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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
襲い来る過去編
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07 白銀の狐

 キィンと乾いた金属音のような音が鳴った直後、猿の肩口に刺さっていた丹塗りの矢が爆ぜた。

 より正確には矢が刺さっていた肉が爆ぜた。巨大な風船が針で突かれたような破裂音が爽快に思える。


――ブギャアァーー!


 絶叫に併せ、血飛沫代わりの白煙が肩のあった辺りから吹く。そう、肩から先は既にない。左の手首だけが転がっていた。

 猿はわからない。何故こうなったのかが。対峙していた女妖魔と狐の精霊の仕業ではなかった。咆哮に一瞬動きを止め、反応が遅れるほどだったはず。



 いつから山に棲み着いていたかは憶えていない。気づけば里の人間からヤマヒト様と崇められ、供え物をもらうようになっていた。時折山に迷い込んできた若い娘を食らっても、山の神たる自分の力に逆らえる存在はいなかった。

 それがなんだ、これは。

 小癪にも山の神が贄に手を出すの邪魔するだけではなく、傷をつけられた。しかも腕を失うほどだ。

 これでは娘を一人二人食らったところでしばらくは元に戻らないではないか。もっともっと必要だ。


――ギャギィーー!


 悔しさで牙を咬み鳴らすと、背後から不愉快な言葉の羅列が聞こえていたと思い至る。

 振り返るとそこにヤツはいた。先ほど矢を投げつけてきた危険なヤツではないか。この身が人間如きにこれほどの深手を負わされるとは。尽くゴチソウの邪魔をしてくれる。


――ゴアァーー!


 怒りを込めた威嚇の咆哮を上げ、ゴチソウより先に命を刈ってやろうと一歩踏み出す。


 そして大猿は死神と目があった。


■ ■


 合流した佐和子の案内で息も絶え絶え現場に着いた舜治。明日は足の筋肉痛が避けられないだろう。愛する妖姫に甲斐甲斐しく面倒看てもらおうと願う。怪我の件で怒られるのが先か。

 されど今は休む暇なく、お千香らに気を取られている敵を見た。絶好の機会と背後から全く悟られることなく不意打ちをかまし、結果大ダメージを与え動きを止めることに成功する。


 大猿がやっとこちらに気づき吼えた。あのダメージで向かってくる気満々のようである。ターゲットがこちらになるのは大いに結構。

 離れたところでお千香が叫ぶ。このままでは舜治の最も苦手な近接戦の流れだからだ。

 なっちゃんを抱っこしているお千香を見ると安心する。そちらも安心しろと手を上げた。

 そこではたと気づく。傍にいる白っぽい幼女の姿をした何かはなんだ、と。お千香は無警戒でいるがどう見ても人外だ。

 隔てる必要がある。


 その手に顕現するは金銅(こんどう)の光放つ矛。


 左肩はまだ痛む。故に右腕一本で構える。

 神霊力を具現化させた矛は二メートルほどあるものの、舜治にとって重さはあってなきが如し。


 唸り声を引きずりながら大猿が一歩進む。三次元に動き回っていた猿の面影はない。ダメージもあるだろうが、舜治の発する神気の奔流に圧されて満足に動けないのだ。大神を宿す巫覡の金瞳が睨めつけるだけで大猿の動きを縛る。


 人体でいうところのアドレナリンでも出ているのか、亀ほどとはいえ一歩ずつ足が出る執念は見事かもしれない。

 その分反動は大きい。あちこちから沸騰したヤカンのように白煙が立ち昇る。

 満身創痍で迫る異形の怪物は素直に恐ろしい。耐性の高い舜治でさえ目を背けたくなるほど。


 あと少しで憎っくき人間に手が届く。大猿の呻きが歓喜に代わりそうに――ならなかった。


 舜治は軽々と矛を一閃。残った右腕を斬り飛ばす。

 よくぞこんなことができたと内心驚いたのは誰にも言えない。


「穢れ祓いし司と為し、布留部の神宝(かんだから)、其の神武(かみたけき)()って、天神(あまつかみ)御祖霊(みおや)御詔(みことのり)(かけ)給ひて、(しず)め納むるなりぃや!」


 矛が一層輝きを増す。発光する音が聞こえてきそうだが逆に周りから音が途絶えた。


――ナンダ! ゴレハァ!


