07 屋上決戦やり直し
三階には戸を叩く音、生徒の叫ぶ声で喧しいことになっていた。
これだけ騒げば下の階から様子見に来てもいいはずなのだが、誰も来ていなかった。
「これは……一斉に解放したら大惨事になりそうだな」
「そうですね……やはり、人の手によるものでしょうか」
「青木の所在を確認したいところだが」
「一緒に閉じ込められていたら、笑えます」
「しっかし、これほどの仕掛けを近くに来るまで気づかんとか……ちょっと、自信無くしそうだ」
「範囲がかなり狭められています。偽装もうまいですね。どうしますか?」
フロアを見渡し舜治とお千香は手を出しかねていた。
教室の封鎖を解くのは容易だが、脱出の人波が押し寄せる。こちらも身動きできなくなるだろう。
先に大本を叩いてもいいのだが、瑞樹のことを考えると二の足を踏む。早々に恐怖感から自由にしてあげたい。
「突き当りから、一部屋ずつ開ける!」
何処から出したのだろうか、舜治の手には橙色の珠が握られていた。大きさはテニスボールほど。
西端の教室前まで進み、戸口の窓から中へ向かって下がれと伝える。助けが来たと色めき立つ生徒達。
その戸に軽く珠を当てるとキィーンと金属的な音が響いた。
お千香が迷いなく引き戸を開け、即座に下がれるだけ飛び退る。
歓声とともに生徒が溢れ出てくる。一クラスずつにして正解のようだ。
ちょうど三階まで上がってきた玉樹と土門は危うく波に飲まれそうになっていた。
教室内を覗くと浮かぶ目玉は確認できなかった。
西端から中央階段まで解放し人が捌けた時、玉樹が寄ってきた。
「うまくいってるんだね。瑞樹は……あっちか」
まだ半分残っている教室に目を向ける。順番は二番目になりそうだ。
「不思議な色ね……そのボール?」
土門が舜治の手にあるものを凝視する。
「……切り札のマジックアイテムですよ。次行きます。下がってください」
舜治は簡単に答え、続きにかかる。
「ふぅん……」
土門を気にかける者はいなかった。
「お姉ちゃん!」
姉妹感動の対面。瑞樹がすがりつく。
「ちょっと、瑞樹、苦しいよ」
それでも姉は嬉しそうに頭を撫でる。妹の無事を確かめられたことが第一だが、真っ先にお千香のところへ行かれたら泣くに泣けないとも思っていた。
「衛藤さん、敵の狙いがわかりません。下へ避難してください」
瑞樹はお千香にだけ頭を下げ、階段を降りていく。
「ありがとう、二人とも気をつけてね」
玉樹も礼を言い踵を返す。
「瑞樹! 東浦君にもお礼しなさい!」
「後で~」
「ここに来るまでに、衛藤さんから、凡そ聞いています。私は全ての生徒を見送ってから戻ります。教師ですから」
土門がはっきりと告げる。
「わかりました」
パンツスーツの足が震えていることに舜治は触れないことにした。
最後の教室を開け放つ。
生徒が出払ったあと、無いと思いつつ目玉の確認に中へ踏み入った。
「青木先生!」
舜治に釣られて教室に入った土門が叫ぶ。
そこには肩を落としうつろな目をした青木が立っていた。
土門が揺すっても呼びかけても反応がない。
「これは……自分で言っておいてなんですが、あまりに予想通りと言いますか、予想外と言いますか」
「……言うな」
お千香は笑い出しこそしなかったが、舜治に何とも言えない顔を向ける。舜治の方も同じような感じだ。
「どういうことですか?」
二人の含むところが分からない土門が問いかける。
「いや……実は青木先生のことが怪しいと思っていたんです。それがこの状態で、となると……まぁ、状況から見て、やはり無関係ではないなと思ったわけです」
「青木先生が、そんな……でも……」
――青木が主犯なら、これで終わりだが……屋上は確かめたほうがいいな。
「お千香、屋上に行くぞ!」
「はい」
「待ってください!」
土門から制止の声。 つくづく中断させられる。
「何ですか?」
「青木先生は、このままなのでしょうか?」
「……わかりません」
「さっきのマジックアイテムとやらで治らないのですか?」
「正直言って、これを使った結果ですね」
舜治が橙色の珠をついと出す。
普段は柔和な土門の顔が責めるようにきつくなっていく。
「あなたのせいですか?」
「まさか!」
これはお千香が黙っていない。
「その男が術者ならば自業自得です! そうではなかったとしても、あれだけの生徒を見殺しにしたほうが良かったというのですか!」
風のない室内でお千香の長い髪が逆巻こうかという勢いで揺れる。
その殺気とど真ん中の正論に土門は押し黙る。
「試せることがあるかもしれません。しかし、それは後ほど」
舜治はそれだけ言い置いて教室を出た。
観音開きのドア、やはり鍵は開いていない。
ドアの前でお千香が舜治の指示を待つ。
「ここまでの騒ぎだ。もう知らん。ぶち破れ!」
「はい」
昨日とは一転、強硬。
お千香も刹那の間もなく応え、スカートを両手でつまむ。貴婦人の挨拶のように。
直後、爆発音が轟く。
――やれって言ったの俺だけど、さぁ。
鉄製のドアが二枚吹き飛んでいた。
お千香はスカートをつまんだ姿勢のまま佇んでいる。
「お千香、ほどほどってこと、覚えような」
「かなり実践できていると自負します」
しれっと応えるお千香が繰り出したのは前蹴り。
舜治も鍵を壊すくらいだろうと思っていた。派手にドアが開くくらいだと。それがこんな結果に。
「さぁ、本命とご対面だ」
とりあえずドアの件は置いておき、舜治は屋上に踏み出した。