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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
灼熱の北海道編
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04 凶行せしめたモノ

「さて……如何したものか……」


 タキシード男は独り()つ。やっと人間の住んでいそうな里に辿り着いてはみたものの、得体の知れない何かに襲われかけ、挙句に怒鳴られたのだから。しかもその言葉がわからなかった。

 これはもう自分の知らない異国に飛ばされてしまったとみて間違いないだろう。


 とりあえず窓灯り溢れる家々を眺め、人間の営みはあると確信できた。ならば手はある。接触さえできればどうにでもなるだろう。

 できうれば花咲くような乙女がいい。

 そんな未だ見ぬ異国の乙女に想いを馳せ口角を上げる男は山間の集落に浮いていた。場にそぐわないタキシードを華麗に着こなす体躯が哀愁に拍車をかける。

 誰にも遭えないことはもしかしたら良かったことかもしれない。指を差されないという意味で。


「誰か一人くらいは外を歩いていないものか……」


 古の制約により誰とも知らない家屋には入れない。招いてもらおうにも外にはおらず。

 現在午後八時半。男は知る由もないが、この周辺に住む者たちにとっては夜中の一歩手前と言っていいような時間であった。だから家から出る者は稀である。


 男は道すがら歩いてみることにした。ここだけが集落ではないはずだと。犬も歩けばなんとやらを知ってか知らずか。


「それにしても、継ぎ目のない石畳とは……歩きやすく良いものよ」


 アスファルト舗装はどこまでも続く。


 しかしここに来て運の天秤はこの男へ傾く。そう、歩いた犬が棒に当たるのだった。

 後方から迫ってくる車のライトがやがて男に並び止まる。


「おう、兄ちゃん! 見慣れねえやつだな。こんな遅くにどこ行くんだ? 乗っけてやろうか?」


 ライトバンの窓全開でランニングからゴツい腕をむき出すのはオッサンだった。天秤が傾きを戻していくのが見えるようだ。それくらいのオッサンだった。タオル鉢巻はよく似合っている。


「何だぁ? アメリカ人かよ」


 見下ろしてくる相貌からそう口に出る。白人はすべからくその括り。


「日本語おーけー?」


 田舎のオッサンは人がいいようだ。それが災いするのだが。


 声をかけてもらった異邦人は無造作にオッサンの右腕を掴んだ。


「うおっ!」


 やはりこんな時でもシートベルトは大事である。未着用のオッサンはあっけないほど簡単に引きずり出されることに。


 男の端正な容貌に似つかわしくない異形の犬歯が文字通り牙を向く。花咲く乙女ではなかったが、ここに至って四の五の言ってはいられない。


 哀れ、オッサンの悲鳴が闇夜に消えた。


■ ■


 吸血鬼の被害者と思しき女性を救急車に預け、事情を聞かれる前に隊員の視界から隠れた二人。それはもう樹木に化けるような感じで。林の中というのが幸いしたらしい。


「はー、どうしたもんかな」


「周りに妖気は感じられませんね。近くにはいないと言っていいでしょう」


 現場からは少し離れ、救急隊員の来た方向とは逆の出口に向かう。腕は組まずに恋人繋ぎだ。これは舜治からなものだから、お千香も嬉しくてしょうがない。

 たとえ舜治が内心で遊歩道が歩きづらいからだとしても。


「そうだな……こうしよう。俺たちは何も見なかった。このまま観光を続ける。もし、万が一巡り合うことがあったとすれば、全力で叩きのめす。どうだ?」


 さも緻密な作戦でも宣った風に人差し指を立てる舜治に、お千香はジト目しかできない。


「それって……」


「言わなくていいぞ」


「いつも通りですよね」


 木立を爽やかな風が吹き抜けた。



 まだ陽は高いが行き先も定まらないため、一旦ホテルに戻ることに。冷房満開の部屋で語らうは観光ルート半分、先の件半分。


「近いとこでは高砂酒造だな」


「酒粕のソフトクリームですね……私は嵐山展望台を推します」


「ちょっと遠いか……いや、タクシーで行けば……お千香、そこは夜景が綺麗みたいだぞ。暗くなってからにしないか?」


「わっ、嬉しいです!」


 違った。観光先しか話していなかった。スマホとガイドブックを前に角突き合わせて闊達に意見交換が進む。


「でも晩ご飯が遅くなりそうです。舜治は朝もお昼も食べてませんし、お腹空いてきませんか? それとも先に軽く食べます?」


「あー、うん。腹空かせてからのビールも旨いだろ」


 明日の二日酔いも確定か。昨夜の羽目外しはどこへやら。しかも、この後すぐに赴く先は酒蔵ときている。


「あの女性は無事でしょうか」


「多分な……毒気は祓っておいたから後遺症もないだろうさ」


 忘れていたわけではなかったようである。舜治としては忘れようと努めるつもりだったとは言えない。

 あの場でも最低限の浄化しかしておらず、早々に救急車へ引き渡していた。


「でも、感染力と言うか、そういうのは弱そうな気がしたな」


「それはその吸血鬼の力が弱いという意味ですか?」


 イスにべったりともたれる舜治と可愛く小首を傾げるお千香。考えたくない男と説明されても今ひとつ吸血鬼にピンとこない女の図である。


「一概には言えんよ……直に会ってみないことには。まあ、俺とお千香がやられるイメージは湧かんけど」


 特にこの妖姫においては微塵も湧いてこない。


「ああ、そういや、飛縁魔も血を吸うって話はよく聞くな」


「何ですか! そんなのと一緒にしないでください!」


「あ、そうなの?」


「当たり前です。一体どこの話を聞いてきたんですか!」


 テーブルが叩かれガイドブックが床に落ちる。


「実際、俺は何度か吸われているが」


「それは舜治の怪我を治すためのやむを得ない処置です」


 のみならず、お千香のダメージ回復に使われたこともある。


「嬉しそうだったけどな」


「知りません!」


 とうとうそっぽを向いてしまった。腕組みまでして、私怒ってますとアピールして見せる。長い髪が表情を隠してしまい舜治からは覗えない。

 もちろん本気で怒っているはずもなく――


「んじゃ、酒粕ソフトでも食べに行きますか」


「試飲してもいいんですよね? 新酒の時期じゃないのが残念です」


 お千香の立ち上がりは早く、すぐに手を取ってきた。



 ソフトクリームを食べた二人はあっさりめで酒粕の風味がとても美味しいと揃って目を細める。因みにお千香は国士無双をひと瓶抱えておねだりし、先ほどからかった手前、舜治は速やかに財布を開くのであった。

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