02 霊の伸ばした手が掴むは
――んふふー、成仏しそこなっちゃってぇ。舜くんと会えて嬉しいよぉ!
女子寮倒壊危機を未然に防いだ立役者である今中佐和子がにこやかに手を振っている。浮いているから幽霊で間違いないし、高等部の制服姿のままだ。
しかしお千香の言うように、事件が収束して後腐れなく成仏したはずである。舜治の目の前から昇天していったことは事実。
なぜまた彷徨い出てきたのだろうか。
「そうですか。舜治、禊祓えの儀をお願いします。この浮遊霊を直ちに、そして確実に除霊してしまいましょう。鏡を二枚使う強力なやつがおすすめです」
お千香の目が本気だ。そして抑揚のない語り口が逆に凄みを感じさせる。
なにしろ最強の飛縁魔を害することのできる霊術を、ただの浮遊霊を除霊するためだけに推してくるのだ。
雄々しい立ち姿で、浮遊霊に人差し指を突きつけている。衛藤の妹あたりが見ていたのなら黄色い声を上げるほど絵になっていた。
「ちょっと落ち着け」
「いいえ、そんな悠長なことを言ってはいられません!」
「だから落ち着けっての」
「ひゃう」
毅然としていた妖姫が間の抜けた可愛らしい声を上げる。こんな時にお尻を掴まれる謂れなどない。
そう、舜治が片手ながらもしっかりとお千香の臀部を掴んでいたのだ。揉む、まではしていない。
「舜治、嬉しいですけど、その……流石に今はちょっと、空気を読んでください」
「たわけ。先ずは話を聞けって言ってんだ」
聞く耳を持とうとしないお千香の意識を惹く手段としたようだ。
それにしても、どの口が空気を読めと言ったのやら。舜治が尻から手を離してしまうほどの不意打ちだった。
「ですが、あの小娘幽霊が!」
「だから、どうもないっての」
舜治は正面から抱きしめ、お千香の耳元に口寄せ囁く。
「ほら、かりかりしない。どうして、あの霊に突っかかる? いずれ奥さんになるんだろ? 俺はお前しか見てないぞ」
「ぬ、主様……ずるいです」
「何もずるくないな……嘘もないし」
ずるいというより卑怯なもの言いのようだった。されど抜群のコントロールを発揮する。首筋を甘く噛み、背に回している手に緩急をつけたのなら、もう思うがままだ。
「ん、ふぅ……」
時と場所を弁えずにいちゃつきだしたバカップル。
お千香の顔は弛みきっていた。
――ちっ! こうもあけすけに見せつけられると、胃の腑よりこう、なんぞ込み上げてくるものがあるのう。
――全くだね。
苦いものでも食べたような顔で見つめる幽霊がもう一体増えていた。佐和子と同じセーラー姿でありながら、頭の上に輪っか状の髷を二つ結って違和感有りまくりの少女の霊が。
「誰?」
――何度もここで話しをしたのに、それは随分と冷たいのではないか? 吾はその、あれ……を受けたぞ?
――ショックですね。
――そう、それよ! しょっくを受けたわ。佐和、褒めてやろうぞ。
佐和子のフォローを受け、ドヤ顔となる霊少女。
「は?」
「え? まさか……」
ここで二人が話をしたことのある霊体はただ一柱。
「ヒイラギさん!」
――まっことしょっくよ。
この御陵の主が姿を現した。それが初めてのことだったため、舜治とお千香がわからなかったことも致し方ないと言えなくもなかった――が、頭上ニ髻と呼ばれる古代の髪型に大仰なしゃべり方で気づいても良さそうではある。
それにしてもニ髻にセーラー服ほどちぐはぐな恰好があるだろうか。
「ヒイラギさん……霊体の投影できたんですね」
お千香はわくわくとした感じで。
――わけもないわ。この方がそなたらと話をするのに良いと思うての。
「せめて、その髪型はどうにかならんかったんですか?」
舜治は若干のやれやれ感を出しながら。
――そなた、垂らし髪のほうが好みか? 言われてみると千香もそのようである。なるほど、改めよう。
ヒイラギはニマニマと含み笑いを見せたかと思うと、瞬きする間に髪を解いた。霊体だけに櫛もいらないようだ。
お千香がジト目になったが、舜治は目を合わせないようにしていた。
見た目、女子中学生の出来上がりと相成った。佐和子がカワイイと絶賛しながら飛び回る。
「……それなりの年齢でお亡くなりでしたよね」
――大神のくせにこまいのう。
「でも、お話ししやすくなりましたね」
――でしょでしょ。
女三人寄れば――舜治は蚊帳の外に置かれ、温くなってきたペットボトルを開けるのだった。
「で、佐和子さんは何故ここに?」
幽霊二体と妖魔一体によるガールズトークが一段落着くのを見計らって切り出す。放おっておけばいつまでも帰れなくなりそうだったから。
――吾がその……つい引っ張ってしまっての。
――ねー。
「はい?」
――いや、そこはかとなくそなたの匂いがしての……つい、な。
昇天する佐和子が舜治の気配を滲ませていたという。だから気になって捕まえてしまった、と。
霊体のくせに上目遣いでもじもじと言い訳する奈良時代に生きていたセーラー服少女。その言い訳は成仏しかけた幽霊を妨げてしまったことだった。
しかも意気投合までしてしまい、お揃いのセーラー服を纏うまでに。
「何してんだ! あんたは!」
一般的に見ても温厚な舜治であっても流石にキレた。奈良時代のやんごとなき身分の幽霊相手にキレた。
――じゃから、そなたの匂いがしたと思うて、気になってしまったのよ。まあ良かろうが。佐和もほれ、喜んでおるわ。
腰に両手を当てて何度も頷く佐和子。その姿に舜治の最終ラインが破られる。
「そういう問題じゃねぇ!」
頬を膨らませてむくれるヒイラギに剣印が突きつけられた。
お千香が舜治を抑える側になる日が来ようとは、お千香自身も思わなかったのではないだろうか。
お千香に引きずられてしまって抗う術などあろうはずもなく、舜治は公園を後にした。
当分来てやらんと胸に誓いながら。
「それであなたはいつまで憑いてくるんですか? 存在を認めたとは言え、馴れ合いたいとは思っていませんから」
――いいじゃん、ケチ縁魔!
今のお千香はこの程度の煽りはスルーできる。昼間のいちゃつきが心をおおらかにさせていたためだ。
結果、佐和子は二人の家まで付いて来た。そのことを後日告げると、御陵から動けないヒイラギは大層羨んだらしい。
舜治が玄関の鍵を開ける間に、お千香は郵便受けを見る。ここに引っ越した当初は郵便配達のシステムに驚嘆し、日に何度も確かめたものだった。舜治宛の郵便の無さを確かめることでもあった。
しかし今日は珍しくも一通の封筒が認められた。なかなかに重厚な筆跡である。差出人は二人の記憶に新しいものだった。
「温泉楼蔵水羽、御嶽楠湖……何でしょう? また泊まりに来いと書かれていたら嬉しいですね」
愛らしく小首を傾げるお千香に反し、舜治は嗅ぎたくない臭いにしかめっ面になっていく。封筒からは厄介事の臭いしかしてこないのだから。
おキヌちゃんポジションを狙ってます。




