03 サンザシは魔の兆し
そして今時分へと戻る。
――のう、佐和……。
――何です? ヒイラギちゃん。
みささぎの森公園に佇む二人のセーラー服。いずれも幽霊である。御陵の丘上空をぷかぷかと浮いている。一人は中学生に見えなくもない御陵の主ヒイラギ。今一人はすっかり居着いた元気はつらつ女子高生佐和子。
――最近、あやつら姿を見せんのう。
――だねー。
あやつらとは言わずと知れた大神と飛縁魔。有り体に言えば二人と会話ができる貴重な生身の友人だ。前回の茶会から間が開いている。
――佐和は屋敷まで出向けるのじゃろう?
――うん。でもあの飛縁魔がうるさいんだもん。まー、あれは屋敷と呼ぶにはほど遠いけどねー。
妖魔が仁王立ちするこぢんまりとした古民家を思い浮かべる。
――好きに動けるそなたが羨ましいわい……それではちと、遣いに行ってくれんかの。
――何なにー? 寂しいの? あたしがいるじゃない。
――いやな……言い知れんものを感じての。最悪を考えると、あやつの力が必要やも知れん。
顔色など失って久しいが、冴えない面持ちだ。
佐和子も察する。具体的には至らないもののただならないヒイラギを。
――……よくわかんないけど、わかった。ちょっと行ってくるね。
――頼む。
元気よく飛び去る佐和子。見送るヒイラギは幼く装った見た目に反し、実齢を匂わせる憂いを帯びていた。
■ ■
こぢんまりとした古民家、その陽当たりいい縁側に寝そべる男が目を細めていた。柔らかな女の太ももを枕にして。
くすぐったいのか時折身じろぎする。
「もう、動かないでください」
耳かきを止める女の諌めに太ももを撫でて返事にする体たらく。そう、ひなたぼっこに膝枕で耳掃除をしてもらっているのだ。贅沢に時を過ごしていた。
その上でセクハラまでかます。これについてはされた方が喜ぶだけだからいいのだが。
男ならだれしもでれでれになるだろうに、この男の表情はだらしなく崩れている風には見えない。
「何か考え事をしてますね?」
「わかるか?」
「もちろんです。主様のことはわかりますよ、ぜぇんぶ」
慈愛と艶然の混ざった微笑みで見つめ下ろすお千香。張り出した胸部が邪魔して舜治から面貌全てが見えていないように思われる。
耳から手が離れるのを見計らって上体を起こし、向き直る。
「昨日、なっちゃんと公園で会ったろ」
「そうですね……確かくーちゃんという子がいたというか、いなかったというか」
「そう、その時だ。すぐには気づかなかったが、確かに何かがいた気配が残っていたんだ……まあ、それがなんなのかはわからんけどね。それが引っかかる」
「そのくーちゃんが霊的なものということですか?」
小首を傾げるお千香の愛らしさに舜治の目尻も下がる。
「それがよくわからんから、すっきいしない。最近こういうの多いなぁ。霊力落ちてんのかね」
「こうしてはいられません。すぐにでもなっちゃんの様子を見に行きましょう。霊障などあっては一大事です」
お千香がいちゃつく時間を惜しむことなく立ち上がる。握る拳が火焔を纏っている。これは本気だ。
「落ち着け。まだ幼稚園だったか、保育園だかの時間だろ」
「……そうでした。今少し、休みましょう」
座り直したお千香は太ももを叩いた。
――やだやだ、見せつけてくれちゃって。
頭の据わりと感触があまりにも良すぎた舜治は意識を手放そうと決めた。どうせ頃合いを見てお千香が起こしてくれるだろう、と。
そこへ元気幽霊少女がやってきた。
「また来たのですか!」
当然のことながら妖姫が憤るものの、膝枕継続中につき身動きできなかったことが幸いする。今日も借家は全焼の危機を回避できたようで何より。
――ねえねえ舜くん。
「何?」
――ヒイラギちゃんが会いたがってたよ。ちょっと深刻そうな感じだった。
「む……」
「そう言えば、少しご無沙汰してますね」
――何かね、嫌な予感するみたい。
「もしかして関係するか? いや、しかし……」
確かに森林公園内はヒイラギ媛の絶対圏内だ。はたして外部にその力が及ぶだろうか。しかもこのタイミングときた。
――舜くん、心当たりあるの?
「あるような、ないような……いや、話を聞く必要があるな」
一刻を争う、とは言わないが、急いだほうが良いように思う。しかし懸念が残る。
舜治は正面から目を見て言った。
「お千香、聞いてくれ。これはお前にしか頼めないことだ」
「はい」
未だかつて舜治がこんな言い草をしたことはない。お千香も神妙になるというものだ。
「俺はヒイラギさんのとこへ行く。お前はなっちゃんの元に行って、何かあればあの子を守れ」
「別行動……ですか?」
真意はわかる。あとは感情の問題。お千香は数拍下を向いた。絞るような声を出す。
「主様をお独りにするわけには……危険があるかもしれません」
「ないっての。話を聞き終わったら、すぐに合流するから。むしろ狙われそうなのはそっちだと思う」
「わかり……ました」
端正な顔を泣きそうに一瞬歪め、凛と正す。
「佐和子さんもお千香について行ってくれる?」
――なぁんで? あたしは舜くんと行きたーい。
「お千香となっちゃんの方に何かあったら知らせてほしい。これはかなり重要な役目だから」
お千香は携帯電話を持っていないからこそ。
――んーそっかぁ。わかったよ。前に話に聞いたなっちゃんだね!
そしてちょろい。
■ ■
衛藤玉樹はいつもの帰り道、勝手知ったるご近所さんの玄関先で微動だにしない女性に近づいた。
「風結子さーん! こんにちはー。今日は早いんだねー」
かけられた声に一瞬震え、風結子と呼ばれた女性が振り向く。紺色のスーツ姿は二十代後半だろうか。全体的にスリムなシルエットながら顔の輪郭は丸い。
玉樹には娘に受け継がれたにこやかな顔ばかりの印象しかなかったが――
「玉樹ちゃん……」
「どうしたの? 風結子さん、死にそうな顔してるよ?」
いくら親しいとは言え、なかなかに失礼なもの言いだ。されどそう言いたくなるくらい表情が絶望を表していた。
「うん……ちょっとね」
震える手には赤い実をつけた一房の枝がある。
「きれいな実だね。何の実?」
「……サンザシ」
何故こんなものが玄関前に落ちていたのか。思い当たる節はひとつしかない。しかし今になってどうして。
最悪の記憶が蘇る。




