心霊写真
夏と言えば……
平日の日中は人も疎らなショッピングモールも夕方には賑やかになってくる。放課後に戯れる学生がその主力だった。今日は制服姿の女子学生が多いように見て取れる。
うら若きさえずりが聞こえる中、ランジェリー専門店からやや離れ、それでいて絶えず全容の見える位置に若い男の姿があった。冴えない顔立ちをより冴えなくさせている我らが東浦舜治である。
堂々としていればいいものを、視線をあっちにやったりこっちにやったりするものだから逆に不審に思われる。通りすがりの高校生に指を差されるのも致し方なし。
こんなことなら一緒に店内へ入ってしまえば良かったのだ。より居心地の悪い思いもするだろうが、彼女の買い物に付き合ってますの体は保たれたはずである。
そこへやっと救いの女神が現れる。
「お待たせしましたぁ」
相も変わらず黒い出で立ちのお千香が駆け寄ってくる。髪やスカートを揺らし満面の笑みだ。包みを抱えていないほうの腕を絡めてくる。
「寂しかったですか? 寂しかったですよね?」
下から覗き込んでくるお千香に対し、こっ恥ずかしくて目を合わせられない。
「べ、別に。それより気に入ったやつ買えたのか?」
「はい! 本当は一緒に選んで欲しかったんですけど……代わりに今晩、楽しみにしてくださいね」
「声でかいっての」
「んふふー」
人目を憚らないバカップルは今日も絶好調で何より。まだ近くにいた先ほど指を差していたはずの女子高生が黄色い声を上げていようがお構い無しだ。もっとも舜治はもう少し大人しめでいいと思っているのだが。
目当ての買い物を終えモール内を一通り流すと、一際電子音が高い一角に差し掛かる。ゲームコーナーだ。音の鳴る割に客数が少ないような気がする。
「舜治、あれは何ですか?」
お千香の白くしなやかな指先が示す先にはカラフルなカーテンの下がった大ぶりな箱があった。箱の外装も同様にポップ感溢れている。
「ああ、プリクラだな。写真撮って、その場でシールになるやつだよ。枠付けたり落書きなんかもできるらしい」
らしい、というのは聞いたことがあるだけで、撮ったことがないから。そして――
「やってみたいです!」
そうくるに決まっている。
お千香が伸びるほど袖を引っ張っていく。舜治に拒否権があろうはずもなかった。
いざカーテンを潜ろうとすると、筐体の陰に店員だろう若い男がしゃがんでいた。
「あーすみません、ひょっとして整備中ですか?」
舜治の声掛けにお千香の目が丸くなる。まさかここに来て初プリクラがダメになるのか、と。
「ああ、いえ、今終わりますから。最近、ちょっと調子悪くて、チェックしていたんですよ」
何やら端末を手に、店員が立ち上がる。
コードが繋がったチェック用端末で機器の状態がわかるようになっている。スタンプ類のアップデートもこれひとつで行えるものだ。
「調子悪いとは?」
「ああ、それがですね……」
店員の歯切れは悪い。万全のマシンを提供できないからだろうか。
「……実は、時折写りが悪くなるんですよ。もっと言うと、人の顔が歪んで写ってしまうんです。全部じゃないんですけど……こう、ぐにゃあっと、顔が伸びたりしてしまうんです」
店員はご丁寧にムンクの叫びを真似る。
「何度調べても異状はないんですけどねぇ……もし、キレイに写らなかったら言ってください。返金しますので」
そう言われたら利用する気も失せてくるのだが、天然無邪気な妖姫は然にあらず。
「舜治、早く! 早くやってみましょう」
「あ、ああ」
ブース内に押入れられ、操作パネルに向かう。お金を入れても操作の勝手は今ひとつだったりする。何せ初めてだから。
シャッターは三度。普通に並んだのと、頬を寄せたのと、キスの恰好をしたのと。撮り終わった際、そのまま唇を合わせたのは自然の流れ。
画面にタッチペンでいろいろ書き込む。これは全てお千香に任せた。
印刷されたシール台が音を立てて落ちてくる。
勢い勇んで手にしたそれは――舜治にとって羞恥の極みだった。いや、なんの歪みもなくキレイに撮れている。だからこそ恥ずかしい。これは人には見せられない。
