02 白い教団
麓に白を基調とした建物が幾つか固まり、里山の風景にそぐわない様相を呈していた。エーゲ海に見る白い街並みとはまるで違うものだった。やはり青い海にこそ映えるようだ。
時折その殺風景な建物群を行ったり来たりする者らがいた。服装はまちまちなのだが、皆一様に白い鉢巻をしている。
とても何世代も前からいる住民には見えない。それどころか、地元住民は遠巻きから警戒している素振りすらある。
外に劣らず内部も白く塗り固められ、無機質な通路が続く。
その通路を歩くのはキトン風の装いの女だった。鉢巻はせずに肩口で髪を揃えられてはいるのだが、揺れている様子がない。
突き当たると女は目の高さほどに手を掲げた。その動きに合わせ自動ドアが開く。継ぎ目も目立たず、初見で出入り口と見抜けないようなつくりだった。
女は躊躇なく足を進める。
「どうされました、我が教団の女神よ。呼びつけていただければ、こちらから参内いたしましたものを」
室内にいたであろう者から声がかる。年齢を想像させない落ち着いた声音だった。
「何をおっしゃいます、教主様。如何ように呼ばれようとも、我々はあなた様の下僕でございます」
「くくっ、やめやめ。ここには誰もおらんよ。素に戻れ」
砕けた表情の教主と呼ばれた男が女神に席を勧める。自身はローソファに沈め、まるっきりのリラックスモードだ。
部屋の中を見回しても、そのソファ以外には何もない白い空間だった。ソファすらも白い。何度訪れたところで違和感ばかり募る。
「壁に耳有りです。お気をつけください」
女神は腰を下ろすものの背筋を正したままでいた。
「それで、何か用か?」
「はい……決行の日取りが決まったと知らされました。準備も滞りないと」
「そうだな。それがどうした?」
「……お止めいただくわけにはまいりませんでしょうか」
「聞けんなぁ」
驚くでもなく、咎めるでもなく教主は答える。
その逡巡なき答えに女神はさしたる落胆も見せなかった。この男はやると口に出したことは必ず実行する。そうして設立から今まで教団を率いてきたのだから。
わかってはいた答え。ただ確認したかっただけなのか、一縷でも望みをかけたかったのか。
「それだけか? だったら戻れ。精一杯、信徒たちに愛想を振りまいておけよ」
カラカラと笑い追い払う仕草の教祖に一礼し、女神は部屋を辞す。
数歩動いたところで唇を噛みしめていたことに気づいた。無意識に噛んでいたのだが、教主に見られていたのか不安が過ぎる。
「んー、目付け役がいるかな」
女の心情や表情の変化など歯牙にもかけない男は天井を仰ぎながら独りごちる。その年齢の掴めない教主の顔は精悍にして口元だけを歪ませるのだった。
■ ■
漁船や貨物船が寄る埠頭から少し離れたところ、民間プレジャーボート用の更に大型船向けの埠頭にて積み荷のチェックに勤しむ船員がいた。
「すんません、こちらも積み込むように言われたんすよ」
「なんだ? リストにないようだが」
作業着の男が二人、それぞれにビール箱ほどの梱包荷を抱えて船に近づいてきた。小柄な方が人当たりよく話しかける。
積み込み作業を差配していた船員がバインダーを睨む。そろそろ老眼鏡の購入を検討すべきかもしれない。
「中身はよくわかんないすね。週末のナイトクルージング用だって聞かされてんすが」
「まだ日にちあるだろうが……お前らに言ってもあれか。わかった、そこのパレットに載せていいぞ」
「すんません、割れ物らしく、確実にその部屋へ置かなきゃならんらしいっす」
「ちっ、こっちに話通しとけっての。船の中はわかるのか? よし、行け行け」
小柄な作業着が何度も頭を下げながらタラップを上がっていった。もう一人が――こちらは愛想なくついていくだけ。
「俺も仕事じゃなく、遊びで乗ってみたいもんだね」
船員が見上げる船は全長七十メートル超の大型クルーザー――いわゆるメガヨットと呼ばれるものだ。宇宙戦艦も斯くやという流麗なデザインとシルバーの船体が目を引く。
ヘリポートも備えた長距離航行対応の船舶が沿海の観光にしか使われていないというから、船員の愚痴も致し方なしか。
「こんな簡単に信じるのもどうかと思うね」
「迂闊にしゃべるな……どこで聞かれているかわからんぞ」
メガヨットの船内へあっさりと侵入したことで小柄な男から悪態が出る。
窘めたのは愛想のない方だった。肩をすくめる相棒から厳しい視線を緩めることをしない。
やがて二人は船底にある貨室にたどり着く。非常灯のオレンジ色がかろうじて視界を保っていた。
「ここでいいだろう」
「そうかい? 動力室あたりがいいと思うけどねぇ」
そう言いながら小柄男は荷物を下ろす。割れ物ではなかったのか、雑な動作になっていた。
少し離れて無愛想男が、こちらはかなりの慎重な動きを見せる。物音ひとつ立たない。蓋を開け中身の無事を確かめる。
箱の中身は白い壺だった。箱いっぱいいっぱいの大きさであり、和紙と蝋で封がしてある。朱で何やら書かれているが読み取れそうにない。しかし無愛想男にとって大事なのは封が生きてるか否か。安堵して蓋を戻す。
「不具合は無し? んじゃ、帰りましょっか」
「そっちも確認しておけ」
「いらんでしょ。こっちはダミーだし」
「いいから!」
渋々蓋を開ける。そこには空と思しき白い壺が。
「ほらね……」
何もないぞと無愛想男に手を振ろうとした矢先にそれは起こった。
「ひぐっ!」
小柄男が首を掴まれていた。人間ではあり得ない大きな手だ。しかも赤黒い皮膚をしていて、長く太い毛がまばらに生えている。
その手、いや腕は壺から伸びていた。体積からいって物理的に収納されていたはずがない。物の怪の類いか。
腕は休むことなく壺へと還る。小柄男もろともに。
全て壺に収まると聞こえてくるのは何かを咀嚼する音。
ここで無愛想男が動く。速やかに駆け寄り、どこから出したのか御札らしきものを壺の口に貼った。
壺は二、三度振動し、何事もなかったかのようにそこに佇む。
「お前さんがダミーだったというわけさ」
無愛想男が船を降りると船員がチェック作業を終えるところだった。
「お邪魔しまして。おかげ様で片付きましたから」
「戻ったか。ん? ちっこい方はどうした?」
「小便と言って、向こうに走っていきまして」
「そうか、お疲れさん。次は早めに手続きを通してくれよ」
「はい。ありがとうございます」
外からはメガヨットになんの異常も認められないまま、やがて週末のクルーズを迎える。
■ ■
プレジャーボートハーバーに海浜公園と商業施設を抱き合わせたデートスポットの土曜昼下がり。地方都市が懸命にPRしたことよりファミリー層を中心に中々の賑わいを見せていた。
そこには待ち合わせに好評な錨のオブジェがあり、ジャケット姿の若い男が所在なさげに立ち淀んでいた。今ひとつ収まりの芳しくないジャケットに背中が痒くなる思い。
そこへ近づく人影がひとつ。身にまとう装いは影よりも黒い。袖のないフレアスカートのワンピースはヒラヒラが控えめ。白磁より白い両腕が眩しい。
つば広の帽子から長い髪を揺らして玉骨を朗らかに崩す。
「ごめんなさい、お待たせしてしまいました」
「大丈夫、今来たところだよ」




