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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
嘆きの君編
40/101

03 狙われた舜治

「会っていけ?」


「そう。せっかく来たんだから、会っていきなって」


 おっかさんはまるでうちの猫でも見ていけみたいな軽い語り様。寮生の面々もわかっているのか、お互い見合わせながらニマニマとしている。

 微塵も想像していなかった流れに困惑しているのは舜治とお千香だけ。


「知ってましたね?」


 舜治は土門に詰問の視線を送る。送られたほうはイタズラを見つかった子供のように顔を背けた。


「どういうことですか?」


 最強の天敵から身も凍るような風が吹いてくるのは錯覚だろうか。長い髪が風で持ち上がっていくようにも見える。少なくとも血の気が引いていくのは錯覚ではなさそうだ。

 土門は首筋に浮く鳥肌に手を当てて確かめる。


「まあまあ、百聞より一見だよ。付いといで」


 はぐらかされた感があるものの、おっかさんの先導に従うことに。

 これで少なくとも土門の処断は先送りとなったと、当人は薄い胸をなでおろす――ことにはならず、常時後ろから見下ろされ焔魔の凍てつく視線を浴びる羽目になっていく。

 あからさまにビクビクと歩む小柄な姿に、舜治はなんとはなしに微笑ましく感じ、それ以上どうこうしようとは思わなくなっていった。

 お千香がどうするかは知らない。



「ここが一番出やすいんだよ」


「いやいやいや、さすがにここは入れませんて」


 おっかさんが足を止めた引き戸の横には浴室の木札が。


「大丈夫、今は誰も入ってないから」


 そういう意味ではない。おっかさんはこともなげに言うが、舜治の感覚では二の足も三の足も踏む。年若い男の心情をわかって欲しかった。


「では、私が」


 お千香がずいと進みで、おもむろに戸を開け放つ。脱衣場であり、右手奥に浴場がある。

 中へ入るお千香に何故かしら寮生たちも続く。


「ここにはいないけどねぇ」


 廊下に佇む舜治は首を巡らし、どこにいるもんかねと探ってみる。


「わかるんだ?」


「まぁ、それなりに」


 おっかさんの問いかけに素っ気なく答えながら中たりをつける。今は二階にいるようだ。


「いません。痕跡はあるようですが……見つけましたか?」


 出てきたお千香は想い人の様子に気づく。上を向いて人差し指を彷徨わせていればわかりやすいか。


 狙いが定まったのか、舜治の人差し指が止まると――


「バン!」


 拳銃を撃つような仕草と発声。直後には――


――いったぁい! もー酷いね君!


 天井をすり抜けて幽霊が落ちてきた。


「ええーーっ!」


 うら若き乙女たちの叫びが響く。



「ええい、さっさと離れなさい!」


 魔女の鉄槌が何度も空を切る。

 舜治の首に手を回し、恋人のようにしなだれかかる幽霊がアカンベーを返す。

 そのポジションは他ならぬお千香のもの。しかし今は名も知らぬ幽霊が占めていた。これは我慢ならない。


 ところは寮の食堂に移っていた。

 おっかさんがお茶を煎れてくれている。寮生が誰も手伝わないことに土門が苦言を呈していた。


「お千香……ちょっと落ち着け」


「ですが! 舜治も暢気にお茶をすすってないで、祓ってください!」


 そう、希代の巫覡は霊に纏わりつかれて我関せず状態でいた。


――そうだ、そうだ、落ち着け飛縁魔!


「ぐぎぎ……」


 周りの面々は幽霊の姿は見えているものの、その声を聞くことができないため、事態がわからずにいた。声が聞こえているのは巫覡と妖姫の二人だけ。


「舜治、神気を分けてください! 白焔で滅ぼしてやります!」


 そんなことをすれば、この建物が全焼してしまう。それでも実際のところ、お千香は我慢してしているほうだった。今まで炎のほの字も出してしないのだから。

 流石にこれ以上のヒートアップはまずいだろう。眼尻がつり上がってきた。その瞳が赤くなる前に。


「そんなに怒ると可愛い顔が台無しだ。ほら、ここに座んなさい」


 手を取ってイスに誘導すると、お千香は引かれるままに着座した。ただし幽霊を睨むことはやめない。

 握る手に柔らかく力を込めると、お千香は視線を舜治に移し、頬を膨らませた。

 荒ぶる麗人に呆気にとられていた一同は、その表情変化に魂をやられる。


「……やだ、すっごいカワイイ」


「これが萌えなのね……」


 盛り上がっている寮生たちはとりあえず置いといて、舜治は土門とおっかさんに目を向ける。


「みなさん、幽霊の出没を知ってましたね? そして害のないことも。話してもらいましょうか」


「……はい。先ずは騙すような形になってしまったことをお詫びします」


 土門がしおらしく頭を下げる。

 舜治にしてみれば今更なため、詰めることはしない。続きを促す。


「この幽霊ちゃんが出てくるようになったのは二週間くらい前からです――」


 人懐っこい少女の幽霊が寮に出る。さりとて住人は驚きはしたものの、騒がず怯えることもなかった。それは幽霊が怖がらせてきたり、悪戯をしてきたりといったことがなかったからだった。

 姿ははっきりと見える。時折何かを訴えかけてくるのだが、それがわからない。おっかさんは筆談を試みたらしいがそれも不発だったという。

 なんとか汲んであげられないものか。

 たまたま寮生が土門にこぼし、霊能者に心当たりがあるから寮母の許可待ちだったという流れ。


「心当たりねぇ……」


「実際、あんたはあの子と話しができるみたいじゃない?」


「まぁ、そうですが……」


 舜治はおっかさんから己の首に巻き付く少女霊に視線を移す。


――君、あったかい。こうしてると気分がいいわ。


「そりゃ、何よりで」


「ぎぎ……」


 声の聞こえているもう一人がぎりぎりと歯を鳴らしているのがなんとも。


「幽霊さん、名前は? なんて呼べばいい?」


――佐和子。君は?


「俺は東浦舜治」


――ふぅん、舜くんだね!


 幽霊なのに朗らかな笑顔と声音の佐和子。対して――


「舜……くん……そんなの認めません!」


 限界だ。お千香が立ち上がる。


――君のこと気に入っちゃった。わたし、舜くんと一緒になる!


「わっちの主様でありんす!」


「やばっ! お千香!」


 もう舜治でも止められないかもしれない。

 女子寮全焼の危機。

次回、ほよよんと終わります

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