お千香はよほど気に入ったのか、舜治の肩をバシバシと叩く。なかなかの痛さだ。それでも喜んでいるようだから良しとしよう。
ブースを出たお千香は気にかけているであろう店員に親指を立てて見せ、出来上がったシールを大事そうに胸に掻き抱いた。
胸の柔らかさによりシール台に折り目がつきそうだなと思う舜治であったが、あえて口にはしなかった。
どこぞの貴婦人然とした麗人のそんな姿に店員は一目惚れをするのだが、それはまた別なお話。
■ ■
「C組の子、やっぱり顔を怪我したみたい」
「あそこのプリクラ?」
「そうそう。うちの高校だけで三人目らしいよ」
「やばいかなぁ、私も先週あそこで撮ったんだよね」
「ちゃんと写ってた? なら、大丈夫だって。やばいのは歪んで写るやつ」
「そうだといいんだけど……」
「白いモヤみたいなの写ってたやつもあったんだって」
授業も終わり、お気楽な時間に花を咲かせる話題は巷の噂。当事者でもなければ女子高生らしく盛り上がる。
噂の中身は大型複合商業施設のゲームコーナーにある写真プリント機、そこで時折人の顔が歪んで写ることがあるという。それだけならば機械の不調で済んだ話。それには続きがあって、歪んで写ってしまった人間にはもれなく不幸が訪れるというもの。人の生き死にがどうこうというほど悲惨なことまでいってはいない。それでも恐らく全員ではないのだろうが、数件事例があっただけでものの見事に拡散してしまった。
結果それは呪いのプリクラと呼ばれ、ゲームコーナーから客足を遠ざけることになっていると。
「マジ? しばらくあそこに近寄らない方がいいかも……」
「心霊写真みたい……?」
■ ■
「というのが若い子たちの間で流行ってるのよ。どう? 怪しいと思わない? 霊能者として血が騒ぐでしょ」
「騒ぐか!」
メガネの下をニヤけさせる衛藤玉樹を舜治は一刀両断した。
本日の講義も終わり、帰りにスーパーでも寄ろうかと話していたところ、お千香が玉樹に捕まってしまったのだ。たまには自分抜きでもいいかと宣った舜治だったが、お千香が裾を掴んで離すわけもなく。
いつものカフェで午後のお茶と相成った。
「何でもかんでも心霊現象にくっつけるなって」
「えーでもー。藤堂さんはどう思う?」
舜治の正体の一部を知る玉樹は食い下がる。単に噂話で有名なバカップルと盛り上がりたいだけなのだが。
振られたお千香は――
「それって、この間、行ったとこですよね?」
「……まあ、そうだろうな」
「なんだ、もう聞きつけて、行ってみたんだ。さっすが超一流の霊能者。それで、どうだった? やっぱり怪奇現象あり?」
玉樹は身を乗り出してくる。あまり近づくと横にいる麗人の目が鋭くなるので要注意だ。そこさえ間違えなければお千香とのおしゃべりは楽しめる。
「あんまり霊能者、霊能者言うな。誰かこっち見てんぞ」
それは多分にお千香目当ての視線である。
「キレイに撮れましたよ」
お千香がポーチをテーブルに出す。最近舜治に買ってもらったものだ。ほぼ手ぶらで出歩くお千香に、お金やその他を持たせるために購入した。いつもの黒装束に会わせ見繕っている。舜治チョイスなためやや微妙なデザインなのだが、持ち主は大層お気に入り。
そのポーチからシール台を取り出す。
「お? 二人で撮ったの? 見せて見せて」
会話と興味の軸は移っていく。
「初めてやってみました。とてもいいものですね」
「ちょ、待て! 人に見せんな!」
あれを見られるのはマズい。されど舜治の抵抗は虚しく過ぎる。憐れシールは玉樹の手に。
「いやー、ちょっと、うわ、これは恥ずい! やるわね東浦くん」
玉樹の黄色い声に舜治は目を覆う。あれを見られた。
「もう一度やってみたいのに、舜治がうんと言ってくれません」
「へー、ほーぅ。意地悪だね〜。それもそうだけど、シール、何かに貼らないの?」
一枚も剥がされた後がない。
「それも舜治が嫌がって……」
「あらあら」
