、カタンと木切れでも落としたような音が聞こえた。

 皆が一斉に振り向く。その先は多宝塔。


「俺じゃないぞ」


 一番近くにいた男子が左右に振れるだけ首を振る。

 ライトが今一度照らすが異状は見えない。


「気のせいよ。早く戻りましょう」


 陶子も内心穏やかではないが努めて冷静に。


――ふひっ。


「ひっ」


 誰かが息を呑む。気のせいではなく何か聞こえた。

 明らかに塔からだ。

 逃げなきゃ、そう思った時は既に遅し。


 大ぶりの錠前を吹き飛ばし、塔の観音扉が弾けるように開かれた。爆発音に身が竦む。


――ふひひーーっ!


 けたたましい雄叫びとともに目の落ちた怨念あふれる霊体が両手を翳して飛び出してきた。

 その場にいた誰もが怯え、震え、動けなくなっていた。


――お兄、助けて!


 ポケットにあった御守を握り締め、ブラコン拗れた少女は強く目をつぶった。

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