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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
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06 やっつけ警護

 その晩はそれ以降何事もなく過ぎていった。

 建設現場から離れ、会合の会場周辺や議員帰宅後の自宅周辺で張り込んでもみたが、音沙汰無かった。

 舜治に至っては明るくなる前にお千香に寄りかかって寝落ち、飛縁魔が寝ずの番をしていた始末。

 これから日中は半休半待機状態となる。待機用のワゴン車へと向かう。


「これを一週間とか……無理だってぇの。お千香もそう思うよな?」


「私はまあ、平気ですけど」


 人にあらざる妖姫は二、三日眠らなくとも平気らしい。


「ほ〜う? お千香さんは一週間、布団の中であれやこれやできなくても平気なんだ?」


 意地悪い言い方だ。簡単に引っ掛けられる。


「なぁっ!?」


 あらん限りに目を開き、力なく両膝をつく。裾が汚れるのも厭わない、というか気付かない。それほどの衝撃を受けていた。あれやこれやできないとは何という生き地獄か。


「そんな……一週間……わ、私は一体どうすれば……」


 絶望に染まった表情でうわ言のように呟く。

 ここまで効果があるとは思わなかったと、言い出した舜治は軽く引く思い。毎日欠かさず、といったわけではなかったが、一週間も間を開けた憶えはない。それがお千香の中でどんどん大袈裟に膨らんでいった。

 ここで一手。優しく手を差し伸べる。


「立つんだ、お千香。一日でも早く解決させる。二人が安穏と夜を過ごすためにはそれしかない」


「解決させると言っても、どうやって?」


 そこに光明が見えるのだろうか。

 いつ来るやもしれない襲撃を待つ側だ。襲ってきたところを返り討ちにする以外あるのだろうか。


「こっちから迎えにいって、ぶっ潰す!」


 だからその方法があるのかと――


「昨日は潰しちゃったけど、敵は必ず監視か偵察をしてくるはずだ。式鬼だろうから、捕まえて返してやれば術者のとこまで案内してくれるさ」


 やたらと自信満々に宣う舜治。

 お千香はお千香で万全からは程遠いその提案に嬉々として飛びつくのであった。偏に一日でも早く布団の中であれやこれやしたいばっかりに。



 しかしこの日中、議員は襲われる。


 議員がホテルでの昼食会を終え、地下駐車場に降りた時だった。いざ車に乗り込もうとドアを開けた瞬間に。


「ぐあぁー!」


「議員!」


 議員真行寺が薄紫色の煙に巻かれていた。車内からそれは飛びかかってきたのだ。言葉巧みに煙に巻くとは良く言われるが、まさに一文字も違わない状態に見舞われていた。

 呼吸を阻害する手立てなのだろう、苦しそうに掻きむしったり手を払ったりするのだが、空を切るばかり。議員秘書も果敢に手を出すが効果はない。

 煙だけに物理的手段はあらかた素通りだ。それでいてこちらは物理的に苦しめられている。


 地下駐車場は見るには困らない程度の明るさしかない。そこへ強烈なサーチライトが照らされる。金色光の当たる先は煙に巻かれている議員だ。


――ぎにゃあぁーー!


 声なき断末魔が響く。そして薄紫の煙が蒸発していく。金色の光に焼かれていくように見える。

 完全蒸発までものの数秒。人体には無害なところがセールスポイントだ。


「ちょっと裏をかかれた感じだな……」


「そうですね……昨日の今日とは敵ながらなかなかです。しかもあれは煙々羅(えんえんら)です。人間に使役される類の妖怪ではなかったはずですが」


「そうなのか? あれは厭魅(えんみ)だぞ。まさか牛鬼を使うやつとは別か?……式鬼使いも別と考えると敵は三人の可能性が出てきたか……面倒だな」


 黄金の鏡を翳しながらゆっくりとした足取りと暢気な口調で巫覡が近づいていく。付き従う妖姫はいつもよりやや離れているのが珍しい。

 実は十種の神宝の中でお千香が決して触るなと厳命されているものがある。それが二枚の鏡だ。珠玉などは融通が利くのだが、鏡だけはそうもいかない。その身を傷つけさせないように注意していたのだ。