女二人ニマニマ顔で舜治を見やる。見られたほうは縮こまるばかりだ。
「そ、それより、そのプリクラの機械、どうなんだろうな……こないだ行った時は、特に怪しいところはなかったんだが」
「あら、そうなの?」
露骨に話を戻した舜治に玉樹はわかって合わせてくれる。煽ってきたきた本人だということを忘れ、舜治は感謝しそうになった。
「顔だけ歪むってのは、何だろうな」
巫覡は機械の不具合としか考えていない。ついでに言うなら心霊写真全般についても同様だった。動画投稿サイトに上がっている動く画を見てさえ、よくできてるなぁと感心した程度。
事実、件のプリクラ機を目の当たりにして思うところが何もなかったわけで。
「これから行ってみて、もう一度確かめるというのはどうですか?」
「いいわね、私も行きたい」
「お千香、お前はプリクラ撮りたいだけだろ」
基本的にこちらに実害がなければ心霊現象には無関心の妖姫である。そんな提案は丸わかりだった。
即却下に肌艶のいい頬を膨らませる。
一見クールビューティーのそんなギャップに玉樹はその膨らみを突きたくなる衝動に駆られた。実際、舜治は楽しげに突いている。ちょっと羨ましく思う。
「今度な、今度」
■ ■
明けて翌日、舜治は教室の片隅でどんよりとした暗いオーラを放つ玉樹を見た。
慌てて踵を返す。後背についてきていたお千香の胸に顔を突っ込む羽目になるが、突っ込まれた方は嬉しげに抱きしめようとする安定ぶり。
あっちこっちから殺気の篭った歯ぎしりが聞こえてくる。
そんな風に室内の空気が一変したため、玉樹がバカップルに気づく。席を立ち、駆け寄ってくる。
「やっと来た! 待ってたよ、東浦くん」
「今日は学校に来るんじゃなかったと思い始めてるよ……」
面倒事がやってくるのはいつものこと。
一度誰ぞにお祓いして貰いたいと、切に願う舜治であった。されど現状、稀代の巫覡をお祓いできる者はいない。
「これ、見て」
玉樹が差し出す一枚のシールプリント。幾つかに升割されたものだ。
「あー……昨日行ったのか。妹も。仲いいのな」
「これって」
お千香も覗き込む。
シャッターは三度。つまり三種類のシールが写っている。その内のひとつに異変があった。
「これはちょっと痛いな」
「そうですね、こういう加工は衛藤さんにはあまり似合わないかと……でも、予めわかって良かったです。私たちの時は、これはなしにしましょう」
「そうだな」
それはお目々が少女マンガチックに加工されたものだった。メガネの似合う愛嬌豊かな玉樹の顔が愉快なことになっている。
「そこじゃなくて!」
二人のマイペースぶりに玉樹の語気が荒くなるのは誰にも責められない。
「この一枚だけオカシイんだってば!」
三種類はもちろん複数枚同じものがプリントされている。その中で目を加工したものの内、一枚だけに異状がある。
その一枚だけ、妹瑞樹の顔が歪み、伸ばされている。そう、一枚だけ。
「ほう……見事な印刷ミスだな」
「これ、絶対なんかの呪いよね! お願い、東浦くん。瑞樹を助けて!」
「自分から好き好んで頭突っ込んどいて、勝手なもんだ」
「わかってる。それは、わかってるの。そこをなんとか!」
妹ラブの姉は必死だ。大きな不幸ではないかもしれないが、なんとかしたい。それだけ異質な写真と噂だった。
「昼休み、小公園に連れてこれるか?」
「いいの? ありがとう。ほんとにありがとう」
泣き出さんばかりの玉樹の顔が花開く。
「あんまりアテにされるのもな」
ささやかに釘を刺す。この男に解決できない霊障はない。さりとて積極的に関わりたくないという矛盾。
「最初から見放すつもりはありませんでしたね?」
「言うな。ありがたみ薄れるだろ」
袖を引くお千香に仏頂面で返した。
そして玉樹待望の昼休みがくる。事前に妹へは連絡済みだ。
「昼休みまでになんかあったら、流石に笑えなかったな」
勝ち気なイメージしかなかった女子高生の沈痛な面持ちに、舜治の口から思わず出た。顔を会わせれば突っかかってくる瑞樹にちょっとした意趣返しのつもり。
