01 出会った童女
「あなた、だぁれ?」
ひまわりの化身――とある大学生カップルより――童女菜津子が公園で一人砂遊びをしていた時のこと。スコップでひたすら穴を掘るだけ。目的が当人さえもわかっていない、子どもによくある現象だった。
間もなく夕方、お友達は早めに帰って行った後。ふらっと現れてはいいだけ遊んでくれる大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんも今日は姿を見せない。
だから一人だった。
自覚などあろうはずもないが、物心ついた頃から勘の冴える子供であった菜津子。だから誰かにジッと見られているような気がして、ふと顔を上げる。
数メートル離れたところに一人の童女が立ってこちらを見つめていた。腰まで伸びる髪が白い。儚げな印象がある。この近所では見かけない娘だ、声をかけずにはいられない。
しかし誰何された娘は応えなかった。ただ近寄ってくる。表情が覗えないところに一抹の怪しさが浮かぶ。
「一緒に遊ぶ?」
それでも無垢の塊である菜津子は何の惑いもなく破顔して誘う。髪が白かろうがなんだ。年も近そうだし、すぐに仲良くなれるだろう。
実は菜津子の勘働きは人物の善悪にも利く。だからこそ一見胡散臭い大学生とその連れ合いたる怪しげな女に懐いていたりするのだ。
今度は意思を返す白髪の娘。小さく頷いて、砂場に足を入れてくる。
「わたし、なっちゃん。お名前は?」
「くうこ」
「くーちゃん! 仲良くしようね」
「うん」
しゃべれないわけではなさそうだ。菜津子はプラスチック熊手を渡し砂遊びを続行、思いつくまま脈絡なく話しかけた。やはり穴を掘っていく。
返答はおぼつかなかったが、端から見て幼子ふたりが微笑ましく遊んでいる風景だった。
ただし、くうこは菜津子に正面を向けることなく絶えずうつむき加減でいた。大人が見れば違和感を感じたことだろう。
更にはそれを上回る違和感が菜津子の眼前にあった。
流石に菜津子も気になる。
「くーちゃん、ワンちゃんみたいなお耳がある?」
そう、くうこの白絹のような頭髪のてっぺんには犬のような三角の耳が鎮座しているのだ。
「かわいい?」
「うん、とってもかわいい!」
おしゃれアイテムだと疑いもしない菜津子は手放しで褒める。
不思議ときれいな髪に良く似合っている。まるで初めからそうあるように、ピコピコと小刻みに動いていた。
「そう、うれしい」
そう言ったくうこは初めて表情を見せた。
ニンマリと口端を上げて。
この日、菜津子に新しい友だちができたのだった。
■ ■
「それで私は衛藤さんにこう言ったんです」
「いやお千香……あんまりあいつにペラペラしゃべんな。こっちがどんだけ恥ずかしい思いしてると思ってんだ」
「あら、舜治の秘密はしゃべってませんよ」
「そこじゃねえよ」
最近は大学のみならず近所でも評判のバカップル。今日も仲睦まじくスーパーからの家路に向かう。
仲良くなった衛藤玉樹とのトーク中身を手振り交えてお千香が真剣に話してくれながら。たいてい舜治とのいちゃつき具合がお題のため、舜治のみが羞恥にまみれることになる。
当然のことながらお千香は露ほども照れない。逆に言いふらしたくて仕方ないといった風。
世間ズレしている愛する妖姫が馴染むためと耐えるしかないようだ。
程なく最寄りの児童公園に差し掛かかり、舜治は砂場に佇むひまわりの化身を認める。後ろ向きでも見紛うことはない。それは決してない。
「お? あれは! おーい、なっちゃーん!」
異変を察知したウサギのようにピクッと震わせたかと思うと、なっちゃんは顔を上げこちらを向く。
舜治とお千香とわかり、顔に花を咲かせる。二人が大好きなひまわりが咲き誇る。
「あー、お兄ちゃんだー」
一目散にこちらへダッシュ。舜治の足に絡みつく。なっちゃんの優先度はお千香より舜治なのだ。砂まみれだが咎められることがあるわけない。
これで今日も通報事案回避。
「んー、今日もかわいいなぁ」
ちょうどいい高さの頭を撫でくり回す。きゃいきゃいと喜ぶ声も耳にいい。
隣のお千香も目を細めている。手に買い物袋がなければ高い高いをしたいと思っていたり。
「なっちゃん、そろそろ帰らんとママが心配するぞー。あ、その前におやつ食べよっか」
甘やかすだけ甘やかすダメな大人ぶりを発揮。お千香も賛成するから同罪だ。お茶請けに買ってきた羊羹ロールだが、是非もない。夕飯に響きそうではある。
「やったー! あのね、くーちゃんも一緒なの。いい?」
「くーちゃん? 友だちかい?」
「うん。さっき仲良くなったー」
真っ先に園内を見やるお千香。無人の砂場が映る。何故かしら園内すら無人だ。些か寂しげに感じる。
「なっちゃん、誰もいませんよ?」
「えー? お砂のとこにいるよ」
なっちゃんも振り向き指差すものの。
「あれぇ? くーちゃんどこ……?」
慌てて砂場に戻るろうとやはり姿なく。スコップと熊手が転がっているだけ。
ついてきた舜治とお千香も見回したところでそれらしい影はなかった。
「いなくなっちゃった……白くてお耳がかわいいくーちゃん」
しょんぼりと肩を落とすなっちゃん。その目線にお千香がしゃがみ合わせる。
「私も会ってみたかったです、次、紹介してくださいね」
「晩ご飯に帰っちゃったんじゃないかい」
二人はなっちゃんの言うことを否定しない。
「ほら、手を洗っておやつ食べよう」
「うん!」
朗らかさが持ち味の童女は切り替えも速かった。
二人は大いに安堵するのだった。
なっちゃんが手を洗っている間、舜治は今一度園内を見渡す。今更になって感づいたたからだ。
明らかに何かがいた。ここに何かがいた残滓を感づいたのだ。
この男が早い段階で気づくことができなかった何かが。
――邪気はないのか? いや、決めつけはできんな……この子に害があってたまるか!
巫覡は予防線を張る必要を誓った。強く誓った。




