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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
46/101

05 月に映るもの

「年齢や見た目は能力に関係ないとは聞いているが……」


 箭内に紹介された議員の名は真行寺(しんぎょうじ)研といった。予想より若く、立ち姿に自信とバイタリティが満ち満ちている印象だった。

 そして案の定というか、真っ向否定ではないものの、舜治を見て語る声音にはガッカリ感が滲んでいた。強力な霊媒師には見えないし、やたらと綺麗な女を連れている。しかし露骨に言わない分別だけはあって良かったと言わざるを得ない。すぐ傍に暗殺呪術師より遥かに危険な歩く(飛ぶ)地雷がいるのだから。


「議員、彼は我ら一門において最強の霊媒です。確かに年若い青年ですが、我が国最強と言っても過言ではありません。何のご心配にも及びません」


 箭内の過剰なまでのフォローに、身を固くするのは舜治の方だった。何しろ、今まで持ち上げられた覚えがない。挨拶すら碌にできなくなっていた。機嫌がいいのは斜め後ろにいる麗人のみ。


「そうか……いや、よろしく頼むよ」


 そこまで言われては懐疑的な思いは残るものの、それ以上言うことはなかった。

 議員と箭内は幾つか確認の言葉を交わし、こちらへ寄ってきた。


「えぇと、ヒガシ君、ここで小一時間視察されるそうです。つかず離れずで警護に当たってほしいとのことです」


「あ、あぁ、了解した。ガンバリマス」


 まだどこか不自然だった。

 箭内は舜治のそんな様子は気に留めず、今日はサポートとして同伴する旨を伝えてくる。



 程なく陽は沈み、空には満月の二日くらい手前の月が照っていた。


「いいお月様です」


「そうだな。今日はずいぶんと近く見える」


 作業灯が灯るこの現場でも遜色しない映え具合だ。月面の陰影も良くわかる。

 仕事を請け負っていなければ、河原の堤でのんびりと眺めていたいと思える。缶ビールがあれば最高だろう。

 護衛任務中にはとても見えない雰囲気で揃って仰ぎ見る。


「やっぱり見えないなぁ」


「何がですか」


「お千香ぁ、月を見て何かいると思う?」


 日本人百人にに聞いて百人が同じく答えるだろう答えは――


「ウサギですよね?」


「うぉ!」


 両手で頭にウサギの耳をつくるお千香に衝撃を受ける。これは堪らない。これほど愛らしい生き物がいるのか、と。

 贔屓目もあるのだが、整い過ぎる瓜実でやられた破壊力はかなりのもの。小首を傾げる様まで見せられては、舜治が襲いかかっても罪はないだろう。流石に我慢できたが。

 なんとかその手を下げさせ、平静を装う。


「いつからウサギになったんだろうな……」


「どういうことですか?」


「大昔……縄文時代とか、そんな昔。日本人は月にカエルを見ていたそうだ」


「はい? カエルですか?」


「ああ。俺にはウサギもカエルも見えないけどな」


 信じられないといった表情のお千香に、同意せざるを得ない。

 頭部がカエルの人体も想像していたという。半人半蛙(はんあ)というから驚きだ。遮光器土偶はその姿を模したものとされるのが、その事実を物語る。


「ちょっと夢がないですね」


 そう思われても仕方のないことだった。



 そうして三十分ほど経っただろうか、お千香が舜治の袖を引っ張った。


「どうした?」


「見られています……使い魔か何かでしょう?」


「どっち?」


 お千香が遠くの橋桁を指差す。一キロ以上ありそうだ。

 舜治も瞳を銀色に光らせ凝らす。


 フクロウらしきものと目が合った。


「やだやだ、目が合っちゃったよ」


「私の火焔では届きません。ひとっ飛びして退治してきますか?」


「いや、俺から離れないでくれ……向こうもこっちを認識しただろうけど、仕掛けてくれればやりやすいのにな。どうしたもんか……」


 物理的な距離は如何ともし難い。

 敵方に遠距離の攻撃手段があるのだろうか。長田は近距離での戦闘だったというが、手立てを隠しているかもしれない。決めつけはリスクの見極めにフィルターがかかってしまう。


「ちょっと試してみるか」


 何か思いついた顔で舜治はお千香の後ろに周り、右手を取る。その手を拳銃に見立てさせる。


「人差し指で狙って……そう、そして弾丸をイメージする感じで」


 二人の顔は近い。更には後ろから腰を抱く恰好。

 そんな様子に気付いた議員が眉根を寄せる。


「あれは何をしているのかね?」


「わかりかねます……何かを見つけたようですが……」


 問われた箭内も困る。いちゃついてるだけにしか見えないのだから。まさかその通りではないと思うのだが。


 当の二人はお構いなしに集中する。そして――


「撃て!」


「バァン!」


 可愛らしいお千香の発砲音。その指先から二センチ大の炎の弾頭が放たれる。

 それは一直線に突き進み――フクロウに似た何かに着弾、燃え散らした。


「おお、当たった、当たった」


 お千香の腰をパンパンと叩く。叩かれた方も誇らしげだ。

 遠距離の手段を持たない舜治、火を放てるがそこまでの飛距離は出せないお千香。ならば舜治の霊気でブーストしてみてはどうか。以前に火力の爆上げは成功した。試してみる価値はあったようだ。


「若様、今のは一体?」


「ああ、敵の監視がいたんでね、潰しておいた」


 事情を確かめたい箭内にそう答える。この子の手柄だよとばかりにお千香の頭を撫でながら。


「そうですか。流石です」


 単にいちゃついていただけではないと溜飲が下がる。監視されていたことにもっと反応して欲しいところだが、この二人の有り様を目の当たりにすると諸々感覚が狂ってくるのは致し方ないのか。いや、暗殺からの警護防衛だったはず。


「今日はもう来ないといいなー」


 夜はダラダラと過ごしたい男の本音がダダ漏れていた。


■ ■


「何者ですか?」


 偵察用のフクロウ式鬼があっさりと見破られ、あっさりと討ち破られた。これまでにない経験だった。悔しげに短剣(ウメガイ)を握り込む力が増していく。

 男はひとつ息を吐いた。暗殺対象の護衛が増えていたことにやや苛立つ。


 隠密族(シノガラ)にあって修験の呪術に非凡な才を持って産まれた。徹底的に叩き込まれ、何時しか一族で最強を名乗ることが許された。

 この国の戸籍と氏名を持ち、山に暮らす者など絶えて久しい。しかし曽祖父に聞かされた山の民としての気概だけが己の中でどんどん大きくなった。


――自分はこんなところでくすぶってていいのか? この力は何のためにある? そうか、これがメンメシノギというやつか!


 力だけが突出してしまった男は己の出自を曲解していく。一族から離れ、裏社会で金で裏仕事をするように。そうして生きてきた一族の歴史はあったが、この男はその力に酔った。


「この間の痩せた男ではなかったようですが……」


 先日やりあった物部の護衛には最後の最後で煮え湯を飲まされた。慎重に用心を重ねてこそ生きるコツとして、次は確実に倒すと誓う。

 しかし、先程式鬼を通して目が合った相手は別人だった。あやつも物部の者か。あの細身の男より強いかもしれない。あのクラスをポンポン投入できるならば物部という奴らは侮れない。

 そう思うのも無理はないのだが、実際は物部の方もいっぱい一杯だった。だからこそのリーサルウェポン投入。他者には知る由もない。


「いいでしょう。少し楽しくなってきました。この短剣(ウメガイ)と我が名に懸けて必ず殺して見せます」


 セブリの呪術師として育てられた男が懸けたその名はヨツルギといった。

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