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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
悪意の矛先編
55/101

05 異界の門

「お見事でした」


――舜くん、すごーい!


 人外二人が諸手を上げて褒める。

 宿の主人だけが成り行きについて行けず、視線が娘と何故かしらお千香の間を行ったり来たりしていた。佐和子のことは見えていないようだ。


 舜治は壊れ物を扱うようにゆっくりとした動作で麻衣子をソファーへ横たえた。数拍ばかり見つめていたと思ったら、嗚咽を堪えるように口元を抑え、視線を逸らす。


「くっ……」


「舜治? どこか怪我をしていますか?」


 お千香が慌てて寄り添い、顔色を覗き込む。


「いや、そうじゃない……幼い女の子が酷い目に遭っていたのを見て、なっちゃんと重なってしまったんだ……あの子がこんな目に遭ったと思ったら、つい……」


「なっちゃんとこの子では、似ても似つきませんが? 歳かさとか見た目とか」


「それはわかってる……ああ、なんて言うか、こう、伝わらんか?」


「……確かになっちゃんが同じ目に遭ったのなら、平静ではいられないでしょうけど……」


 珍しく共感できていない二人。話の行方がわからず、佐和子が手を上げる。


――ねえねえ、なっちゃんて誰?



「ところで、この子の母親はどこですか?」


「ん、ああ、さっきまで娘と一緒にいたはずなんですが……」


 やっと呆けた状態から回復した宿の主人は穏やかな顔で眠っている娘の頭を撫でて、どことなく自信なさげに言った。この騒ぎで顔も出さないのは気になる。


「あの……これで娘は助かったんでしょうか? にわかには信じられなくて……」


 今までが今までだ。しかもほんの僅かな時間、僅かな手間しかかかっていないように見えた。信じろと言う方が無理やもしれない。

 不安と期待の入り混じった目を向けてくる。


「まだ断言できません……」


「失敗したということですか?」


 その言に妖姫の柳眉がピクリと動く。誰に向かって失敗などとほざくのか、と。


「そういう意味ではありません。実は……勢いで、つい……お祓いをしてしまいまして。因果関係を碌に確かめられていないんです……すみません」


「と言うと?」


 複雑な表情の三枝荘主人が困惑の色を強める。目の前の男はお祓いをしたと言う。失敗ではないが、手放しで成功したとは言わないらしい。


 咄嗟に憑きものを祓いはしたが、原因を特定して根本的解決を図ったわけではない、ということをしどろもどろに解説する羽目になる。

 さらに告げねばならないことがある。


「これは呪詛の可能性が高いです」


「じゅそ? それは何ですか?」


 混迷が広がる。さっきから日本語なのに言ってることの理解がまるで及ばない。


「呪いですよ。これほどの症状が出るのであれば、相手は素人ではなさそうだ」


 死に至ることはない。されど相手を不幸に、その人生を確実に崩壊させる。そんな呪法に見えた。


「呪い? そんな馬鹿な! 私は今まで誰かの恨みを買った覚えなんてない!」


 誰しもそうだ。恨まれ上等で生きている人間などいない。しかし、思わぬところで知らないうちに非もなく買うのが恨みというやつ。

 三枝荘の主人は怒りに拳を震わせる。


「それにしても、何故麻衣子に……呪いだったら、私に直接かかってくればいいものを」


 周りを傷つけることで相手を苦しめる外道もいる。


「それに誰かとは限りません。何かを封印してあるものを偶然壊してしまい、呪詛を浴びることもあります。ですから、原因を探る必要があります。旅館の内部を隈なく見て回っても?」


 主人が頷くのを認め、今度はお千香に向き直る。


「この子の肌を確かめておいて。つま先から髪の中まで、それこそ隈なく、ね。痣とか紋様があるかもしれないから」


「刻印ですね。わかりました」


「娘にまだ何か?」


 これが霊威霊障に関わりを持たずに生きてきた人間の当たり前の反応である。

 ワケがわからないまま進められても困る。当事者が置いてけぼりになっていた。助けてくれようとしているのはわかるのだ、あまりにも付いていけない。

 舜治が説明を億劫だと感じているから尚悪い。


「これからお譲さんの衣服を脱がせて、呪いの手掛かりを探します。流石に殿方にはさせられませんので」


 実は空気の読める女、お千香がフォローに入る。普段は読んだ上で引っ掻き回していたのか。


「ああ……そうですね」


「お母さんも一緒のほうがいいのですが……」


「探してきます。娘のことは事務室のほうでお願いできますか」


 休業中とはいえ、いつ訪問されるかわからないロビーでは憚られる。お千香も当然ですねと言わんばかりの顔をする。


「それでは俺も探険に……」


 一緒に来るかい、と舜治が流し目をくれると――


――うん! 気になることがあるんだ!


 佐和子が勢い良く飛んできた。

 その時、少女を抱き上げ事務室に向いた妖姫から奥歯が軋む音が響く。車のギア鳴りも斯くやというほどに。



「いきなり当りだな……」


――うん。これ以上ないってくらいの怪しさだよねー。


 巫覡と幽霊少女はL字建物の二階突き当りに至る。なんとなく二階に何かありそうだと感じていたため、上から探索することにしていたのだが。

 そこには等身大の大きな鏡が壁掛けられていた。横幅も一メートルくらいありそうだった。壁一面と錯覚しそうになる。

 されど驚くべきは大きさではない。なんと佐和子が映っているではないか。

 舜治の視線が幽体と虚映を往復する。


「幽霊が映る鏡って初めて見たわ」


――わたしも〜。幽霊になって初めて自分を見たー。へー、舜くんにはこう見えてたんだぁー。イケてるよね? どう? どう?


 科を作って訴える元女子高生。歳相応の発育だったのだろうが、残念ながら舜治には響かない。朴念仁にぶーたれるがそれすらも届かない。


「害がないなら貴重品だけどな……」


 それは害があるという意味。巫覡が言うからには霊的な障りがあるという意味だ。

 そっと手を伸ばす。

 指先が触れたその刹那、鏡面に波紋が広がる。水面に小石を落としたように。

 本来の材質はガラス。表面が波打つものではない。やはりこの世に在らざるものか。


 触れた手先には何の感触もなかった。痛くも痒くもなかった。だから次のステップへ進んでしまう。お千香がいれば小言の嵐を食らったに違いない。

 今度は手首まで差し入れる。何の躊躇もなく。


――ちょっと、平気なの?


 佐和子には目視で返し、中で握ったり開いたりしてみるがやはり感触がない。


「どっかに通じてんのか? いや……んー……佐和子さん、ちょっと触ってみて」


――えー! 怖いよ! わたしが感じてた嫌な予感て、絶対これのことだよ!


「まぁ、無理にとは言わん」


 鏡から手を抜いて、改めて握って開いてを繰り返す。異状はない。それが却って怪しく思わせる。こんな異物が何もないわけがない。

 見ると佐和子がおっかなびっくりに人差し指で一瞬だけ触る。幽霊の腰が引けている様はなかなかに滑稽だった。

 くくっと漏らした舜治を佐和子が睨む。


「ますますわからん……」


 幽霊が触った鏡面に波紋が広がっていたのだ。


 そんな折、階下から大きな物音が届く。


「何だ? お千香!」

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