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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
悪意の矛先編
57/101

07 人を呪う心

――舜くん、気をつけて! そっち行ったよ! 私は女の子を見てるから!


 ここにはいない佐和子の声が脳内に届く。

 こっちに誰が来るのか、若しくは何が来るというのか。今のところ舜治が霊的な気配を感じ取っている様子はなく、お千香も同様だ。

 廊下先の階段口を凝視して待つと、音もなく姿を見せたのは少女の母親だった。俯き加減なため表情が認められない。


「お母さん?」


 今もってピンときていないお千香が訝しみながら声がける。


「黒幕のご登場か……」


「え? まさか!」


「ほんと、まさかだよ……」


 舜治の顔が苦く歪む。当たって欲しくない推測が当たってしまったために。

 お千香の視線が行ったり来たりを繰り返す。信じられないことを口にした男と、その当事者たる女を。


「でも、でもお母さんですよ! お母さんが自分の子供にあんなことをするなんて!」


 舜治がお千香に語る以上それは間違いなく真実だ。頭ではそうだとわかる。しかし考えたくなかった。母親が幼い娘に呪詛をかけたなどとは。

 情の深い妖魔は否定の言葉が欲しくて母親を()めつける。


「あんなことになるなんて聞いてなかったの!」


 しかし当人からは肯定する意の言葉が。

 舜治はその言葉にひっかかりを覚える。


「少しだけ、少しだけ体調が悪くなるだけだって言ってたのに!」


 母親は金切り声を上げまくる。そう、私は悪くないのよ、と。

 目から血の涙を流しているところを見るに罪悪感はあったのだろう。やつれている様は苦悩していた証とも言える。しかし許されることではない。


――誰かに唆されたのか?


 そもそもこの母親が悪鬼悪霊を取り憑かせるほどの呪詛を扱えるだろうか。

 答えは即座に否となる。佐和子の姿や声を捉えられていないことで霊感のなさを証明しているのだ。


「こんなことになるなら……あの男からお(まじな)いを買うんじゃなかった……」


(のろ)いの種を誰かから買ったのか? なんて馬鹿なことを……」


 イカサマ祈祷師やなんちゃって拝み屋が小銭稼ぎに呪いの種を売ることはままあると聞く。大抵は効果のないものばかりで詐欺と呼んで差し支えのないものらしい。

 ただし稀に化けるものがあるとか。

 それがたまたま此度であり、少女にはとんでもない悪霊が憑いてしまったのだった。


 妖姫が歩みだす。荒々しく床板を踏み鳴らしながら。

 楚々とした振舞いこそ甘える際のギャップ萌えと自負するお千香が怒りを隠さない。

 舜治の目に映る焔の竜巻は果たして錯覚だったのか。今となってはお千香の表情が見えないことも良かったのかもしれない。あの玉骨が般若のように逆巻いている様を見られたくはないだろう。


 頬を張る音が鳴る。

 張られた母親が頬を抑えて膝をついていた。吹き飛びもしていなければ、気絶もしていない。お千香は努めて冷静に手加減していたようだ。


「あなたは何をしたのかわかってません!」


「だって……お呪いを買ったのに……呪いだったなんて……」


「だから、わかってないって言ってるんです! 自分の娘を呪いたいという心があった! その心が自分自身の中にあったってことを、あなたは思い知るべきです!」


 振り上げた拳を叩きつけたい衝動を堪え、蹴り飛ばしたい衝動を堪えたお千香は舜治の傍らに戻る。腕に絡みつき掻き抱く。


「はしたないと笑わないでください」


「まさか。お千香が言わなきゃ、俺が言ってたさ」


 やがて火がついたように母親が泣き出した。



「わたしはこの田舎町が嫌いだったんです……」


 泣きはらし落ち着いた母親はこちらから聞くでなし語りだしたところ――


「絆されてあの人と一緒になったのはいいんです。ただ実家がこんな田舎だったなんて――」


「それもこんな冴えない温泉町なんて――」


「娘がほんの少し体調崩すだけのはずだったのに。それをこの土地のせいにできれば――」


「娘だってこんなところじゃなくて、もっと――」


 再び響いた張り手音の後には人の身が崩れ落ちる音が続いた。



――一件落着?


「そうでもない……」


 大泣きの声を聞きつけた佐和子が飛んできた。幽霊だけに文字通り飛んできた。

 まだ目を覚まさない少女はいつの間にか現れた父親が見ているとのこと。


「アレですね」


「そうだ」


 お千香の向く先には大きな姿見の鏡が鎮座する。

 巫覡と妖姫、そして幽霊を映しているまっとうではない鏡が。


――それで、どうするの?


「佐和子さん、あなた、鏡の中に入れるそうですね。一度中に入って調べてきてください」


――え、いやよ。おっかないもん。戻ってこれなくなったらどうすんのよ!


「それならそれで、なんら問題ありませんが」


――んまー、何よこの縁魔! あんたが入りなさいよ!


