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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
凍てつく殺意編
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02 長田無惨リピート

 いつもと変わらぬ講義風景。片岡教授の考古学講義は面白い。異端と言われている考察の波長が合うからだった。

 それだけでこの大学を選んだ甲斐があるというもの。己で書き綴ったノートを見て、舜治は満足そうに目を細めた。今日の内容は九州と大和に王朝が並立していた仮説について、だ。

 家に帰ってから読み直そうかと思う。

 そんな折、その教授から声がかかる。


「東浦君、ちょっといいかね」


「はい、何でしょうか?」


 舜治のレポート評価に加え、いつぞやの一件もあって、教授には懇意にしてもらっている。


「隣の県にある古墳群は知っているね? 先月から調査許可が下りているんだが、よりによって主墓の墓室だよ。これは大発見の予感がする」


 教授のテンションが上がっていく。己の分野になると簡単に上がるらしい。

 実際古墳からの出土品如何によっては教科書が書き換わる。


「それで私にも参加要請が来ているんだ。日時は決まっていないが、君も助手としてどうかと思ってね」


「それは願ってもありません。是非お伴させてください」


 舜治の頬も上がっていく。


「そう言ってくれると思ったよ。近々ではないが、詳しいことが決まったら教えよう」


「はい、お願いします」


 教授が離れていくのを認め、お千香が袖を引いてくる。


「今のお話しの場所は遠いのですか?」


 行く行かないの話しはしない。あくまでも舜治の意に沿う。同行するのは太陽が東から登るのと同じレベルでの当たり前。


「そうだなぁ……泊まりにはなると思うよ」


「最近、お出かけが増えて嬉しいです」


「遊びに行くんじゃないぞ」


「ふふ、わかっています」


 苦笑しながらお千香を見つめる。気持ちがどんどん優しくなっていくのがわかる。ずっと続けばいいと思う。


「そうだ、買い物に行こう。発掘調査に行くのに、着るものないだろ。流石にフリフリのついたやつじゃダメだからな」


 お千香がぴょんと跳ねた。



 作業服や靴を見繕っているうちに陽は沈みかけていく。

 仲良く一つずつ紙袋を下げ、二人は角を曲がる。母志摩子が来襲した際、お千香が足を止めたところだ。

 そんな角を何事もなく過ぎる。この何事もないというのが舜治にはとても大事だった。


 例え門塀代わりの竹垣の陰に長身の男が倒れていたとしても、だ。


 おもむろに鍵を取り出し、迷わずに開ける。

 お千香も一瞥くれただけで玄関に上がろうとする始末。

 当事者にとってはそこまでの扱いをされるとは思ってなかった。


「ちょっと待ってよ! 若さん! ヒガシ君! いや、ヒガシ様!」


「人んちの玄関先でなに寛いでんだ? ここはいつからお前の休憩所になったんだろうな」


「あの、もうちょっと非常事態的な見方をしてくれない?」


 長田の必死な訴えは空振るばかり。


「おや? 今朝方ゴミを出し忘れたのかと思ったら、しゃべるゴミですか」


「いやいや、見たよね、こっち一瞬見たでしょ!」


「もう薄暗いので気付きませんでした」


 お千香のほうがひどかった。

 薄暗いのは本当で、顔色まではわからなかったが、長田のそれはかなり悪い。


「夜目が利くだろうがー!」


 思ったよりも元気かもしれない。


「相変わらずうるさい男です」


 長田の血圧は上がり、図らずとも気力を奮わせる一役を買っていた。そう、立ち上がることができるくらいに。ただし――


 血が足りないのも忘れ急に立ち上がったばっかりに、結局はぶっ倒れる羽目になる。



「で、何しに来たんだよ」


「先ずは、怪我をしているワケを聞いて欲しい……ください」


「ヘタ打ってやられたんだろ。それ以上何を聞けと?」


 人目もあるので玄関先に放置もできず、縁側まで引きずってきていた。もちろん家には上げないし、手当もしない。そこで長田は意識を戻した。


「そうだけど……もうちょっと、こう、なんか……ない?」


 請われて舜治は思うところを手繰ってみるが――無言になるのみ。首を傾げる。


「せめて何か言ってくれー!」


 買ったばかりの作業服を着て見せようと楽しみにしていたお千香はすっかりむくれ、家庭菜園の葉っぱに語りかけていた。


 そんな悪くなる空気を察したかのように、スマホの着信音が鳴る。

 渡りに船のはずなのに、舜治は渋い顔で電話を取った。


――石上家の用人、柳でございます。フツシの若様におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。


「少しも麗しくないんだが」


――それはいけません。直ちに参上してお慰みを申し上げます。


「何? ちょっと待て。どういうことだ!」


 電話は切れていた。


「長田さんよ……本家にいる柳って人、知ってるよな? 多分、年配みたいだけど」


「柳さん? ああ、古参の執事だね。当主様の友人でもあるらしいよ」


「今から来るとか言いやがった」


「はい?」


「おや、こちらでございましたか……お目通りは初めてでございますね。柳でございます」


 燕尾型の執事服を纏った初老の男性が現れ、優雅に一礼して見せた。



「長田様、こちらにおいでになる前に、本部へ一報いただかなくては困ります」


「戦闘中に携帯落としたんですよ。ここが近いような気がして……」


「生きておいでになられて何よりです。当主様も案じておられました」


 柳は熟練の折り紙師を彷彿とさせる淀みない手捌きで長田の手当を施す。手ぶらに見えていたのに、包帯などはどこに隠していたのだろう。傷口の縫合までしている。

 舜治は見入ってしまい、お千香も寄り添って同様にしていた。それほど鮮やかな手技だった。


「えーと、柳さん? そこの怪我人を回収に来たわけじゃないよね……」


「はい、こちらに長田様がいらっしゃることは存じ上げておりませんでした。ですが本日お伺いした件につきまして、長田様も無関係ではございません」


 厄介事確定である。舜治は露骨に嘆息してみせた。


「あ、まさか俺の後任に若さんを?」


「左様でございます」


 長田の視線が泳ぐ。ジト目で見てくる舜治の方を見ることができない。妖姫の殺気も膨らんできそうな気配だから尚更だ。


「長田様にはとある議員の護衛任務にあたっていただいておりました」


 柳は治療を終え、芯の通った姿勢で舜治を見る。


「議員ねぇ」


 途端に興味が失せる。最も敬遠したい人種だった。


「通常の身辺警護はいたしません。銃器や破壊工作などからの防衛はSPが対応するからです。しかし此度は敵方が呪法を使う者を雇ってきました。それこそは我らの領分です」


「それで、こいつがしくったから、俺に?」


「よもや私の舜治に尻拭いをさせるおつもりですか?」


 お千香の声音が冷えていく。


「ちょ、柳さん、この流れマズイですよ」


「そうでございますね……そこまでおっしゃられてしまいますと、身も蓋もございません。どうか長田様の開けた穴を埋めていただけますよう、お願い申し上げます」


 こうまではっきりと告げ躊躇なく頭を下げる柳に、舜治はむしろ清々しさを覚える。

 柳の言にそりゃないだろと、長田は長田で卒倒しかかっていた。

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