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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
襲い来る過去編
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06 白と黒対白

――間に合わない!


 懸命に飛行速度を上げるお千香は歯噛みした。無意識に犬歯が伸びる。このままでは保育園にまっしぐらの白い猿が先に着いてしまうのだ。

 一か八か火弾を撃とうか。されど当たる気がしない。お互いかなりのスピードで距離もある。威力も込めねば足止めにならないため、外れた時の延焼が怖い。


 保育園の園庭が見えた。その光景にお千香は絶句する。なっちゃんともう一人の子どもが外にいるではないか。もう火弾は撃てない。


 ついに白い猿が着地し、砂埃と轟音を立てる。


 せめて立ち塞ぐ位置に飛び込むまで。


 それより早く猿が手を伸ばす。

 そこでお千香は我が目を疑った。

 もう一人の子どもが前に出たと思えば、白い猿が弾き飛んだではないか。その際の鈍い音はお千香の足を止めるほど大きい。


「なっ!」


 いや、呆けてはいられない。動きの止まった敵に火柱を見舞う。

 やっとなっちゃんの傍へと至った。


「なっちゃん! 無事ですか!」


「ふぁ、おねえちゃ……」


 よたよたと寄ってくるなっちゃんを迎え優しく抱きしめる。


「びぃやぁーー!」


 お千香の柔らかい胸に抱きしめられなっちゃんは号泣する。安心に包まれると同時におもらしもしてしまうが咎めようはずもない。


「頑張りましたね。もう大丈夫です。もうすぐお兄ちゃんも来ますからね」


 あやしても泣くトーンが上がるばかり。それでいい。


「飛縁魔……味方?」


 もう一人いた白っぽい幼女――くうこがこちらを向いている。

 白猿を防いだのは明らかにこの幼女。わかるのは人外だということ。頭上の狐耳を見ずともわかる。そしていつの間にかスカートを持ち上げるようにふさふさの尻尾が屹立していた。


「そうです。なっちゃんの、ですが。あなたは……妖狐(ようこ)?」


「そんな下等と違う」


 不機嫌な色を出すくうこ。


「まさか天狐(てんこ)ですか」


「ちが――ちっ!」


 くうこが更に否定しようとした時、熱風がやってきた。


――オマエラ、ユルサナイイイ!


 白猿が吼えた。熱風は火柱を吹き飛ばしたことによるもの。白い毛並みはチリチリに黒焦げていた。

 背筋を怖気に舐められるようなささくれた不快な声に、佳人なる二人の人外が眉を寄せる。


「ちゃんと掴まっていてくださいね」


 お千香は左腕一本でなっちゃんを抱き上げる。返事はないがなっちゃんもがっちりとお千香の服を放さない。その服は涙鼻水涎とおもらしでひどいことになっているのだが。


――ソノムスメヲヨコセェ! クワセロォ!


 焦げた猿が襲い来る。

 しかしまたもや届かない。見えない障壁のようなものに阻まれる。両手を突き出しているくうこの仕業だ。


「こん外道が!」


 ここでお千香ははたと気づく。猿の肩口に矢が一本刺さっているのを。あれだけの火柱にあって煤けることさえなく刺さっている。矢羽根など純白のままだ。


「主様の丹塗り矢!」


 刺さっている矢柄が赤い。三輪の大神を(しる)すもう一つの神祭具だ。舜治による一矢だろうが、刺さっているのにそうダメージがあるように見えない。お千香も滅ぼすつもりで放ったはずだが火柱も耐えきった。

 軽い相手ではない。


「佐和子さん、そこにいんすね」


――いるよー。しっかし、あいつ気持ち悪いね!


「浮遊霊?」


 降りてきた佐和子にくうこがぴくと反応した。見えている。


「近くまで主様が来ていんす。こちらへ来られるよう案内してくんなまし」


――わかったー。あたしも役に立つよー。


 対妖魔戦には出番なしと己を知る元気幽霊はやはり元気に飛んで行く。

 数秒して、お千香の口調がおかしくなっていることに気づいたが、深く考えないことにした。



 猿は何度もくうこの障壁を殴る。それでも一歩も近づけない。これならば時間も稼げるというもの。


――コノ、ジャマスルナー!


「燃えなんし!」


 お千香は怒っていた。今胸に抱くこの可愛らしいひまわりの笑顔を襲ったことを。 舜治言うところのハイパーモード寸前だ。瞳は緋色に変わりつつあるが、妖気が抑えられているだけの分別は残っている。

 それが抱っこしているなっちゃんの暖かさによって留められているとは本人も気づいていない。

 それよりも爆発系の攻撃はできそうもなかった。ならばと、火柱を圧縮した火力玉で猿を上から押しつぶす。周りはかなり暑い。


――グギギ。


 まだ耐えるか。

 すると巨体のあちこちから蒸気らしき白煙が上がる。くうこが見えない刃を幾重にも繰り出したのだ。カマイタチと呼んでいいものだろう。それがまるで傷口から血を吹き出させているようだった。


――ギイィー―!


「しぶとい」


 猿は更なる抵抗を見せる。押さえつけてくる火球を両腕で持ち上げるようにし、明後日の方向へ投げた。

 お千香は慌ててそれを消す。


 ここで猿は横に動いた。いや、斜めに。そして上に。ダメージをものともしないスピードで翻弄し、狙いをつけさせない。

 くうこの刃が当たらなくなった。これは舜治が難儀したはずである。

 本来のお千香なら接近しての殴る蹴るで圧倒できようが、保育園と住宅地への被害を思うと躊躇する。というよりできない。


――グゲゲ。オマエラコロス。ソシテムスメクラウ。


 縦横無尽に動き回り優位を得た猿が調子に乗る。豪腕に乗せた爪を振るうがくうこの障壁は強かった。


「天狐さん、あれを仕留める術はありんすか?」


「天狐違う。あるけど、周り壊す……だめ」


「でありんすね」


 大柄の黒と小柄な白が共闘するが、決定打に詰まる。

 最強巫覡が間もなく到着するはずだ。だからまだお千香は余裕を持てる。泣き止んでしがみつくなっちゃんを抱え直す。ぎゅっと目をつむっているのがいじらしい。

 お千香は必ず護ると誓う。


――ナンネンモサガシタ。ソノムスメオレノモノ。


 そんなお千香の神経をを逆撫でする猿の言。許せるものか。叶うなら周辺まとめて焼き尽くしてやりたくなる。


「させんせん!」


――ヤマニハイッタムスメハオレノモノ。グォアーーーーッ!


 白さが失われつつある猿がこれまでにない音声で吼える。びりびりと服や髪が波打つほどの咆哮だ。さしもの人外二人も一瞬だけ(すく)む。

 今ぞ飛びかからんと巨体の筋肉が一回り膨れ上がった。渾身の一撃が来る。



(あま)火明(ほあか)り、天降(あまくだ)(まし)まして、布留部由良由良(ふるべゆらゆら)加持奉(かじたてまつ)らむ」


 形勢を覆すお千香の待ちに待った韻律が響く。

次回今編最終話。

楽しんでもらえますように。

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