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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
50/101

09 凍てつく月光

「柳か、入れ」


「は……」


 総領は執事が私室前に立っただけで招き入れる。二人だけなら堅苦しい手順は必要ない間柄だ。

 音もなく襖が開き、音もなく執事が滑り込んでくる。


「件の議員を狙う大元が判明いたしました。現在、表側から手を回しております」


「……続けろ」


 聞きたいことはそこではない。


「フツシの若様がセブリの呪術師を撃退されました。これにて護衛任務は完遂されたと申し上げてよろしいかと存じます……」


 何か含みのある言葉尻に総領の片眉が上がる。


「……それだけか?」


「童貞を捨てるには(あた)わず」


「敵を逃がしたのか?」


「そうではありません。お付きの飛縁魔と争い力尽きたようにございます」


「強いな、その女妖怪は……」


「左様で……まるで寄せ付けなかったと報告にありますれば」


「まあ、思うようには行かんものよのう……次の機会を待とうか」


 二人揃って苦笑いしていた。


「そうでございますな……先日、初めてお目通り叶いましたが、実に面白き青年でございました。総領代わりの暁には、お仕えするのが今より楽しみでなりません」


「かっかっかっ。もう儂が追いやられてしもうたわ。それにしてもあやつが面白いとはな。やる気の欠片もないような奴ぞ? そこのところ、語ってもらおうか」


 総領の部屋よりしばらく談笑が途切れることがなかった。


■ ■


 時と場所は戻る。月明かりの下で、やる気のない面白き青年が吼えたところへ。


 短剣と動かないその持ち主を交互に見やり、舜治は行き場のない気持ちにどう折り合いをつけようかと考えていた。


「舜治、どうしました?」


 妖姫が呼びたかった名を呼びかける。呪術師がいたため避けていたが、今はためらわず口に出せる。


「いや……うん……何だ……」


 何か言いたいのに言葉にできないといった困り顔を向けてくる舜治。

 お千香はその頬を優しく撫でた。舜治が死んだ呪術師のことを気に病んでいるのはわかる。だが何故そのことを気に病むのかがわからない。これまで人間の死に直面したことなど何度もあった。救えずに悔やんだり悲しんだりは見てきたし、それはわからないでもない。

 でも此度はどこか違うように思えた。だがどう違うのかまでは至らない。

 舜治以外の人間の生き死にには頓着しない人外妖姫の限界だったのだろう。それでもこの男の全てを理解したいといじらしく思うのだった。


「お千香……火を頼む。ヨツルギだったか、こいつを火葬してやろう。裏の人間だ、真っ当な葬式に出されることもないはずだし……」


「わかりました」


 ヨツルギの遺体は飛縁魔の火焔に包まれ僅かな時間で灰になり、風に消える。

 舜治はその全てが風に溶け込むまで言葉なく見送った。


――俺自身、俺の手でとどめを刺せなかったことにホッとしているのか、それとも惜しんでいるのか……?


 そう言えばと手にある短剣に思い至る。形見とするような間柄ではなかったし、墓標にでもしてやればいいのだが、跡形なく燃やしてしまった。物騒なモノだけに捨てるに捨てられない。

 敵を倒した証明として出してやろうと結論する。


 そんなことよりも、さっきから妖姫がそわそわと落ち着かない。お千香にしてみればいつにない様子の舜治が気になって気になって仕方ないのだ。

 もしかしたら私が何か失敗したのだろうか、ひょっとして私の裏を突かれて身体にダメージをもらっているのではないのだろうかと、考え出したらいくらでも湧いてくる。主に悪い方へ。