「……悪かったわね」
「こら、瑞樹」
「……千香子お姉様、よろしくお願いします」
勢いこそ欠けるがこの辺は従来通り。言われたお千香は舜治を盾にする。
やおら矢面にやられた舜治は苦笑いながら手を伸ばす。そして瑞樹の肩口辺りの虚空を摘んだ。飛び回る羽虫でも掴むような感じで。
「えっ?」
「何?」
あまりにも自然に、それでいて唐突な仕業に衛藤姉妹はやや間抜けな声を上げる。
「雑多な憑物ですね」
「ああ」
「あの速さで、よく掴まえられたものです」
「お前な……」
不意に始まる夫婦漫才。姉妹の頭上を更なるクエスチョンマークが飛び交う。
「東浦くん?」
「ん? ああ、低級霊みたいなのがな、妹に憑いてた。これがそう」
何かを摘んでいるような手を突き出されても、姉妹には何も見えない。
舜治の摘むそれはミミズのような体に手足が生えている。大きさも大振りのミミズくらい。目や口はなさそうだった。
常人の目に映るようにすることはできるが、そこまですることもないだろう。
「天地の清浄これに……」
ミミズの魔物のような邪霊は煙となって消える。その間際、きゅーきゅーと鳴くのが聞こえたが、舜治とお千香は気にしない。
しかしこの断末魔と立ち消える煙が姉妹の耳目に触れる。
「い、今のは?」
「お姉ちゃんも聞こえた?」
「う、うん。凄いね……」
あからさまに狼狽える姉妹。実績こそ知るものの、悪霊祓いを目の当たりにするのは初めてだ。今更にトリックではないと戦慄する。
「私の舜治は凄いです。こんなことは序の口の遥か手前ですから!」
我が事のように誇るお千香。いや、お千香にとっては我が事だった。胸部の自己主張が際立つ。
「これで気が晴れただろう?」
「うん、ありがとう。ほら、瑞樹!」
「あ、ありがとうございます」
「あのプリクラも寄越せ。持っていたくないだろう?」
「良かった。自分じゃ捨てるに捨てらんないもん」
丁寧に剥がされたシールが舜治の手のひらに貼り付けられる。それを隠すように渡された飛縁魔がやはり隠すように灰へと変える。
「やっぱりあそこのプリクラ、呪われてたの?」
玉樹の懸念は残る。されど、舜治はあっさりと否定する。
「いや、それは違う」
「じゃあ一体?」
勿体つけて人差し指を立てる。
「好奇心、猫を殺すってやつだ」
「どういうこと?」
「素人が効果もないコックリさんをやったり、心霊スポットなんかに興味本位で遊びに行ったりして錯乱状態になるなんて話、聞いたこと無いか?」
藪は突かない方がいいのだ。
それに人間は思い込んだ結果を誘発する力があるように思う。幽霊がいると思って見れば、居もしない幽霊が見えてしまうように。
「あるけど……」
「それとおんなじ。いらん好奇心はいらんモノを呼び寄せることがある。衛藤、ひとつ賢くなったな」
「偉そうに」
瑞樹は怒らせてはいけないお姉様に聞こえないよう毒づく。
「貸しひとつな」
「う……お手柔らかに」
予想するにカフェ一回分奢り。お千香と二人分。
「も一回行っといた方がいいのか……気は進まんけど」
「じゃあじゃあ、また、あのぷり、プリクラ撮ってもいいですか?」
ねだるように腕が引かれる。衛藤姉妹と別れ公園をぶらついている最中。
「ん、ああ、まあ、いいけど……あんまり恥ずかしいのは、ちょっとな」
「あら、私は何も恥ずかしくないですよ」
「そうだろうよ」
「でも、あのおかしな写真は何だったんですか?」
「機械の不調だよ。そんなこともあるさ」
たまたま最初に誰かが不運に見舞われた。それが噂として独り歩きしたに過ぎない。それが巫覡の見解。ならばそれが正解だ。
「野良の邪霊はどこで引っ掛けるかわからんし。電子機器の出す電磁波?が霊に干渉するって線は、どうだろうな」
割りとよく聞く話ではある。その辺り、舜治は確証しきれないでいた。関心が薄いとも言う。
間もなく昼休みも終わる。お昼を食べ損なっていることに気づいた。もう遅い。
ホラー要素は絶無!
次回は「タクシー」




