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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
49/101

08 真お千香無双!

 焔の竜巻が吹き荒れた。

 形容するならこうだろうか。舜治は我が目を疑った。何故か――


「ちょっと、ちょっとお千香さん? 何ですか、そのデタラメな強さは?」


 お千香は元々強かった。妖怪妖魔の中でも際立った火力を誇っていた。あの長田が躊躇するほどに。

 それがどうしたことか、そんな強さを更に置き去りにする圧倒的な戦闘力を見せつけた。殺傷用に強化された式鬼数体を文字通り瞬殺したのだ。しかもかなりの余力を感じさせながら。

 思い当たる節がない。急に強さを増した理由に見当がつかなかった。

 しかし今ここでその理由に至らなかったことは僥倖だったかもしれない。もし思い至ってしまったのなら、羞恥で蹲るか、駆け出すかしていただろう。


「ふぅーー」


 愛する伴侶へ襲い来る敵に立ち塞がり排除した荒ぶる焔魔は大きく息を吐く。視線は敵呪術師から外さない。


「私より前には出ないでください!」


「ああ、わかってる」


 己が弱点をよく知るため一歩も出ない。さり気なく八握の剣を出している。そのへんは問題ないのだが、胆が据わり過ぎてアンバランスな危うさがあるところがお千香の悩みどころだ。


 そして精神的に危うい人物がもう一人。


「バカな馬鹿なばかな! 血の呪符だぞ! 血呪の式鬼が! こんな簡単に!」


 ヨツルギは短剣を逆手に握り、何かを振り払うように振りまくる。あらん限りの呪力を血に込めた必殺の術だった。確実にすり潰せるはずだった。それがあっさりと破られて正気ではいられない。


「あの程度の弱っちい式では、私の主様には届きませんね」


 しかもお千香が煽る。頬を上気させ赤みを見せていることから、楽しんでいるようだ。

 まんまとヨツルギの血圧が上がっていく。鉤爪を突き付け血走った眼が大きく開かれる。さながら親の仇でも睨みつけるように。


「女ぁ!」


 ホイルローダーから飛び降りる。キャビンの上からなので四、五メートルあるだろうに、着地は淀みない。体術も一級か。長田戦のダメージも感じさせない動きだ。

 そしてこの男にはまだこれがある。

 短剣を地面に突き刺した。

 周りから湧き出てくる鬼面の大型蜘蛛、牛鬼だ。舜治とお千香は知らないが、長田が闘ったものよりも数倍大きい。全長で二メートルを超えていた。

 加えてその数が五。一匹余さずお千香へ躍りかかる。

 その牙と爪は丸太を一瞬で木くずに変えてしまえるほど強く鋭い。お千香の衣装が、髪が、肌が千々に食い散らされる――こともなく。


「でっかい蜘蛛は気持ち悪いです」


 そう言ったかと思うと、火柱が立ち昇る。起こりになんの音も立てず、なんの前触れもなく、だ。その数は牛鬼に合わせて五。

 僅かな抵抗もできず、牛鬼の巨躯は炎に飲まれた。今は燃え盛る音を立てて。


 五匹のうち何れもお千香に届かなかった。物部の高位霊媒師であろう男は疎か、その露払いたる女にさえ。


「こんな……こんなバカなことがあってたまるかぁ!」


「あなたが悪いのですよ? 山でじっとしていればよかったんです。そうすれば主様が煩わされることもなく、今頃だってお布団の中で……あぁ、それなのに!」


 セブリの男に加え、化生の女のテンションも怪しいベクトルになりつつある。

 一人静観なのは舜治だけだった。お千香は置いておくとして、セブリの術者を見た。式鬼と牛鬼は同じ術者によるものだった。遠くで結界の反応がないところを見るに、煙々羅の術者は動けない若しくは目の前にいる奴と同じということに。

 系種の違う術を複数扱えるとんでもないレベルの術者だったと言える。なるほど長田が苦戦したはずである。


 だが、お千香に阻まれた。圧倒的な差をもって。


「どうなってんだ? ありえないだろ」


 舜治にもわからない。当人も他の誰も気づいていないのだが、現時点において、お千香という飛縁魔に敵う者はいなくなっていた。それこそ物部一門総がかりでも勝てない妖気妖力を纏った、強力にして凶悪な妖怪へ進化していた。