 それが顔に出ると――


「なにひゅるんでしゅか?」


 殻を剥いたゆで卵のようなつるつるの頬ぺたが引っ張られる。犯人はニヤニヤしながら絶妙な加減で頬を引く。


「かわいいな、お千香は」


「でゃったら、はなひてくらしゃい」


 涙目の訴えの甲斐あり、お千香の頬は自由の身に。痛かったわけではないものの非難がましくジト目で返そうとした――が、できなかった。

 犯人の表情を見たから。陰りがなくなっているその表情を。


「まさに安定剤だな……」


「褒めてます?」


「もちろんだ。一生欠かせないって意味だからな」


 まだ空元気かもしれない。それでもお千香は嬉しかった。猛然と首に抱き着く。


「危ないって! 刃物持ってるんだぞ!」


 とりあえずでも護衛対象者のところへ戻るべきだろうに、いつもの二人に戻っていただけだった。



 二人が現場を去って三十分ほど経った頃、月に照らされて動く影が一人あった。何かを探しているように見えるシルエットは淀みなく動く。身のこなしが一般人からは遠い。


「呪力と妖気の残滓を確認した……ここで呪術師と妖怪の戦闘があったと推測する」


 誰に言うでなく、己で確かめるような物言いだった。時折焼け跡と思しき箇所を触ったり、燃え切らなかった何かを拾ったりしていた。

 やがてホイルローダーの傍で金属片を見る。砂利場に鉄材が転がっていてもそうおかしくはないが、影の男には見過ごせないものだった――大振りの鉤爪だ。


「……テンジン」


 手に取りしげしげと眺める。月明かりで十分確認できる。そして辺りを一巡り見やった。


「我らケンシの同胞(はらから)と断定する……術者ならば特定が可能と判断。独断による行動は危険であり、クズシリの指示が必要」


 影の男は月を仰ぎ問う。


「見ていたか、月よ? 同胞は敗れたのか? 同胞に無念はあったのか?」


 月光は男の顔を青く照らした。能面のような冷たい顔と掲げられた鉤爪を一緒に。


■ ■


 飛び出した際は文字通り駆け出して行ったから時間はそう気にしなかったが、議員を残してある料亭までさあ歩いて戻ってみると、思いの外かかってしまっていた。

 建物の陰でいちゃついたり、往来の真ん中で見つめ合ったりしていたせいではないと思いたい。


 料亭は最前と変わらぬ佇まいで迎えてくれた。護法の結界も働いた様子がない。あの術者だけと考えても良さそうか。


「お帰りなさ、おっと」


 今日は見なかった箭内が二人を出迎えた。舜治が放おって寄越した剥き出しの刃物を危なげなく受け取る。


「何ですか、これは? ナイフ?」


「ウメガイというらしい。敵の持ち物だ」


「倒されたということですか?」


「ああ。術を使うやつはもういないんじゃないかな」


 箭内は流石と褒めて直ぐに確認の手配を講じる。


「帰ってもいいよね?」


「もうしばらくいて欲しいところですが……」


 箭内では舜治への強制力が弱い。


「わかったよ」


 縁側に腰掛けるとお千香が寄り添ってきた。

 ゴネられるかと身構えた箭内は小さく安堵の溜息を吐き、議員へ報告に行くとその場を離れた。


「この庭も月明かりに映えるな」


「そう……ですね」


「ん? なんかありそうだな?」


「それは、こちらのセリフです」


 お千香が袖を引っ張ってくる


「そうか?」


「そうです……心配していたんですから」


「悪かったよ。お千香に出番取られて、拗ねてたんだよ」


「茶化さないでください」


 自分の出番は一生なくて構わないと公言して憚らない男であるからして。


「でも、今日のお千香はほんとに凄かったなぁ……質というか格が違っていたな。焔の火力もかなり上がっていたし、動きも全然追えなかった。いや、俺の出番あるわけないわ」


「その事ですが……自分でもよくわからないのです。確かにイラつきを発散したいとは思っていましたけど……何故あれほど力が昂ぶったのか……舜治に神気を分けてもらった時のようでした」


 恥じらっているのか、内股が小刻みに動く。因みに苛ついた理由は愛する伴侶とあれこれできなかったから。

 そして今のお千香なら、あのごりょうさんや天神さえ凌駕するだろう。それほどに舜治の神気と馴染んでいた。今日はその手順を踏んでいなくとも。

 当事者二人は原因と効果に一ミリも気づいていないのだが。


「いいさ……俺といる以上、無闇矢鱈に振るわれることもないだ……ろ?」


 言い切れなかった。鉄槌は無闇矢鱈に振るわれてきた。今後は更なる加減が必要となろう。


「ずっと一緒にいてください」


 ずいと瓜実を寄せて訴えるお千香。その瞳はぬらりと輝きを変え、半開きの口元が匂い立つ。

 年若い男はさっさと帰らなかったことを後悔し始める。これ以上我慢できるだろうか。


 飲み物を運んできたうら若い中居が角から出られなくなっていた。

これにて今編終わりです。

お付き合いいただきましてありがとうございます。

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