04 いざ校舎内
瑞樹の口から語られた説明はさして情報の更新にはならなかった
屋上に現れていた穴の悍ましさが強調された程度。しかも瑞樹は終始お千香を見つめたままだった。
「舜治、そろそろいい時間なのではありませんか?」
区切りのついたところでお千香の提案。それとなく舜治の背後に移る。
「そうだな、音の出る三階とやらに案内してもらおうか」
「私は屋上に行かなくてもいいですよね!」
瑞樹の訴えは切実だ。穴にだけは近づきたくない。
「いいんじゃないの、音が鳴った時点で二階に逃げて。衛藤も、な」
「うん、ありがと」
「頼りにしてます、千香子お姉様」
ずいと寄る瑞樹にお千香は引き気味だ。より舜治の影へと。
姉の玉樹も複雑な表情をしている。
「私がお姉ちゃんなのに……」
校舎内に入り、一行五人は二階まで来ていた。
玄関を通ってすぐ衛藤姉の日本史担当だった男性教諭青木に見咎められ、あろうことか同行を申し出てきたのだ。件の噂に関心があったようで、生徒の健全を守るためと言われれば拒否もできなかった。
まだ二十半ばくらいなためか意気盛んについてくる。
ただゴーストハンターと紹介された舜治を胡乱気に見、教諭には無関心なお千香を食い入るように見ていたことがあった。
「東浦君だったね、僕はこれでもオカルト肯定派でね。日本の歴史を語る上で呪術的な要素は欠かせないと思っているからだ。時の政治や生活に至るまでそのことが根底にあることを考えれば、現代人の感覚から見て謎の行動も説明がつくんだよ」
なのに舜治にばかり話しかけてくる。
「青木先生でしたか、その発想はなかなかいい線をいっていますが、ここからは少し控えてください。三階に上がりますので」
古代祭祀を識る舜治には当たり前のことだった上、得意顔で語られて嫌気が差していた舜治が打ち切る。
青木が首をすくめていた。
お千香を先頭にして階段を上がって行く。
そのことに懐疑的だったのは瑞樹。あの冴えない男がゴーストハンターではなかったのか、お姉様を先に行かせるとは何たることかと。最後尾から睨みつける。
「確かに変わった気配がします……ですが、邪気や瘴気とは違うような?」
フロアが視界に入ってきたところでお千香が何かを感知した。
その言葉を聞いて舜治が追い越し階段を上がり切る。
「ふむ……」
噂を恐れた三年生は既におらず人気のない三階、舜治にも気配の判断がつかない。
人気はないが別の気配が確かにある。それが判別できないのだ。
「音はしない、な」
全員が三階に立つ。
「呼び音は毎日鳴っていたのですか?」
お千香に問われた瑞樹は――
「うぅ、毎日だったかどうかは分かんないです」
「そうですか」
「呼び音?」
反応したのは青木だった。探るような目を向ける。
しかしお千香は応えない。舜治に寄り添い虚空を睨む。
そして静かに発する。
「鳴ります」
直後木を打ち鳴らすような乾いた音が響く。
カン、カン、と。
「これが!」
「嘘、ホントに聞こえる!」
「これです! この音です!」
後衛三人が慌てる。
前衛二人にその素振りはない。
「何だ? 妙な感じだな」
「ええ、何がしたいのかまるでわかりませんね」
「追ってみるか」
音のする方へ踏みだそうとした二人に待ったがかかる。青木だ。
「ちょっと待ってくれ。今、音が鳴る前にわかったみたいだった。どうしてわかったんだ?」
「どうしてって……わかる人だから?」
振り返った舜治が答える。答えになっていないが、それ以上説明する気はない。
「それに、気付いたのは彼女だ。もしかして君ではなく、彼女が霊能者なのか?」
「そうだとして、だから何ですか? 今は音を辿るのが先です」
舜治は苛立ちを隠さない。初見から青木のことは気に入らなかった。自分の方から好き嫌いを出さない舜治には珍しいことだったが、特に理由は思いついていなかった。
しかも手がかりが逃げては時間のロスとなる。
「しかし……」
「衛藤、妹さんを連れて下へ行け。ここまででいい」
まだ何か言いたげな青木を遮る。ついでに帰ってくれるとありがたいと思って。
「うん、わかった。行くよ、瑞樹」
「待って、お姉ちゃん。私、もう少し大丈夫」
「大丈夫って、あんた……」
「屋上には行かないから。もう少しだけ」
「このフロアにいる間は危険はないと思います。舜治がいるのですから心配はありません」
埒が明かないとばかりにお千香が助け舟を出した。
「あまりしゃべらずにいこうか」
舜治を先頭に一行は歩き出す。
音を辿り行き着いた先は行き止まり。
三階建て一列作りの校舎は東端と中央に階段があり、玄関から続く中央階段を上がってきた舜治たちは西側の端にいた。
東階段から上に屋上の出入口がある。
当初は明らかに東へ向いて音を辿っていた。それが気づけばこの結果。音はまだ聞こえている。
「なんで?」
音に連れられた経験を持つ瑞樹が当然の疑問を口にする。
「もう一度試そう」
結果は同じ。
皆一様に首を傾げる。
「まるで送り拍子木だな……」
舜治は誰に言うでもなく呟く。
聞き逃さなかった青木が問う。
「送り拍子木? 何だそれは? さっき彼女が呼び音と言っていたけど、関係あるのかい?」
「呼び音はいわゆるラップ音のことですよ。特にこんな感じで惑わせる音を指す。送り拍子木は――」
江戸の頃に流行った不思議話で、夜道に迷った者が聞こえてきた火の用心の拍子木打ちを人に頼れるとばかりに近づくと、更に迷っていたというものだ。
似た話に送り提灯があるのだが、いずれも舜治は酔っぱらいの言い訳だと思っている。
聞かされた三人は感心気な顔になっていた。
「衛藤妹」
「何ですか?」
呼ばれた瑞樹に愛想はない。この冴えない男を信用できずにいる上、衛藤妹と呼ばれることも気に入らないためだ。
「屋上に連れて行かれたのは、独りきりの時か?」
「私はそう……でも、二人組みもいたはずです」
「そうか……」
しばし考え舜治はお千香を見る。
「私、もしくは舜治がいるせいでしょうか?」
「そうなるな……呼び音を切って直接屋上に行くか」
「行けるの? このままじゃ同じことになりそうだけど?」
玉樹がもっともな不安を言い、青木も首是する。
それを打ち払うようにお千香が得意満面に宣言する。
「舜治の巫覡としての力、その一端を見ることになるでしょう」
――そういうのいらんから。
ブクマつけてもらえるって、こんなに嬉しいものなんですね。
ありがとうございます。