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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
踊る女神編
65/101

08 あとがたり〜そして殴られるあいつ

「教主様! 教主様!」


――そんなに怒鳴らんくても聞こえてんだよ。どうした、もう終わったのか?


 メガヨットの後部デッキで黒服の男が慌てふためき電話に齧りついていた。女神お付きの一人である。またお目付け役でもあった。


「失敗です! 計略の全てが破られました!」


――ああん? どういうこった。美杏はどうした?


「船に正体不明の霊媒師が乗っていました。死者の反魂は全て成仏させられ、女神様もあっという間に……」


――良くわかんねぇなぁ。そんなに強い霊媒師が偶々居合わせるなんて話あるかぁ? そんな都合があるわけねぇだろ。それに邪鬼もいたろうが?


「瞬殺されました。まるで歯が立たないまま……」


――おいおい、そんな馬鹿な話があるかよ? 俺の計画が台無しじゃねぇか」


 電話向こうの教主と呼ばれた男の口調は軽い。不機嫌さも感じない。それが黒服には恐ろしかった。

 いつもこうだったから。誰かが何かを失敗しても怒鳴ることはない。それでいて下される判断や手段は非情極まりないのだ。


――お前、やることわかってるよなぁ。


「……は、はい」


 黒服の顔から尋常じゃない汗が流れ落ち、目も泳ぎまくりだ。


――わかってりゃいい。


 電話は切れた。

 黒服は自分の携帯電話を取り落としても拾おうともしなかった。いや、できなかった。顔色を失い、ガクガクと震えている。


「あ〜、やっぱりいたいた。教団の人間だな」


 そんな呆然自失の黒服に話しかける男が現れる。痩せ柄で背の高い――物部の霊媒、長田だった。


「だ、誰だ?」


「こうやって見届け人みたいなのいるんだから、ちゃんと確認しないとさ。若さんもまだまだ甘いよね。ま、この辺は経験が物を言うか〜」


 長田は細い目を柔和にしながら近づいていく。

 しかし幾分持ち直した黒服にはわかる。この男は敵だ、と。すぐさま懐に手を入れる。


「あ、抵抗する?」


「づあっ!」


 黒服の左右両方の太ももに鉄針が刺さっていた。長田が投げたとは思えないほどモーションが全くわからない。

 それでも物心ともに追い詰められている黒服は懐から取り出す。それは緑の液体が覗える試験官だった。

 蓋を開け、一息で呷る。


「ぐうぅぅ、があぁぁーー!」


 獣のような雄叫びが響いた。


「こいつは……」


 長田も思わず後退る。

 それもそうなろう、黒服の姿が変容していくのだ。服を引き裂くほど筋肉が膨張し、長田より上背も大きくなっていた。顔つきも牙を剥き出す凶悪なものに。

 これが教主の唆した外法であった。

 肌も赤黒いのを見るに、サイズは落ちるものの舜治が討滅した邪鬼と同類なのか。その腕にある厳つい爪を振り翳す。


「なんか俺だけ貧乏くじばっかり引かされてるよ」


 しかしその爪は空を切る。長田の姿は邪鬼の後ろにあった。これまたいつ放ったのやら、邪鬼の胸に鉄針が三本生えている。

 これで刺さっている数は五。長田の秘術が発動する。


現出(あれいで)ませる五柱(いつはしら)の国津神!」


「ぐぎぇぇーーっ!」


 邪鬼は断末魔を上げ、その体を蒸発させていき夜風に流していった。


「薬で化ける……か。報告案件だわ。さぁて、厄介なのはこっからよ。絶対、若さんに怒られるって……残業代欲しいねぇ」


 船内へと踵を返す長田。本宗家の執事が評価する実力は意外なことに確かなものだった。


■ ■


「あ~これ、どうすんだろ」


 ラウンジの惨憺たる有り様を目に、イスに腰掛けながら舜治は誰に言うでもなく口にした。照明はなくとも、何となく周りはわかるくらい。


「お料理、最後まで食べたかったです」


 お千香は恨めしそうに散らばる食器を見て、その横にイスを並べる。


「どんだけだよ。でも、何か飲み物がほしいな……」


「探してきます。少し待っててくださいね」


 お千香が配膳元と思われる方へ歩いていった。今は一先ず舜治の回復を待つ。窓際勢が静かなことがありがたい。

 そこへ神経を逆撫でする人物が現れる。


「うわー、こりゃ酷い。屋根もなくなってるし」


 棒読みで取ってつけた感満載の台詞とともにやってきた。


「何でキサマがここにいる、長田ぁ!」


「会って早々ご挨拶だねぇ」


 飄々と煙に巻くのがこの男のスタイル。


「ヒガシ君、実はね――っと! 相変わらず物騒な別嬪さんだこと」


 不吉な予感に駆られ、取って返してきたお千香は問答無用で飛び後ろ回し蹴りを繰り出してきた。

 それを振り返りもせず避けるとは。


「お前は長田っ!」