「結界?」


 大猿を中心にドーム型の障壁を張り巡らせたのだ。閉じ込められた二体の人外。

 そう、お千香と白っぽい幼女を遮る形で展開したのだ。

 数度ノックしたくうこがお千香を仰ぎ見た。ちょっとやそっとで破れそうもないと思えたから。

 仰ぎ見られたお千香も舜治登場に喜色を浮かべた直後だけに困惑気味。

 障壁は透明なのだがビニールハウス越しくらいの歪みがあった。

 舜治にしてみればお千香となっちゃんだけを避難させたつもり――だけではないことも事実。

 強力な飛縁魔の援護は望めなくなったがそれでいい。

 動きも鈍り、後はトドメを刺すのみ。敵を前にして無駄な口上は垂れない舜治は矛を構え直す。



「引っ込め」


「は?」


 いざ参らんという舜治にくうこが言った。


「あの子を護る、わたし」


 くうこの端正な顔つきが変わっていた。鼻面が伸び、目も切れ長に吊り上がる。まさに狐の面相だ。覗く手も獣のそれに。

 靡く毛並みが白銀に煌めく。

 ファンタジックな狐獣人がそこにいた。小ぢんまりと可愛らしいから気も削がれそうになる。


「妖狐だったのか」


「お前も!」


 再び間違えられて苛立つくうこ。今は訂正している暇がないのが口惜しい。

 実は急いだ方がいいのは舜治。大猿が迫りつつある。あちらは必死なのだ。


「ちぃ! ホーーッオァーーッ!」


 矛を振り上げる。物理的な諸々を無視して猿の巨体が宙を舞った。

 弾き飛ばされた先はくうこの目の前。狙ったわけではないがこうなった。


 くうこは犬歯を剥いて笑う。獲物を前にした捕食者の顔だ。


「結界、あてにする。フォンジン、ヂャリィェ!」


 聞き慣れない言葉を呟いたかと思えば、大きく顎門(あぎと)を開く。


 開かれた顎門から一迅の風が吹いた。その風が大猿を包む。


「いやいやいや、待て待て!」


 慌てたのは舜治。その風に尋常じゃない霊力が込められているのを知ったから。これはとんでもない威力になる。

 矛を眼前に突き立て盾とする。神気を高め身を守らねばひどい目に遭うだろう。


 直後、障壁ドーム内を暴風が吹き荒れた。


――ギャブゥゥ!


 大猿は爆ぜ、肉片はさらに切り刻まれていく。血を流す生き物ではないことが救いか、凄惨さが薄い。どんどん蒸発し、消えた。


「フォンジン、チンジン」


 くうこがそうつぶやくと乱風は収まり、砂埃までも落ち着き、視界が晴れる。


「死ぬかと思った……」


 大きく息を吐いた舜治は首を巡らす。あれほどの暴風が嘘のようだ。大猿はもういない。あの狐が放った術は圧縮した竜巻をぶつけたようなものと推測する。

 威力の程に驚愕するしかない。この男以外ならドーム内にて存在しえなかっただろう。それほどの破壊殺傷力。障壁がなければこの一帯どれほどの被害が出ていたのか、考えたくもない。

 対照的に、無傷な巫覡にくうこが信じられないものを見る目をしていたのが印象深い。


 舜治が爆心地に近寄ると転がっていた拳大の頭骨を認める。依代だった山猿のものだろうか。それを矛で突くと、灰となって崩れ土に還っていった。


 そして爆風の発生主に文字通りの矛先を突きつける。


「ちょ、蛇の大神、その槍だめ!」


 感情薄めのくうこが慌ててみせる。今は顔も戻り、狐らしいのは頭にある狐耳だけだった。


「さすが、この国の大御霊(おおみたま)……やめて、怖い、その槍、早くしまう!」


 先の猿からは微塵も感じなかった死への恐怖をひしひしと感じる。この膨大な神霊の力にはとても敵わない。最大最強術の至近にいながら平然とし、張られた結界もびくともしていないことが如実に語る。

 故かキャラが変わっているようだが、舜治にわかろうはずもない。金瞳に呼応して金銅の矛が放つ圧力が高まり、くうこは後退る。


「槍じゃなく矛な」


 穂先の形状に若干の違いはあるが、概ね時代による呼び名の違いでしかない。そんな益体もないことを思いながら大事なことを問う。

 因みに最前から殺気は込めていない。


「で? 可愛くておっかないキツネちゃんは何モン?」


 矛をさらに寄せる。(きっさき)が届きそう。

 背中が障壁に当たり、これ以上下がれない狐っ娘。舜治は至って愛想良く微笑んだつもりだったが、悪鬼羅刹が舌なめずりしたようにしか見えなかった。耳がしおれてしまう。


「……空狐(くうこ)


 涙目で本格的に怯える空狐だった。

ごめんなさい、書き直したら長くなったので、もう一話いきます。

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