 周囲から邪な霊感覚がないことを確認し、鏡を仕舞う。


「議員さん、大丈夫ですか? こちらも些か油断していました」


「あ、ああ。助かったよ……出来ればもっと早く助けて欲しかったけどね」


「面目ありません」


 煙々羅から自由になったとはいえ、力が入らない真行寺は腰を落としたまま不思議な青年を見上げて言った。ひどい汗をかいているが、軽口が出るなら怪我もなさそうか。

 休憩車両でうつらうつらしていた舜治だったが霊感知に反応があったため、おっとり刀で駆けつけ退治した。そのことを特には言わない。無用なトラブルを避ける分別はあるつもり。


「それにしても、先ほどの光は凄かったな。霊媒師の力は初めて目の当たりにしたが、あの煙のお化けが簡単に消えていったぞ!」


 議員は秘書に起こしてもらいながら、興奮気味に語る。その秘書に話しかけているのか、当の霊媒師に話しかけているのかわかりづらいため、両者リアクションが取れずにいた。

 それでもここは舜治から話すべきだろう。


「これで日中からも仕掛けてくることが判明しました。それに敵の術者も一人だけとは言えないように思います。今回は煙の妖怪を使った厭魅という呪いの一種でしたが、直接攻撃もあると思っていてください」


「そ、そうか。いや、君に任せて心配ないと確信した。これからも頼むよ」


「……はぁ」


 舜治の実力の一端を真に受け露骨な態度になった真行寺という男だが、当事者且つ政治家ならばもっと狙われている自覚を持って欲しいところだ。


 この日は監視用式鬼が見当たらず、式返し突撃作戦は実行できない。日暮れまで無為に経過していくことに。


「大学どうしよう……」


 教授との遠征の件が気になりだし、数少ない友人衛藤に連絡しておこうと思うのだった。


 この時、焦る敵方とさっさと日常に戻りたい男の思惑が不意の一致を見せることとなり、速やかな決着へ向かって行くことになる。


■ ■


 ヨツルギはギリギリと奥歯を鳴らした。煙羅煙羅(えんらえんら)を用いた呪詛を破られたのは初めてのこと。これこそ自身の持つ必勝の手だったにもかかわらず、だ。近接で牛鬼を前面に立てるよりも、遠隔からの煙羅煙羅強襲が安全確実な手段だった。しかも失敗したことがなかったのに。


「昨晩、式を潰してくれた男ですかね? やはりかなりの腕と見るべきでしょう」


 しかし煙羅煙羅は破られた上にインターバルを置かなくては使えない。偵察に式鬼を送り込んでもまた討たれるかもしれない。近づいての牛鬼襲撃しか手が残っていなかった。体術にも自信はあるが、もう一枚カードが欲しい。

 慎重にいくなら、少し時間をかけたほうがいいだろう。


「私にもプライドがあったんですねぇ……こうまで邪魔をされては引くに引けませんよ」


 絶えず安全マージンを取ってきたこの男が判断を狂わせる。自覚していたのに間違える。後に大きな代償を払うことになるにもかかわらず。


 短冊の用紙を数枚取り出し並べる。次にセブリ固有でありその存在意義とも言える短剣(うめがい)の切っ先で人差し指を傷つけた。

 傷口から滲む血で短冊に文字と紋様を綴る。一般人には到底読むことができない代物だ。

 いつもなら筆による墨書なのだが、此度は異なる。自身の血液だけで書き上げた呪符は強力な式鬼を生み出せる。術の発動中も呪力を食われるため、使用は控えてきた。だがそうも言っていられない。

 これが奥の手だ。

 衆目に晒されないよう絶えず留意して仕事をこなしてきたが、それそらどうでもいい。


「あの良くわからない男を殺す! ことごとく邪魔をしてくれたあの男を! この短剣に誓って!」


 目を血走らせ、吠えた。

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