04 格の違い
黒衣の麗人はつば広の帽子を目深にかぶり、俯き加減で手を引かれていた。足下もけしてスムーズとは言い難い。叱られてふてくされた子供が親に引っ張られて歩いているようなものだった。
実際叱られて、ふてくされているのだが。
――ちょっと舜くん、これ大丈夫?
見かねた佐和子が耳打ちしてくる。これから悪霊退散に出かけるというのに、あまりにも酷いテンションではないか。幸先が不安にもなる。当人にも届いているだろうが、その辺はお構いなしだ。
「ん? ああ、むくれてるお千香も可愛いだろ。少しずつ機嫌が直っていくのも、またいいのさ」
――さいですか。
連れ合いの方もこれはこれでどうかしている。付いていくのをためらいたくなる惚気っぷりに、こりゃあかんわ、と幽霊娘は肩をすくめた。
バカップルにとってはこれも平常運転の一環なのだが、つきあわされる方はたまったものではない。知り合って幾ばくも経たない佐和子では耐性が無いのも仕方がなかった。耐性ができつつあるのは同じ大学の衛藤玉樹くらいだろう。
電車を乗り継ぎ、着いたところは温泉町。あまり活気はない。鄙びた風情があるようにも見えず、観光地としては苦戦していそうな街だった。
「何というか……ぱっとしない街ですね……美味しい名物でもあればいいんですけど」
道すがら舜治に散々かまってもらい、すっかり上機嫌のお千香は辺りを一瞥して宣った。機嫌がいい時ほどストレートに毒を吐くのが玉にキズ。
「遊びに来たんじゃないぞ」
この男が言ってもそう説得力があるわけもなく。
「わかっています」
それでも舜治とのお出かけが嬉しいお千香は足取り軽く歩き出す。
――行く場所わかってんの?
「そんなわけないだろ」
顔を赤らめて戻ってくる妖姫がいた。その愛らしさに舜治は目を細めるのだった。
大女将の手紙を頼りに三枝荘というこじんまりとした旅館に辿り着く。木目のよくわかる板張りの造りでL字形の建物だ。
第一印象は陽が当たっているにもかかわらず暗い。陰気が漂う暗さだった。
「なるほど……あの婆さんの言う通りか」
「感じるものがありますか? 私では嫌な気配がする、という程度しかわかりません」
――あたしも近づきたくない感じするな〜。
建物を一通り眺め、邪な気配を特定する。舜治の霊視から逃れられるものはそうそういない。動き回っているようだが、手に負えないものではなさそうだ。
それでもいい気はしない。ひとりでに眉間が寄るのを覚える。
「直に視ないとはっきりしないけど……自然に憑いたんじゃなさそうだな……」
「呪詛ですか? 厄介ですね」
――誰かが呪いをかけたってこと? そんな……。
「その可能性が高い……まあ、封印されたものを破って取り憑かれるなんてこともあんだろ。それも視ればはっきりするさ」
表情を引き締める舜治を佐和子が幽霊のくせに目を丸くして凝視してくる。
「なんだ?」
――ん〜ほんとにれーのーしゃなんだなぁって思ってね〜。
「ほんとに今更だな」
僅かに苦笑する。言われてみると、それっぽいところは大仰に見せていなかったかもしれない。
「ほんとに失礼な小娘幽霊です」
お千香が呆れ顔で腕を組むと、その双丘が押し上げられ強調されていた。
「お客様でしょうか? 申し訳ありません、三枝荘は現在休業中でございます。お泊りでしたら、何軒かご紹介できますが……」
店先でやいのやいのとやっていれば、中から誰か出て来るに決まっている。初老の男性が声をかけてきた。その面貌には疲労と思しき色が濃く見られる。
「いえ、泊まり客ではありません。不躾ですが、こちらに小学生の娘さんがいらっしゃいますね?」
舜治も直球でいく。疲れ加減の計りで尋常な状況ではないことがありありと見て取れるからだ。
案の定、老男性が驚愕に揺れる。同時に警戒もされてしまう。
「どちら様ですか? 孫娘に一体何のご用でしょうか?」
「蔵水羽の大女将に頼まれた巫覡です。娘さんを助けに来ました」
「くらみずはやらふげきやらはわかりませんが……あの子を助けてもらえるのですか?」
老男性がよろよろと歩み寄り、舜治の手を取る。
「お願い申し上げます。何卒、何卒、あの子を……」
藁にも縋りたいとはこのことか。唐突に現れた素性もわからぬ青年へ悲痛に訴える。それほど深刻な状況なのだろう。
「必ずや」
柄にもなくきっぱりと言い放つ舜治を人外女性二人が見つめる。
――やだ、かっこいいじゃん!
