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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
灼熱の北海道編
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06 自称真祖

 バカップルが北海道に降り立つより遡ること数週間――

 一流芸術たる壮麗な大聖堂の一室、個人向けに設えられたような礼拝堂に傅く一人の老爺がいた。重厚な白地の法衣が位の高さを窺わせる。


「猊下、お祈りの最中(さなか)とは存じますが、失礼いたします」


「何かな」


 中高年のこれまた上質な法衣の男の声掛けに、老爺は姿勢を崩さず問うた。


地下封印墓所(カタコンベ)最下層に異変がございます。棺の一つに封印が弱まりつつあるものが」


 中高年の表情は固い。それはそうだ、悪い報告なのだから。


「最下層? 番号付き(ヌメロ)ではあるまい?」


(セッテ)


 老爺は立ち上がり天を仰ぐ。天井のステンドグラスにまぶされている天使が今だけは恨めしい。


「主よ、何故、昼に歩く者ディエースアンブラーレを解き放とうとされるのか……」


「猊下、心中お察し申し上げます」


「察する必要などない。それよりも殺戮執行局(メッソーレム)の局長を呼び出してくれまいか」


 物騒な単語に中高年の男は固い顔を更に引きつらせた。厳かな大聖堂には全くそぐわないその単語は怪しき面々を思い出させる故に。


「しかし奴らで退治できましょうか? ディエースアンブラーレともなるとかなり強力な吸血鬼(ヴァンピーロ)と聞き及びますが……」


 闇の世界の執行者メッソーレムは悪魔祓いの豊富な実績を持つ。ただし吸血鬼だけは別だ。特別なのだ。

 老爺は努めて穏やかに語る。それは焦りの見える中高年司祭を落ち着かせるためか、はては己を落ち着かせるためか。


「勝てぬよ、勝てぬ。我らは歴史上、ヴァンピーロに勝てたことは一度もない。せいぜいが封印するに留まる」


「市井に害が及ぶ前になんとかしなくては!」


「癪ではあるが、極東へと送りつける。()の島国の悪魔祓い帥(エクスオルキスムス)が片付けてくれよう」


「そんな簡単な話なのですか?」


「ヴァンピーロに対してだけだと思いたいが……」


 老爺の笑みは自嘲なのか別の含みがあるのか、中高年司祭には判断しかねるものだった。


日本(ラポーニア)……昔から主の理に嵌まらぬ国よ、忌々しい」


■ ■


 人の存在が途絶えた世界に驚いたのもつかの間、あからさまに怪しい男の登場と相成った。


「何だ、あいつは?」


「怪しいですね。とりあえずぶっ飛ばしますか?」


「そうだな。あいつが元凶でいいだろ」


 まるで意に介さない安定の二人。蚊が出たから殺虫剤を吹き付けましょうくらいの軽さ。

 舜治の許可も出たとお千香が火焔を放つ。


「これはなんとも物騒な挨拶ではないのかね。ここは礼節のなっている国と知らされているのだが?」


 避けられていた。大袈裟な横っ飛びはスマートに見えなかったのが残念なところか。

 体術に自信のない舜治には笑えない。


「これほど胡散臭いやつに手向ける礼節は持ち合わせていないんでね」


「やれやれ」


 オーバーな仕草で嘲笑を見せるタキシード男であったが、内心はかつてないほどに波打っていた。


――今の火焔は魔術か? あんなものが直撃したら再生が間に合わぬ!



「休むな」


「はい」


 舜治の冷徹な一言に素直なお千香は続けざまに火焔を放つ。


「ぬおっ! ちょっ! 待て! 話を、聞かぬか!」


 体を捩ったり這いつくばったり、挙句ころがったりと懸命に避ける。その姿はどことなくドッジボールの的当てを彷彿とさせた。

 お千香も本気で狙いをつけていないのではないかとさえ思える。

 舜治は舜治で、この空間の建物に火が着いたらどうなるんだろうなぁなどと考えているのだからいただけない。


「ふ、ふ、ふう……なかなかやるではないか」


 肩で息をしながら二人を睨みつける。タキシードが所々焼けているのが痛々しい。


「あの者、雑多な魔力を持った人間?の出来損ないのような存在ですね」


 お千香が涼しい顔で言う。ここ連日の暑さもこの異界では違うのか、舜治の汗も引いていた。


「流暢にしゃべってるけど、あれ、日本人じゃないな……やっぱりモノノ怪か」


 いつの間にか顔立ちが判別できるほど距離が近い。彫りの深さや輪郭は日本人からは程遠いと訴える。

 もちろんお千香は前に立って不意打ちに備えていた。

 なお今この場に関係ないことではあるが、モノノ怪のモノと物部の物は同じ由来にある。


 しかし聞き捨てならないことが聞こえた。タキシード男のプライドが奮い立つ。


「雑多だと! 出来損ないと言ったか! モノノ怪とは侮辱も甚だしいわ!」


 焼けたタキシードも誂え直し、マントまで羽織りたなびかせる。背筋よく胸を張って颯爽と且つ重みを持たせ言い放つ。


「我こそは真祖! 千年の時を生きるヴァンピーロなり! 我が名を知って死ぬがよい」


「ヴァンピーロってなんですか?」


「語感的にヴァンパイア、吸血鬼のことだろ」


「ああ、噂の血吸い虫ですか」


 お千香も気を遣ってか、舜治に耳打ちするように聞いていたのだが、敵も()るもの余さず聞かれていた。


「虫ではないわ! 心して聞くがよい。高貴なる我が名はボニファーツィオ・アッぎゃあーー!」


 名乗りの途中、言い切る前に悲鳴へと変わる。何故ならその胸を金銅に輝く矛が突き抜けていったから。矛は遥か向こうまで飛び、乾いた金属音を立てた。


「あ、突き抜けた……刺さったままじゃないと効果薄いのか」


「敵の名乗りも許さない容赦の無さ。素敵です」


 そんなことでうっとりしてしまうお千香さん。


「ちょっとイラっとした。反省はしない」


 こちらも全く悪びれない。あまつさえ槍投げのフォームを繰り返す。本当は顔面を狙っていたとお千香にバレてはならないのだ。


「日中に悪さをしてたようだし、あまり効いてないみたいだな」


「ギザマぁ!」


 長い犬歯を剥き出し、端正な面影なく憤怒の形相で睨みつけてくる紛うことなき吸血鬼ボニファーツィオなんとか。


「ぐうぅ、我ほどの高位ヴァンピーロはディエースアンブラーレとしてソーレの下でも平気なのだぁ」


 それでも太陽の矛に貫かれても消滅しないとは流石はデイウオーカーと褒めるに値する。矛に神気を込めていなかったとしても。


「何者だ人間!」


「巻き込まれた観光客A」


「その連れ合いB」


「ふざけるな! 何なのだ! 何なのだ!」


 ボニファーツィオなんとかが怒鳴るのも無理はない。だいたい二人の方がおかしいのだ。


「このままでは……血を吸わなければ」


 ぽっかり空いた風穴が再生しない。未だかつてこのような経験などなかった。何を差し置いてでも吸血により力を取り戻さなくては消滅の危機だ。

 しかし都合よく若い女がいるではないか。まして女は魔術師のようだ。魔力豊富な血液を得られるだろう。ありったけ吸い尽くしてやろうではないかと前のめりに。


「くくっ。このダメージでも発揮する真祖の力を見るがいい」


 ふらつく吸血鬼の姿がブレたように見えた。その直後見失う。

ついに真祖の恐るべき攻撃が襲いくる!

次回決着!

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