 ただしここで言う物部一門に東浦舜治は含まれない。近接戦闘さえ避ければ舜治が圧勝してしまう。この巫覡こそ規格外。


「このバケモノめ」


 ヨツルギはそのバケモノめがけて鉤爪を投げ放つ。もはや呪法は通じぬと、セブリの誇りたる鉤爪(テンジン)短剣(ウメガイ)に懸ける。


 人外妖姫はその鉤爪を難なく掴みとり、投げ返す。

 しかし敵もさるもの、いつまでも留まってはいなかった。鉤爪とホイルローダーがぶつかり合う金属音を鳴らす。


 舜治は見失う。セブリの姿を。お千香へ何かを投げつけたところまでは目で追えた。その後だ。姿を失う。

 もしかすると狙いは自分か、と初めて焦る。霊剣を構えてみるが、生粋の暗殺者に叶うはずもない。自然とお千香を探す。


 そのお千香は宙にいた。舜治の斜め上方向に。

 スカートと裾と長い髪をなびかせ、片膝を突き出した恰好で。なびかせてはいても決して翻らない不思議なスカート。

 月光に照らされ、舜治は一枚の絵画のようだと思った。


「ぎゃふぅぁ!」


 お千香の飛び膝蹴りをまともに食らい墜落するヨツルギ。隠形し直接霊媒師を狙ったはずが迎撃されーー

 追撃が襲う。

 受け身も取れずに立ち上がれないその時、両膝から人体が出してはいけない音が鳴る。ひしゃげるような、砕けるような嫌な音が鳴った。

 お千香が踏み抜いた恰好のまま佇んでいた。姿勢崩さず、凛と芯の通った立ち姿で。口角を上げ微笑む瓜実は凄惨な美しさを放つ。

 人に非ざる者だけが持つ妖麗さ。見慣れているはずの舜治でさえ惹き込まれていく。


「まだ殺すなよ」


 何拍かで我に返って来られた舜治はそう声をかけた。誠を応えるとは思えないが、確認したいことがある。

 お千香が砕いたところから降りて、正面を開ける。まだ不意打ちの可能性があるため、気は緩めない。両手は健在なのだから。


「ヨツルギだったか……他に仲間はいるのか? そのセブリとかいう山の民の」


「……いま、せんよ……」


 頬から顎にかけて膝蹴りの衝撃が貫通していったため、しゃべり難そうである。折れていないのが不思議だ。尋問するため手加減したとは思えない。


「私は隠密族を……抜け、たあと……ずっと、ソロでやってきま、した」


「素直に信用はできん」


「とうぜ、んですね」


 咳き込みいくらかの血を吐き出す様を見て、舜治には思うところがあった。先ほどの術を操る姿勢は単騎特化の戦闘スタイルだったろうな、と。ならばやはり仲間はいないと見ていいのだろうか。


「依頼主は言わんだろうな」


「そもそ、も知りません……蔓から、頼まれ、るだけです……」


「蔓?」


 暗殺請負の元締めみたいなものだ。ヨツルギのようなフリーランスに伝手を持ち、斡旋して手数料を稼ぐ。守秘を複雑にし、依頼主を辿らせない仕組みに一役買っている。


「主様……この者、そう長く保たないと思います」


「そうだな……そう思うよ」


 お千香の攻撃が致命的だったわけではない。立て続けに膨大な呪力を使い、生命力に深刻なダメージを負ってしまっているのだった。


「……自業、自得です。それ相応、の生き方でし、たから……勝手なが、らお願いした、いことが……あります」


 思わぬことに舜治とお千香が顔を見合わせてしまう。ヨツルギは真剣な様子だ。


「何だ? 叶えるかどうかは別だが、聞くだけ聞いてやる」


「ふふ……お優し、いですね……私は隠密族、いえセブリから抜けた身、です……一族はかんけ、いありません……どうか、その刃を、彼ら、に向けない、よう、お願いします」


「知ったことか。向こうから手を出してこなけりゃ、こっちからは何もない」


 今回の件がなければ、その存在も知らなかったのだ。一族そのものに思うところがあるわけではない。


「あり、がとうございます……あと、ひと、つ……」


「まだあんのかよ」


「これは……是非と、も。ウメガ、イを拾ってください……さっき、手放し、てしまい、ました……」


「ウメガイ?」


「短剣……です。我ら、のたまし、い……」


「振り回していたのを見ています。中たりがつきますので、私が探してきますが……」


 お千香の歯切れが悪い。


「どした?」


「くれぐれも警戒を怠りなく」


「わかっているよ」


 最初から落ちていた場所がわかっていたように、お千香は脇目も振らずに短剣を拾ってきた。


「……見た目より重いな」


 受け取った舜治の率直な感想だった。厚造りの本身が両刃であり、日本伝来の刀剣にはあまり見られない。


「ほら、これでいいか?」


「なんの、かんのと……聞いて、くれま、すね」


 舜治は露骨な舌打ちで返した。いっそ放り投げてやろうかと思う。


「わた、しも、そろそろでしょ、う……そのウメガイで、介しゃ……くをお願い、します」


「な……にぃ」


 これも予想外だった。


「ふざけるな……俺には……」


 ヨツルギから視線を切る。忌々しい思いでいっぱいだ。ここにきてこんな思いをさせられるとは。


「お願い、します。それだけ、が……本懐です……」


 短剣を叩きつけたくなって振り上げる。その手をお千香が止めた。


「私がやります」


「いや、俺ができなきゃならんのだろう!」


 眼前で死なれてしまったことも幾度(いくたび)、お千香がやむを得ず殺めてしまったことを黙認することも幾度か。それでも己が手をかけたことはなかった。この先いつまでそう言っていられるかわからない。そして腹を括ることができるのか。

 これもジジイの思惑なのだろう。一度総本家に乗り込んで、ぶん殴ってやろうと誓う。


 短剣を見つめ覚悟する。


「舜治……もう、事切れています」


 お千香の言葉に男を見やる。何故かしら穏やかな顔つきで逝ってしまっていた。

 こっちには行き場のなくなった思いだけが膨れていく。


「くっそがぁー!」

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