 そう、お千香は誰か確かめもせずに蹴りをかまそうとしたのだ。決して翻らないスカートは健在にして。


「説明ぐらい聞いてくれてもいいと思うんだけど……」


「ビンのコーラがありました。これでもいいですか?」


 そう言えば飲み物を探しに行っていたお千香。長田を遮り、無造作に素手で栓を抜いたコーラビンを渡してきた。百九十ミリリットルがちょうどいい。


「ありがと……ップ。たまに飲むと美味いな」


「懐かしいですね、ビンのコーラ」


「聞いてくれよ……」


 やはりこの二人はやりづらい。


「寿命が数分伸びるだけでいいなら早くしゃべれ」


「っぐ……この騒動、怪しげな宗教団体が引き起こしたものでね……」


「ん? 主犯なら、そこに転がってるドレスを着た男だぞ。まだ生きてるはずだ」


 指差す先には美杏が意識なく佇んでいる。


「ああ、教団で女神様って呼ばれてるやつだね。精霊魔術の使い手らしいけど、やっぱりヒガシ君の相手にはならんわな。ってか男だったのかよ。ちょっとショックだわ」


「知ったことか。チャキチャキしゃべらんと、俺の女神をけしかけるぞ」


「いやいや勘弁してください」


 俺の女神と言われたことが嬉しいのか、長田をぶっ飛ばせと言われることが嬉しいのか、お千香の目が妖しく光る。

 どちらにしろ長田も穏やかではいられない。


「それでまあ、この教団が胡散臭いだけじゃなく、宗派を問わずに秘儀や禁呪を収集している。実行できる霊能力の高い者も合わせてね。たちが悪いことに、その思想はまんまテロリズムっていうから、笑えない」


 やれやれと肩を竦める長田だが、この男がやると苛立ちが募る。


「それで――」


「ストップ! 騒ぎの背景はわかった。全然足りんが、まあわかった。ただ……問題はそこじゃあない」


 長田も勘はいい。舜治に気づいて欲しくないことに気づかれてしまったと悟る。長田自身がこの場で姿を見せた時点でダメだったと思わなければならなかっただろうに。


「な、何かな〜」


 仕組んだのは自分のせいじゃないのに、いつも損な役回り。


「お前は! 今日! ここで! 騒ぎが! あると! 知っていた!」


「そう……かも」


 当然歯切れが悪い。


「嵌めやがったな」


「どこをとって嵌めたなんて? 酷いなぁ。だいたい、若さんたちは懸賞に当たったから、このメガヨットに乗ってんでしょ」


「何でお前が懸賞のこと知ってんだよ」


「やべ……」


 自爆。


「舜治、どういうことですか?」


 今ひとつこの流れを理解してないお千香。懸賞という単語が出てきたから口を挟まずにはいられない。


「何をどうやったか知らんけど、俺たちがこの船に乗るよう仕組んだんだよ。こいつは鬼や死人返りのことを知って、俺たちに退治させようとしたんだよ」


「え? それじゃあ、懸賞に当たったのって……」


 お千香から地鳴りが聞こえてくるような気配が。

 もちろん舜治も長田個人ではなく物部上層部の書いた絵図面だとわかっている――が。


「ああ、こいつの差し金だ」


「なんですって!」


 当たったことにあれだけ喜んでいたお千香だ。これはもう避けられない。


「いや! 違うから! それは俺のせいじゃないって! 待って! ちょっと、止めてよ、若さん!」


 思いっきり顔を引き攣らせて全力否定する長田に、舜治の非情なる一言が下る。


「手加減はいらんぞ」


 瞬きもこらえていたはずの長田は一瞬で見失う。麗しき虐殺の女神を。

 その結果――蛙の潰れるような悲鳴とともに、体をくの字にして吹き飛んでいった。


 半歩崩拳――縦正拳中段突きの姿勢が見惚れるほど美しい。


 傍観していた窓際勢は伏して物言わず。


■ ■


 エンジンの止まった白銀の天馬号を後に、二人は夜の遊覧飛行と洒落込んでいた。飛縁魔が後ろから抱きしめる恰好で。


「なあお千香、この体勢は何とかならんの?」


「あら、お姫様抱っこのほうが良かったですか?」


「いや……それは男として無理」


 お千香は満足げにニンマリとしている。


「岸壁までもう少しですから」


「ああ……今日は残念だったな」


「ええ……でも途中まででも楽しかったです」


「そうだな……まだまだ楽しめることはいっぱいあるさ」


 不遇の半生を送ってきた飛縁魔をたくさん喜ばせてあげたいと思う。

 一緒にいるだけで嬉しいと言うだろうが、それだけで済ませたくはない。


「はいっ」


 空から見下ろすイルミネーションを二人占めできたことが今日一番の収穫だった。

これにて踊る女神編終わりとなります。

途中間が空いたにも関わらず、お付き合いいただきましてありがとうございました。

次は緩い一話完結話を予定しています。

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