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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
学校の怪談編
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06 異変勃発

 翌日も学内一有名なカップルは安定のイチャつきを見せていた。学内カフェで円卓なのにくっついて座り、週末の予定などを話し合っている。二人の前にはコーヒーとドーナツが並んでいるのだが、定番の「あ~ん」はしていない。学内は勘弁してと舜治が泣きついたからだった。

 ドーナツの更に向こうでうんざり感たっぷりのメガネ娘が頬杖をついていた。


「流石に傍でやられると削られるわ……」


 これ以上甘いモノはたくさん、とコーヒーカップを手に取る玉樹。昼食を終えた二人に声をかけたのが間違いだった。依頼料の前払いとして二日続けて奢らせるのはまだいい。

これは堪えた。


「何が削られるんだ?」


 ドーナツを食べながら舜治が無邪気に問いかける。


「いろいろよ……あんたたちにはわかんないわよ」


 一日でずいぶんと砕けたようである。お千香の地雷さえ気をつけてしまえばいいと、玉樹は自身の内で折り合いをつけていた。この二人にはそれでいい。


 そんな昼下がり、玉樹のスマホが着信音を鳴らした。


■ ■


 時刻は数分遡る。

 大学より昼休みの短い高等部、三年瑞樹の教室。午後の授業が始まろうとしていた。

 誰もが胃袋を満たされ午睡に抗おうとしている。もちろん瑞樹もその一人。早くお姉様に会いたいなぁと考えながら。


 真っ先に異変に気づいたのは教師だった。

 午後一の授業に生徒の集中力が足りないことを咎める気はない。自分だってかつてはそうだった。言って直るものでもない。それがどうだ、強烈な視線を感じる。


――何だ?


 対面する壁に目をやる。下半分が生徒用ロッカー、上半分が掲示板。その掲示板に貼ってあるポスターが睨んでいた。正確には薬物禁止を訴えるモデルの女性。もっと言えば女性の顔全体がひとつの目玉になっていた。


「なっ!」


 教師は驚嘆の声とともに後ずさり、背中を黒板にぶつける。


「どうしたの、先生?」


 数少ない真面目に授業を受けていた生徒が訝しむ。この先生は堅苦しくはないが巫山戯ることをしたことがなかったからだ。


「あれを見ろ!」


 声を絞り出しながら掲示板を指す。教師の様子に生徒の大半が振り返る。


「うわああ!」


「きゃああ!」


「何だありゃあ!」


 悲鳴が重なり騒然となる。

 目玉はポスターから浮き出るようになっていた。

 やがて宙に浮き上がり天井付近を漂う目玉の大きさはバレーボールほど。ゆっくりと旋回までし始めた。


「やべぇぞ、あれ!」


 我先にと逃げ出す者が出る。席に着いている者はもういない。


「開かない?」


「こっちもだ!」


 教室の前後にある引き戸がびくともしなかった。

 窓ガラスを割る勢いで叩いてみても変化なし。全員閉じ込められることになっていた。

 他の教室からも悲鳴や怒号が聞こえて来ることから、少なくとも三階の教室全てが似たような状況と思われた。そのことが教室内の絶望感を加速させる。


「先生! 何とかしてくれよ!」


 立場から言えばそうなる。しかしこれは無理だ。教師は浮遊する目玉を凝視することしかできずにいた。


 我に返った瑞樹が姉に連絡するまで、そこからもう数分かかることになる。


■ ■


「瑞樹? こんな時間にどうしたの?」


――お姉ちゃん! 助けて!


 聞いたこともないほどの切羽詰まった声が返って来た。


「瑞樹? どうしたの?」


――あの人、すぐ呼んで! 大変なの!


「落ち着いて。ちゃんと説明しなさい」


 教室に目玉が現れた。教室から出られない。みんなパニックだ。

 電話の向こうの喧騒と慌てている瑞樹から辛うじて聞き取れたことは以上だった。


「東浦君!」


「ああ、すぐに行こう」


 ただならない電話のやり取りを傍で聞いていた舜治とお千香はすぐに席を立つ。


「昨日、俺らが乗り込んだことで、やっこさん焦りやがったか」


 状況に変化をもたらした原因の一端が自分にあるかと舜治は舌打ちをする。


「舜治のせいではありません」


 お千香の言うことはもっともなのだが、わかっていても釈然としないものがある。


 三人は高等部へ向かって駆け出して行った。


――お姉ちゃん、電話切らないでね!


「大丈夫! すぐに着くからね」


 舜治たちに声をかけ一緒にいた事を、玉樹はこの時ばかりは神様に感謝した。



「先行しますか?」


 やや斜め前を行くお千香が問う。不思議とスカートがひるがえらない。お世辞にも速いとは言えない舜治の足に合わせて走っていた。何しろお千香の全力疾走は百メートル五秒を切る。しかも飛べる。


「……いや、いい……焼けば、済む……話じゃ、ない……から」


 息を切らしながら答える舜治は校舎が全焼している風景を浮かべていた。

 その後ろ、電話口で励ましながらの玉樹は息も絶え絶えだった。徐々に遅れていく。


 辿り着いた高等部の玄関。

 舜治は膝に手をついている。


「やはり走りこみが必要ですね。もっと体力をつけなければ、この先思いやられます」


 お千香の言い様に舜治は返す言葉がない。如何に霊的に強力であろうとも身体能力は人並みにすぎないのだ。自覚している。

 そしてお千香はこういう舜治に厳しい。甘々な関係だが人間をダメにする方向には行かないらしい。

 追いついた玉樹も息を整えるのがやっとだったが、平然としているお千香に目を丸くしていた。


 玄関に着いた旨を瑞樹に連絡して、校舎内に突入する。

 返って来た声はもうすぐだと喜色に溢れていた。追加情報として、目玉は特に何かするでなくただ浮かんでいるだけ。教室から出られないのも変わらないとの事だった。

 玉樹は僅かに安堵する。


 だが急ぎたい時に横槍は入る。


「衛藤さん? 高等部に何か用? それにそちらの方々は? 今は授業中だから、あまり入って欲しくないのだけれど……」


「由加里ちゃん!」


「あら、そう呼ばれるのは久しぶりね」


 三人を呼び止め、由加里ちゃんと呼ばれた小柄な女がいた。


「っと、土門先生、ご無沙汰してます。すみません、今急ぐんです!」


 玉樹が在学中に副担任だった土門に頭を下げる。玉樹の代までは年が近かったため「由加里ちゃん」呼びが定着していた。今の在校生はしない。


「あら、何があったのかしら?」


「衛藤、先に行く! あとは任せた」


 舜治はそう告げると返事も待たず階段を駆け上がっていき、お千香も続く。


「えっ? マジ?」


 慌てたのは玉樹。流石に教師相手にすげなくはできない。

 しかし土門からは――


「よくわからないのだけれど、私も行きましょうかね、衛藤さん」


「由加里ちゃん」


「たまにそう呼ばれるのもいいわねぇ」

主人公の影が薄いです

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