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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
45/101

04 男には断れない時がある

「お引き受けいただきありがとうございます。これでわたくしも務めを果たすことができ、安堵いたしました」


――黒いねぇ、流石に。


 爽やかな笑顔の柳に長田は内心毒つく。一門の人間は誰もがこの老執事にいいように転がされている。総領に意見する者はいても、柳からの申し出を断る者は聞いたことがないというから恐ろしい。飄々とした長田でさえ、わかっていながらも逆らえないでいた。


 柳にかかればかなりチョロい部類に入る舜治が、これからの段取りを打ち合わせる。もうこれから現場に入って欲しいとのことだった。

 ここでひとつの問題に気づく。


「あーっと、これっていつまで? それと、まさか二十四時間張り付き?」


 柳が顔を逸らす。そこを詰めていないはずがなかろう。


「ちょっと、柳さん?」


 とてもじゃないが、一人で――実際にはお千香とのペアだが――そんな警護はできない。ましてこちとら素人である。不安しかない。

 現場に着いたら敵を倒して、はい終わり、ではない。実は初めそんな気分でいたのだが、はたと思い至った。

 要人警護の難しさはここにある。


「……えーと、でございますね……直ぐに長田様が戦線復帰をなされます?」


 何故に疑問形。


「いや、俺は二日はかかると思うけど……」


 振られた長田が無理無理と手を振る。


「二日も張り付き? 冗談じゃない! それにいつまでかかるかわかんないなら、やってられないから」


 これは舜治のほうが珍しく正論のよう。


「なるほど、若様のおっしゃる通りかと存じます」


 執事の落ち着き様から、この展開は想定内か。先程から見るにかなりの演技派だから、表情や言葉を鵜呑みにするのは危険だ。


「では、こうされては如何でございましょうか――」


 昼間の議員活動中には長田には劣るものの物部からの増援を当て、舜治は近場で休息しながら待機。万が一の襲撃に備える。夜間の自宅や会合などの外出時をメインに護衛してもらう。


「なんで夜がメイン?」


 夜はのんびり過ごすのが我が人生の男。


「これは異な事を。術師の襲撃は夜と決まっているではございませんか」


 それはただのイメージに過ぎない。真っ昼間にホイホイ出てくる幽霊はいるし、夕方の学校で騒動を起こした奴もいた。そんな根拠で物を言う執事ではないはずだが。

 そして期限は一週間と提示された。これは長い。素人にはキツイ仕事になりそうだ。


「これは無理だ……俺には荷が重すぎる。とても俺如きでは務まりそうにない」


 露骨に肩を落とし、苦悩に染まる顔を見せた。


「若様?」


「済まない、柳さん。今回の件は断るしかないようだ。俺が役に立つとは思えない。本家のじーさんにも謝っていたと伝えて欲しい……」


 申し訳無さを前面に押し立て、苦渋の決断であった風に装う。本音は一週間連続夜勤が嫌なだけでしかない。

 初めて柳がリアクションに詰まった。どう切り返そうかと逡巡する。この次期総領には是が非でも受けてもらわねばならないのだ。


 だが舜治はここでひとつ間違えた。嫌なら嫌だと突っぱねるだけで良かったはず。それを間違えた。柄にもなく演技など絡めたばかりに――


「私の舜治にできないことなどありません!」


 愛する男が役立たずと思われることが何より許せない麗しの存在の前だったことを。


「舜治より強い者などいるはずがありません! どんな敵だろうと打ち破ってみせます! 一週間だろうと一年だろうと、守りきってみせます!」


 お千香は拳を握りしめ、天を突き破らんばかりだ。

 対して持ち上げられたはずの男は目を覆い、深い絶望に包まれていた。お千香の暴走に何度ひっくり返されたことか。


――お前、さっき反対してただろ……。


 お互いに学習してないカップルは最低でも一週間の警護任務を受けることが決定する。

 重傷の長田が腹を抱えて笑っていた。



「それではこちらの指定ポイントにお越しください。現場には係りの者がいる手筈となっておりますので、ご不明な点はご遠慮なくお申し付けくださいませ」


 未だ笑いの収まらない長田を引きずり、執事はメモ書きを一枚残して行った。


「やっぱり、あいつにトドメ刺しとくんだった……」


 ぼやきながら舜治は出かける支度をする。

 とりあえず叱っておいたお千香もしょんぼり加減で従っていた。自分が何を言ったのか思い知り、甘んじて折檻を受けたのだった。いつもは息ぴったりなのだが、時折暴走する。

 空気が重い。


「……お千香」


「はい……」


 また怒られるのかと身を固くする。


「移動時間に食べられるもの、簡単でいいから作って。晩飯食いそびれそうだ」


「はい!」


 舜治は一度叱ったことにグチグチ言わない。わかってはいても、それはそれ。何があっても二人が円満な秘訣のひとつだった。



 あろうことかバスの中でおにぎりを齧りだすバカップル。当然車内全員の顰蹙を買った。男性客のやっかみが強かったことは言うまでもなく。


 バスとタクシーを乗り継いで来たところは工事現場。高速道路の延長工事の真っ最中だった。橋桁がいくつも屹立していて壮観な眺めをつくる。


「こんなところに議員さんがいるのですか?」


「ねえ?」


 美味しいな、の一言ですっかりご機嫌になっていた妖姫の素直な疑問。舜治も首を傾げるしか返せない。


「工事の進捗によって次の予算が変動するようです。それで推進派の議員数名が視察に来ることになったのです」


 砂利場なのに足音ひとつ立てずに近寄って来た人物がいた。お千香には早々気付かれている。


「フツシの若様ですね。申し遅れましたが、箭内(やない)と申します。今回、連絡調整の任を預かっています」


 執事柳が言っていた係りの者だろう、箭内と名乗った男はどこも目立った風がなさそうなのだが、足捌きと眼光が一般人ではないと訴えているようだった。


「よろしく。それと、人前で若様って呼ばんでくれる? こっ恥ずかしいからさ」


「何とお呼びすれば?」


「マイブームはヒガシ君……だな」


「……承知しました。そちらの女性は?」


 返事まで僅かな間があったが飲み込んだようだ。長田に告げた時のリアクションが一般的なように思われるが。


「嫁です」


 どう呼べばいいのか聞いていたのに、この返し。見事な安定感。


「ご結婚されているとは聞かされていませんでした……では奥様、と」


 舞い上がるから、それはやめて欲しかった舜治だったが、どうにも手遅れらしい。文字通り舞い上がっていた。


「それでは議員にご紹介しますので、着いてきてください」


 流石は物部の手の者か、やはり一瞬でフリーズから回復し職務に戻る。


「ところで議員て何人? あんまり多いと手が足りなくなるけど」


「狙われ依頼されてるのは一人だけです。他は巻き込まれそうならついでで構いません」


 物部は必ずしも正義の味方ではない。もちろん邪霊などには断固として対峙するのだが、依頼するには基本金銭だ。それもかなり高額。払ってない人には割りとシビアである。


「了解だ。お千香! 降りておいで。目立ったら困るぞ」


 素直に降りてきた飛縁魔は満面の笑みで腕に絡みついてきた。奥様と言われたことがよほど嬉しかったとみえる。


「全方位、警戒しといて」


「お任せください、旦那様」


 この後引き合わされる議員のことを思うと悶着の予感しかしない。せめてそれまではこの愛らしい奥様を愛でていようと思うのだった。

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