03 山の民
「こちらが当主様よりお預かりしております依頼状でございます」
柳は縁側に腰掛ける舜治へ慇懃に書状を手渡す。
「時に柳さん……これだけは確かめたい。それに答えてもらえなければ、今回の件は受けないから」
「はい、何でございましょうか?」
舜治は顔を会わせてからどうしても気になることがあった。
「……和の権化とも言える物部で、何で英国バトラーなの?」
「そっちかい!」
突っ込んだのは長田。柳の施した手当が効いているようだ。調子が戻っている。
「さすがは若様。わたくしがこのスタイルとなって数十年、誰一人そう聞いていただけることがございませんでした。当主様でさえも……」
柳はどこからどう見ても英国風執事であり、洋館こそ相応しい。総領の館にあっては違和感しかないだろう。
「で?」
「これまで長うございました」
遠い目をする柳に不穏な気配が漂う。
「若様のお陰で念願が叶いました」
恭しく頭を下げる執事を除いた三人が揃ってあんぐりと口を開けた。突っ込む言葉も出ない。
まさかそのためだけだったとは――
「些か冗談が過ぎました――」
柳の語るところ、かつて当主に同伴して渡英した際、洗練された執事の姿勢に感銘し、用人として斯くありたいと思ったとのこと。
深い理由はなかった。
拍子抜けした舜治は渡された書状に目を通す。
毛筆で書かれたそれは荘厳とも言える筆体であり、正直読みづらいことこの上ない。
――柳からの話しを聞いて、依頼を受けてね。警護の仕事もやってみるいい機会でしょ。ただし結構な強敵みたいだから頑張って。なぁにお前さんならわけもないって。そうそう報酬はかなり期待していいよ。
「あんのジジイ!」
上質な和紙が引き裂かれる。国内有数の書家による流麗な書は意訳ではなくそう書かれていたのだ。
「ヒガシ君?」
「当主様はおちゃめな方です。大方そのような文章が書かれていたのでございましょう」
「柳さん……やる気失せた……」
もともとないくせに、さも書状のせいにする。
見越していた有能執事は縮地でも使ったのか、瞬きする間に舜治の懐に入り耳元に口を寄せた。
その動きは長田の目にも止まらない。あのお千香でさえ反応できずにいたほど。
しかし耳打ちされた舜治の目はこれでもかと開かれる。
「そ、そこまで言われちゃあ、話だけは聞こうじゃないの……」
「ありがとうございます」
ザ・バトラーは胸に手を当て、一礼して見せる。頭を下げる瞬間、口端を僅かに上げるのを長田は見逃さなかった。
「何言ったんです、柳さん?」
「やる気の出る、魔法の言葉を申し上げました」
なるほど魔法の言葉かもしれない。舜治にとっては。
サラリーマンの年収を超える報酬額を聞き、目尻を下げてお千香を抱き寄せる舜治にとっては。
「若様はセブリという山の民をご存知でしょうか?」
「いや、知らない」
「サンカ、という名称のほうが有名かもしれません」
「それも知らない。そいつらが議員を狙ってる連中なのか?」
「はい、そうでございます」
起源は定かではない。もともと山間豊富なこの国において、平野部に住まない者たちはいた。迫害されてきたのか、定住農作に馴染めなかったのか、理由は様々であったろう。
狩猟で生計を立てる者、蓑や籐製品を作って生計を立てる者などこれも様々。時折麓との交流もあったため、その存在が全くの秘ではなかった。
弱者や逃げのびる者へ積極的に手を差し伸べることが多くあったため、忌避の目で見られることはそうなかったと伝わる。
合戦などから落ちていった者たちが多く救われた話が有名らしい。
それでも蔑みをもつ者は一定数いたようで、そこからサンカという呼び名も出てきた。それ故山の民は決して自身をそう呼ばないという。
そんな中、裏の稼業に身を置く者たちが出てくるのは必然だったかもしれない。乱波、素波と呼ばれる集団が現れる。
そして山岳信仰から修験道の流れを汲む呪術師たちも。
驚くべきは、そんな山の民が昭和の時代まで存在していたことだった。戦後、時の政府主導で山から降りてこさせなければ、今もって山に暮らしていたと思われる。
「この日本で? つい、こないだまで、いたの? そんな人たちが?」
「左様でございます。わたくしもお会いしたことがございますれば」
平成生まれには見当もつかない。舜治の反応は至極当然だった。
「私も会ったことあります。というか、山ではしょっちゅう見かけましたね」
珍しく妖魔の姫が口を挟む。
「そうなの? どんな感じ?」
「いい人たちばかりでした。生活は楽ではなさそうでしたが、男も女も逞しく生きている印象ですね」
「へぇ~」
やはり想像できない。
「失礼ながら、お嬢様は飛縁魔でいらっしゃいましたか……諍いなどはございませんでしたか?」
柳からお嬢様呼ばわりされ、お千香が若干怯む。深窓の令嬢と側仕えの執事、かなり絵になりそうである。
「ありません。いい人たちにしか会わなかったのかもしれませんけど」
「そうですか……いえ、セブリの方々はそう好戦的ではありませんから」
「でも、今回の敵なんだろ?」
「はい。裏専門の個人的な活動ではないかと推察されます。物部と一族総出による対立をするとは考え難いですので」
そう決めつけるのはどうだろうね、と口に出かかった舜治だったが、柳が口にする推察は確定事項ということまでは知らない。長田を始め、物部一門で知らぬ者はない有名事実。
「俺とやりあったのは一人だけだった。牛鬼を使役する奴だ。かなり強い」
長田が腕をさすりながら、苦い顔で言う。悔しさが滲む。
「長田様が重傷を負われて引き分けるほどの強敵でございます。ここは若様に引き受けていただきませんと、物部の面目が立ちません。何卒、お願い申し上げます」
「引き分けねぇ……それって大したことないんじゃないの?」
物部巫覡としての実力を計りかねていた。そこそこ高位ではあるだろうが、比べられるほど舜治は他の霊媒師を知らない。
舜治の前でいいところを見せたことがない長田が肩を落とすので、柳からのフォローが入る。
「長田様はこれでも巫術と体術を合わせた戦闘力は物部で五指に入ります。若様からご覧になられ、頼りなく思われますでしょうが、実力は折り紙つきでございます。此度は負傷され、任を全うすること叶わなくなってしまいましたが」
これはフォローなのだろうか。持ち上げてるのか、落としているのかわからない。長田の表情が複雑なものになっていく。
「お、おう」
舜治もリアクションに困る。
そこに明確に意思表明してくるのがお千香。立ち上がって拳を握る。
「そんな仕事は反対です! 私の舜治を危険な目に遭わせることなど許せません!」
「お千香……」
「愛されてるねぇ」
長田は茶化すぐらいまで持ち直していた。これこそがこの男の有り様。
静観している柳は表情に出さないため、どう思っているのだろうかわかりかねる。
「お千香……今度、北海道に行ってみようと思うんだ」
「え?」
「行きたくないか?」
「行きたいです!」
執事が目を細め口角を上げた。




