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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
48/101

07 お千香無双

「早く来ませんかね」


 もう待ちきれないお千香はそわそわと周りに視線を飛ばす。視界を超える範囲への感応探査も怠ってはいない。

 可及的速やかに事を解決して、お布団に潜ってあれやこれやしなければ、この国に明日はないのだ。かなり大げさではあるが、お千香にとってはこの国の行末と遜色ないほどの懸念事項なのだから。


「今日来るとは限らんし……ちょっと落ち着け」


 ここは老舗の料亭、中庭と呼ぶにはずいぶんと広い。陽は暮れているが、石灯篭の明かりが趣きを稼いでいるように思う。もちろん手入れの行き届いた和風庭園なのだろうが、灯篭だけではよくわからない。


 二人は縁側に腰掛け、議員の会合が終わるのを待っている。正確には警護中なのだが、いまいち緊張感に欠ける。料亭差し入れの四つ切り弁当を平らげた後だけに。


 先ほど舜治に煽られたお千香がどうも落ち着かない。夜のお預けを食らって、それがどれだけ長引くかどうかがかかっているのだから。できない、と言われれば尚更取り戻そうと躍起になる。当人にとっては死活問題と言っても過言ではない。

 舜治はお千香のうなじ辺りを優しく擦る。


――愛されてるな、俺……。


 それは間違いない。ただしその度合いとか深さとか方向とかが諸々おかしいだけ。この男も常識から逸脱した存在だから、そんなことに気が付かない。元は一般的感覚や常識だけで成り立っていたのに、いつからこうなってしまったのやら。



 会合の終了予定までまだ一時間弱。この後も帰宅せずもう一件あるという。昼間襲われたにもかかわらず、精力的に活動する議員である。護る側には優しくない。


 しかしそれも今夜で終わる。現時点で当事者たちにそれを知る術はない。


「何か接近してきます」


「ああ。空からだな」


 二人揃って虚空を睨む。まだ何も見えてはいない。しかし敵意持つ何かが近づいてくることをはっきりと捉えていた。

 柏手を二度打ち、言の葉を唱える。


天地(あめつち)清浄(しょうじょう)これに。イーエーァーー!」


 庭園から一切の音がなくなったかと錯覚する。それほど空気が変わっていた。


――ミギイィィーー!


 一メートルを超える猿だろうか。それらしきものが吠え、空中で暴れていた。より正確には暴れようとして藻掻いていた。まるで蜘蛛の巣にからまった羽虫のよう。手を伸ばせば届きそうな高さだった。