「生憎と私は入れませんので」


 お互いに触れることができないため、取っ組み合いには発展しない。例え発展したとしてもお千香圧勝の光景しか浮かばないのだが。


「二人ともやめないと術を使うぞ」


 二人の脳裏に今はなき女子寮での一件が思い出され、途端におとなしくなる。


「ったく……」


 さて鏡であるが、現時点で判明していることもあった。

 先ずはどこか得体の知れない異界へと通じていること。また、入れる者と弾かれる者がいるようである。

 そして現状では物理的に破壊できないこと。何しろ国内最強クラスの妖魔が全力で殴ってもヒビひとつ入らなかったのだから、ロケット弾でも厳しいはずだ。

 最後に幽霊を映すことができるということ。これについては便利で用途も広がりそうではあるが、持ち運びに難あり。


 この時点で舜治の方針は固まっていた。こんな物騒なものがあってはならない。どこに繋がっていようが知ったことではない。狐憑きの少女が変貌したことに大きく関わっているに決まっている。ならば破壊するのみ。

 物部で欲しがる可能性も高いが、三枝荘の惨状を思えば待っていられない。


 この男は基本的に原因さえ潰せばいいと考えているフシがある。事の起こりやそこに至る経過には関心が薄いのも事実。

 力圧しばかりで解決してきたことが更にそっち方向に傾かせていた。


「壊すぞ」


 指示がなければお千香は速やかに身を下げる。ヘタに有効範囲にその身があらばただでは済まないからだ。

 佐和子は舜治の周りを漂っていたが、お千香の強力な手招きに寄せられていく。


 舜治は右手に足玉(たるたま)、左手に八握剣(やつかのつるぎ)を顕現し鏡の前に立つと、おもむろに柄元まで鏡面に剣を刺し入れた。


神納(しんのう)成就なさしめ(たま)へば、神宝(かんだから)(もっ)鏡位(きょうい)改むるものなりぃや」


 古代祭祀から鏡は神具祭具として取り扱われてきた。ならばそれを御する術を知らないはずもなく。

 翡翠色がまばゆい珠玉を眼前に掲げ言霊を謳うと空気が一変する。静謐にして温かい空間へと。

 舜治の声音が凛と響くお千香の大好きな瞬間だった。


 言霊に反応するかのように鏡に変化が現れる。その表面が風に凪ぐ湖面のようにさざ波立ってきたのだ。

 うまく陽の光でも当たれば乱反射して随分と幻想的に映ったことだろう。あまり集中できていないのか、舜治はそんなことを思いつくのだった。


 間もなくさざ波はその波立ちが鈍くなり、ついには固まりへと変容する。


「ほぉーーっ! おぉーーっ!」


 巫覡が術の終わりを告げるように低い声音で奇妙な雄叫びを上げた。言い切る前に剣を抜く。

 同時に鏡であってものは砂と化しホコリを巻き上げ床に散らばっていった。

 その勢いに当てられたみたいに舜治が後退り、尻もちをつく。


「いってえ!」


「舜治!」


 妖姫が慌てて飛んでくる。今の件でダメージを負う様子は見受けられなかったはずなのだが。

 ひっくり返って左の足首やや上を抑えている舜治を見やり、佐和子は思い至る。


――さっき階段飛び降りた時、グキッって言ってた。グキッって。


 視線を鏡のあった方に向けると壁には剣の穿った穴が覗いていた。


■ ■


 少女の父親に顛末を伝えた一行は三枝荘を後にする。


 気絶した母親を小脇に抱えて登場したお千香を見て、限界まで目を見開いて驚いていた父親が印象に残る。あれではこちらの説明も碌に聞いていないかもしれない。

 お構いなしで後にした。


「あの鏡ですが……あれは一体?」


「そうだな……異界へのゲート的なものは聞かんこともない。しかし、これがお千香が殴っても壊れないとなると話しは変わる」


「もう少し言い方は何とかなりませんか?」


――バカヂカラ、役立たず!


 舜治を支えるお千香は手が出せない。歯ぎしりが鳴る。


「それでだ……まぁよくわからん」


――ええぇーーっ!


「なんでも解明できると思うなよ。かなり異質なものだし、この世にあっていいものじゃあなかったのは、そうだ。あちら側も含めてね」


 足首の痛みでまともな思考が働いていなかった。今からおんぶしてもらおうかとさえ考え始める始末。


――凄い除霊を簡単にキメたかと思えば、簡単に捻挫するし。凄いのかどうなのかわかんないね。


「主様は凄いに決まっています!」


 フォローはありがたいが、お千香の怒鳴り声が足首に刺さる。


「お千香、痛いよ。それであの子……名前なんだっけ?」


 麻衣子ちゃんである。


「呪詛モドキをかけられた状態で鏡をくぐってしまったんだろうな。それで異界の魔力でも吸い込んでモドキが悪い方へ進化した。単品で至らないものがうまく噛み合ってしまったわけだ」


「あの一家はどうなるんでしょうか……」


「さあな。あとは夫婦の、いや家族の問題だよ……」


 舜治にしてみれば最早どう転んでも関係ない。今、最大の懸案は転びそこねて捻挫した足首だ。痛みが刻一刻と増していく。夜には目も当てられないほど腫れるだろう。

 今でさえお千香の介添えがなければ移動もできない状態だ。おんぶ抱っこを拒否るのに壮絶なやり取りがあったのは語るまでもない。


「あの夫婦はどこで間違えたんでしょう?」


 予想外に後味の悪さを感じているお千香だった。舜治を支える腕に力が篭もる。


「口で言わんとわからんことのほうが多いんだ。それを怠るから……」


「じゃあ、私たちは大丈夫ですね。お互い思いを口にしていますから」


――あんたはも少し黙ってもいいんじゃない。


「まだいたんですか? 用件は済んだのですから、さっさと成仏してください。手は貸してあげます」


――あ〜そゆこと言うんだ。今回あたし活躍したよね、ね、舜くん!


「ん? そうだっけ?」


――酷いよ!

今編終わりとなります。お付き合いいただきましてありがとうございました。

次編は大型客船、はたまた離島に閉じ込められる展開のお話を妄想中です。

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