01 狐憑きの少女
お待たせいたしました。
新編開幕です。
「もう無理だ……医者もダメ、拝み屋もダメ。諦めるしかないだろう……」
男性は天を仰いだ。二連の蛍光管が一本切れていることに気付く。こんなことに今まで気付かなかったことはなかったというのに。
「そんな、あなた! 自分の娘がどうなってもいいの!」
女性がイスから弾かれるように立ち上がり叫ぶ。
事務所のような一室で男性と話し合いをしていたところだ。
「そうは言ってない。しかし、これ以上……どうしたらいいのか、わからないんだ」
「どうしてあの子だけがあんなことに……」
そう話す二人の顔はいずれもやつれていた。焦燥に塗れていると言っていい。
女性は相手をあなたと呼び、娘どうこうと言っていたから夫婦と思われる。揃って壮年期前半に見えるから、出てきた娘も幼い年頃だろう。
しかし、陰鬱な空気で娘について話しているというのは穏やかではない。次の休みにどこへお出かけしようか話し合っているのとは明らかに違う。
「いっそのことここを閉めて、どこか遠くへいきましょう。ここの土地から離れたら変わるかもしれないじゃない。家族三人なら、どこでも暮らしていけるわ」
「俺の親父は放ったらかしか……」
「あ……ごめんなさい。そういうつもりじゃ……」
「いや、わかっている。もう、それしかないのか……」
お互いため息ばかりで、何も解決策を出せずにいた。親としても人としても手に余る。
こんなことになって早二週間、人間はここまで疲弊できるのかと思い知る。いや、知らされた。
一体二人は何に悩まされているのだろうか。
そこへ声をかける者が――
「パパ、ママ……ここにいたんだ?」
「麻衣子……」
小学生の中ほどの女児がドア口に立っていた。俯き加減の顔立ちはママと呼ばれた女性に似ていると言えよう。
「ママ、あたしね……」
娘の麻衣子が普通に話しかけてくる――ママの顔が華やぎかけた。
迷子が見つかった時のような安心が満ちる感じに――今日こそは元の娘でいてくれるのか、と。
それは雪の結晶が手に触れて融けるくらいのほんの僅かな時間しか保たなかった。
女児は折れそうな勢いで首を後ろに倒し、子供にしては異様に長い舌を覗かせる。
そしてとても女児が出すとは思えない声を上げた。
「けひゃひゃひゃひゃ!」
叫びは夫婦の背筋を悍ましさで撫でつける。文字通り血の気が引いていく。
母親から表情が消え、涙だけが溢れていった。
目を背ける。とても凝視してはいられない。親だからこそ尚更であり、母親の精神もいつ壊れてもおかしくなかった。
されど実情はあざ笑う。
事務机に飛び乗る音が自然と目を惹きつける。最前立っていた場所から一足飛びで上がれる距離と高さではなかった。
それなのに、そこには四つん這いでキョロキョロと見渡す愛娘の姿が。
すぐに目が合ってしまう。焦点の定まらない瞳と目が合うというのもおかしな言い様だった。
「けひゃひゃひゃひゃぁ。ママぁ、腹が減ったぞぉ」
夫婦の目に映るのは娘の麻衣子にあらず。それは絶望という名の何か。
役に立たなかった拝み屋のじいさんは狐憑きとほざいた。若い精神科医はよくわからない漢字だらけの病名をつけ、大量の薬を処方した。
夫婦は漆黒の闇の中でホタルほどの光明さえ見つけることができずにいた。
「神も仏もありはしない」
己が娘を襲った理不尽な仕打ちに自分はここまで無力なのかと父親は嘆く。後は神を呪い、悪魔に魂を売るばかりとなるだろう。
それで娘が助かるならば本望だと。
■ ■
「もう、アイス屋さんは来てくれないのでしょうか?」
いつもの黒い装いで闊歩するお千香は四方八方と視線を飛ばす。
時折その先に歩行者Aの男性がいたりするのだが、見惚れてくることがない。今日の瓜実は言い知れない圧力を放っていたから、何かしら察することができたらしい。
「あれから全然見かけんよなぁ……ネットで出店情報流したりもしてないし」
連れ立つ舜治は逸るお千香に歩調を合わせるのに苦心していた。
お千香の目当ては移動販売のアイス屋だ。何度か足を運んでいるのだが、最初の一度きりしか縁がない。
ネットで探してみたり、大学で数えるほどもいない知人にあたってみたりはしてある。手掛かりは皆無だった。
食べられないと言われると無性に食べたくなるのが人の性。舜治はそれほどでもなかったが、愛する妖姫の駄々に付き合っている。
舜治が行かないと言えば、お千香は一人で出歩くことをしないため、どこにも行かなくなるのだ。買い物やバス乗りも一人でできないわけではない。舜治から離れて行動しようとしないだけ。それも頑なに。
見つけられず途方に暮れる二人はみささぎの森公園にあった。
「お千香、諦めよう」
「残念です」
捨てられた子犬のように肩を落としていくお千香を慰めない。キリがないからだ。それに見た目ほど落ち込んではいないはず。
「今日はヒイラギさんに会いに行きませんか?」
「ああ、いいぞ。お供えもんでも買ってこう」
「わ、嬉しいです! この間の温泉の話がしたかったんです」
目覚ましい早さを誇る復活だ。胸の前で手を鳴らすところがあざとい。狙ってはいないはずだが、これで相好を崩さない男はいるのだろうか。
さりとてひっかかるところがあった。
「何ぃ?」
「露天風呂のところが盛り上がりますよね」
あの時は趣溢れる温泉宿の離れに二泊もした。もちろん客室露天風呂に二人で入り、情熱的にして扇情的なあれやこれやを致したであろうこと。
厳密には宿の風情を壊さない範囲でのお楽しみだった。特に二日目は戦闘ダメージもあったので。
「いや、あれはちょっと恥ずかしいんだけど……」
「そうですか? いいじゃありませんか。私たちの話、きっと喜んでくれますよ、ヒイラギさん」
蝶々が群がっていると錯覚するくらいスカートのひらひらが揺れている。黒いからカラスアゲハか。
「そりゃお前はいいよ。女同士でさ……」
思い出しただけで赤面しそうになる。それを余人に話すなど、更なるヒート感が。
お千香の数少ないガールズトークの相手故、舜治に咎めるつもりはない。
ヒイラギさんとはやんごとなきお媛さまであり、この公園の主である。既にお亡くなりになって千数百年経つお方だ。
知り合ってから、何度か座談会をする関係になっていた。
二人分の飲み物とお供え用の茶菓子を買い、急がない歩みで向かい出す。
「何故あなたがここに? 成仏したのではなかったのですか!」
お千香の血圧が上がりだす気配漂う。
――やほー! 舜くん、元気ぃ? わたしは元気だよぉ!
元気はつらつ幽霊少女?がヒイラギの御陵で手を振っていた。
初めて書き直し、全く別なお話になりました。
プロローグ的な第一話を書いて、なんかこうじゃない、と思ったんです。
そのせいで投稿が遅れてしまいました。
避けてあるので、いつの日か陽の目を見るやもしれません。