 それは舜治の張った結界であり、見た通り敵を絡め取ることを狙ったものだった。結界は弾くだけではなく、幾つかの用途を使い分けられる。


「やりました、式鬼です!」


「……ああ」


 式返しを目論んでいたため、捕らえられたことをお千香は喜ぶ。しかしもう一人が訝しげに首を捻る。


「どうかしましたか?」


「この式鬼、ずいぶん強いな。明らかに殺生向けだ」


「言われてみれば……」


 式猿が動けないなりに歯を剥いて威嚇してくる。舜治の知る式鬼とは遠くかけ離れていた。

 式鬼はお使い程度の能力しかないはずである。偵察や連絡に便利なもの。物部一門や陰陽師たちの共通認識であり、事実そうだった。

 こんなサイズも見聞きしたことがない。せいぜいがカラス大だ。そして凶暴化している。人間を襲い殺せるほどに。

 結界にあっさりと捕縛されてしまっているが、プロレスラーをも瞬殺できるだろう強さだ。


「物音がしたようだが、まさか敵襲かね、霊媒師くん?」


 真行寺が障子を開け放ち顔を出す。やはり狙わている自覚が足りていないと思われる。


「その通りです、議員。ですから簡単に姿を見せないでください」


 お千香は頭痛を堪える仕草で無言の抗議をしている。

 そして議員は謎の猿に気づく。対象を認めた式猿の抵抗が更に強まった。


「うおっ! なんだあれは!」


「危ないですよ。狙われているんですから」


 そう言って舜治は白い霊布をどこからともなく取り出した。噛まれないよう注意して式猿の顔に被せる。

 直ぐに式鬼としての形をなくし、布がひらひらと舞い落ちた。お千香が布と呪符を拾い手渡してくる。品物(くさぐさのもの)の比礼の効果で式鬼は呪符へと返ったのだった。

 後は送り返すだけ。


「あれも昼間と同じようなやつかね?」


「やり方は違いますが、呪殺という意味ではそうですね」


 議員の顔が険しくなっていく。護られているとはいえ、ここまで非現実的な手段で狙われていると思い知らされて堪えているようだ。

 気づくのが遅い。


「君のことは信用できる……だが、不安が募ってくるのは止められんのだよ」


「それはそう思いますよ」


「君は若いのに達観しているのか? それとも大物の素養ありなのか?」


「少し前まで、しがない高校生だったんですがね……」


 議員をはぐらかすように、そして自嘲するように振る舞う舜治は、一呼吸おいて提案をする。式返しについて、だ。



 手に入れた呪符は朱色で書かれていた。朱色というには黒ずみが見て取れる。


「血か? だから強力な式鬼を生み出せたのか」


 それとなく妖姫に視線をやると、同意するように見つめ返してきた。

 敵がなりふり構わなくなっているようだ。おそらくは全身全霊を懸けてくるだろう。

 ならばこちらも相応に対処するまで。


 血の気の失せている議員に向き直り――


「この庭から離れないでくださいよ。ここには護りの結界を張ってありますから安全です。そして、これを」


 舜治は橙色の珠玉を渡す。


「これは?」


「お守りと思ってくれて構いません。俺が戻るまで、くれぐれも手放さないように。くれぐれも! それだけで物部の霊媒師数人に価しますから」


 真行寺は唾を飲み込みながら道返しの玉を握りしめる。これが生命線と聞かされたのだから。


「始めるぞ……神通の加護奉る」


 呪符に神気を通わせる。それはやがてコウモリへと変幻し覚束なく羽ばたいた。


(かえ)(かへ)りて、祓い(たも)うこと、その一切を聞こし召せ」


 言の葉に酔わされるようにコウモリはどこかへ向かって飛んで行く。どこかとは最初に式鬼を放った術者のところだ。


「追うぞ、お千香」


「はい」



 舜治が息を切らせながら辿り着いたところは、昨日の工事現場にほど近い砂利取り場だった。事の発端が高速道路の建設絡みだったとすれば、揶揄った決戦場の設えかと思える。

 大型のホイルローダーの上に人影があった。

 左手には大振りの鉤爪を持ち、どうやらコウモリが引っ掛けられているように見える。


「私の式を返すとは……想定以上の霊媒師ですね。あなたも物部の人間ですか?」


「今のところは関係者? ぐらいのニュアンス?」


「何故、疑問形なんですか?」


「いろいろと曖昧だから……」


 ヨツルギは判断しかねていた。自身の術を破ったのは間違いなくこの男だ。姿を現した際には息も絶え絶え、隣には髪の長い女がいる。どうにも高位霊媒には見えない。しかもこの受け答え。

 自在鉤爪(テンジン)に引っ掛けたコウモリ式鬼を引き千切る。紙吹雪のように散っていった。


「私はヨツルギといいます……あなたは?」


「言うわけないだろ! 呪術師相手に名乗るバカがどこにいる!」


 呪詛に必須なものの第一は対象の名前だ。だから古より伝わる偉人や為政者たちは複数の名を持っていた。全ては呪詛から身を守るために。


「そうですか……残念です。ここで死ぬ定め。せめてその名前だけでも私の記憶に留めておこうと思ったのですが」


「いらん気遣いだな」


「さればこれ以上の問答は無用!」


 セブリの男は無数の呪符を宙に放つ。己が血で認めたものだ。

 呪符の数だけ式猿となって姿をつくる。大型の猿に囲まれ、明らかに殺しにかかってくる恐怖。


「かかれ!」


 ヨツルギの号令一下、全ての式猿が舜治に向かう。爪を翳し、歯を剥き出して。敵意を持って、害意を持って、殺意を込めて向かってくる。


 刹那、舜治の視界が流れる黒髪に覆われた。夜の帳の内にあって、なお漆黒に輝くのが目に鮮やかな黒髪に。


 飛びかかってきた式猿は薙ぎ払われて霧散し――

 地を滑るように這ってきた式猿は踏み抜かれて土に溶け――

 袖口を掴むことができた式猿は途端に燃え上がり――

 まだ手の届かぬ式猿は無数の火球に飲み込まれた。


 血と呪力を注ぎ込んだ強力な数多の式鬼が全滅した。

 瞬きする間もなく壊滅した。

 たった一人の飛縁魔によって殲滅されたのだ。


「なぁにぃーー!」


 式鬼をうった本人が――


「ええぇぇーー?」


 その式鬼から守られた本人が、驚嘆の声を上げた。かなり情けない感じで。

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