「私の舜治は元々かっこいいです!」
二人と一体は三枝荘のロビーに通され、先ほどの初老男性をそのまま若くした壮年男性に迎えられた。やはり目の下に色濃い隈をつくる。
「昨晩、蔵水羽の大女将よりお電話いただきました。若いが実力は随一の霊能者が行くから安心しなさい、と言われました。あなたがその霊能者ですか? 私は三枝克也、当宿の主人を務める者です。歓迎いたしますよ」
宿の主人は力なく笑った。正直アテにはしていない。大女将にああも言われたからだとしてもだ。娘の件はもう人の能力でどうこうできるものではないのだ。それこそ神か悪魔に縋るより他はない、と。
――これは想像以上に深刻そうだな。
生気のない目を見て舜治はそう思い知らされた。
しかしこの国に遍く蔓延る霊障はこの巫覡に敵うものなく、かかわればすべからく討ち祓われてしまうことになる。
そういう意味でこの主人はツキに見放されていなかった。
「説明などは後ほどします。早速娘さんに会いましょう」
「事情は全てご存知なのですか?」
「私は視ることでだいたいわかりますの――」
「パパ!」
舜治が言い切らないうちに若い声に遮られた。発声源はロビーから続く廊下の突き当りから。
――舜くん、あの子!
「ああ……」
両腕は力なく垂れ下がり、猫背気味に立つ女の子。気味悪く見えるのは首が真横に倒れているせいか。表情までは見て取れない。
「麻衣子……どうしたんだい? ママにご飯を用意してもらっていただろう」
父親である三枝主人が二歩寄って声かける。あの奇っ怪な立ち姿には既に感じるところがないようだ。
「パパ……その人たちだぁれ?」
歳相応の愛らし声音が響くが、立ち姿に反して空々しく聞こえてしまう。
「この人たちはね、パパの友だちなんだ。麻衣子もこっちに来て、挨拶しなさい」
そう聞いた麻衣子の首が直る。そして――
「けひゃひゃひゃひゃ! なぁにが友だちだぁ。てめぇも懲りねぇなぁ」
最前とは打って変わり不愉快なだみ声。
そのだみ声が床を蹴り、壁に張り付いた。直後に四足で駆け出す。
初見の二人は我が目を疑う。数多の非常識を目の当たりにしてきたが、年端もいかない少女が壁を四足で駆けるインパクトは凄まじい。
幽霊娘もあんぐりと開けた口を慌てて塞ぐ。
父親を飛び越し、狐憑きの少女は舜治の眼前に立っていた。
そうなる前に当然お千香は反応していたが、視線によって舜治に制されている。
「こないだのジジイといい、てめぇも大したことなさそうだなぁ」
大きく口を開き、不自然なまでに伸びた舌を垂らして見上げてくる。
「そうかい」
舜治はそう言って手をかざす。
「神妙の加護奉る」
「ぎっ?」
もう動けまい。
両の頬をそっと挟む。
「平けく所知めせと、祓へ却れと吾申す」
「ぎにゃあぁぁーー!」
断末魔を上げた麻衣子は意識を失い崩れ落ちる。
「麻衣子!」
悲痛な父親の叫びだが、事態は収拾を見る。
少女は床に倒れることなく、舜治が柔らかく抱きしめていた。
「頑張ったな……もう大丈夫だよ」




