02 潜入、乙女の園
人外妖姫の発する尋常ではない殺気に当てられ膝と肩を震わせる女性教師土門があまりにも不憫で、やむなく舜治は相談事を引き受けてしまう。
女子寮に幽霊が出るなら出るで、一発除霊して終わりだ。内情なんぞ気にすることもない。
先生の案内で件の女子寮へと赴いた。
因みに衛藤妹はベンチで固まったままだったので、ほったらかしにしてある。
「はぁー、これはなかなか趣きのある建物ですな……」
舜治が見上げる女子寮は築年数を推し量ることさえできないほど老朽化していた。完全木造の二階建て、モルタルすら塗られていない。
親御さんがよく娘を入寮させたものだと感心するレベル。セキュリティ的にも問題がありそうだ。
「住み込みの寮母さんがいますから、今まで特にトラブルはなかったと聞いてますよ。私が住んでた時もそうでしたし」
実は高等部OGにしてこの寮で三年間過ごしていた土門の補足を受けても、建物の年季がそれを否定しているように思えた。
「なんというか、俺が入るのはマズイんじゃありませんか?」
分別のある若い男のもっともな疑問。それに理屈では語れない入りづらい抵抗感がある。
「大丈夫です。私が一緒ですから」
小柄な土門が胸を叩くが、少しも大丈夫な感じがしない。
お千香はわかっていませんね、とばかりに首を振っていた。
「いっそ、ひと思いに燃やしてしまいましょうか?」
「それもいいかもな」
「な、な、何を言ってるんですか! 冗談でもやめてください!」
焚き火に端材でもくべるような軽さで語るカップルに、土門は慌てる。この二人がこともなくできてしまうことを知っているため、冗談にしてもスルーはできなかった。
「はっはっはっ、やだなぁ先生、真に受けないでくださいよ」
舜治は冷汗をかきそうになる。お千香がまるっきりの冗談として言ったのではないからだ。やれと言えば即座にやることも含めて。
「あーそうか、そうだな。中に入らんくても、建物ごと広域殲滅浄化魔法で除霊してしまえばいいか」
「え、そんなことできるんですか? っていうか何ですか、そのRPG的な名前は?」
「おや先生、ゲームするんですか?」
「はい、専らソロですけど……いや、そうではなくてですね」
ネトゲで課金してまでフル装備にしてることは誰にも言えない。陰陽師としての資質のない己を嘆き、せめてゲームの中だけでもと魔法職をハイレベルに育てていたのだ。羞恥で頬が熱くなるのがわかる。
「舜治、なんかかっこいいです」
こっちはこっちで妙な感心をしている。
「まぁ、冗談はさておき……ほんとにいるとは、ね」
「瘴気は感じませんが……」
「ああ、害はないな……というわけで、先生? いつまで呆けてるんですか」
「私、からかわれてます?」
若干睨むように見上げてくる。
「そんなことしませんよ。例え課金ガチャにボーナス突っ込んでたとしても」
「う……」
「私に千枚通しを突きつけた女と同一人物とは思えませんね」
お千香の辛辣な追い打ちに小柄な体が益々縮こまる。
「……勘弁してください」
「サクッと済ませて帰りますか」
舜治もフォローはしない。
改めて女子寮を見やる。建物に憑いてるのはわかるのだが、今現在どこにいるのかがわからない。だったら建物ごと祓ってしまえばいいと考える。
それなら霊力は多めに使うが、中に入らずに済むし手っ取り早い。害もないならそもそも祓う必要性も問われてくるのだが、それを言い出したらキリもないだろう。
そんな時に腰を折られるのはもはや既定路線と言えた。
「あれぇ、由加里先生? 寮の誰かに用事?」
高等部の制服に身を包む少女が声をかけてきた。ややのんびりした声の持ち主らしい目元の柔らかい顔立ちの娘だった。
「小西さん、部活は終わったの?」
生徒の前では立ち直りの速さを見せるのはさすが教師か。何事もなかったように振る舞う由加里先生。
「今日は集まり悪くて、解散しましたー。ところでそちらは?」
小西と呼ばれた女子高生が見慣れないカップルにチラチラと視線を送る。主に黒い衣装の吸い込まれそうになる麗人へ。
「寮に出る幽霊を除霊してもらおうと来ていただいた霊能者よ」
「えー凄ぉい! 私、本物って初めて! さ、入って入って」
見た目や口調と違って行動は早い少女だった。お千香の手を掴むやいなや、寮の玄関に引っ張っていく。
引かれるお千香の表情がなんとも言えないものに。撥ね付けることもできず、売られていく仔牛のような目をしていた。
そんな顔も可愛いなと思った舜治は対応が遅れるのだった。
「ちょっと、小西さん」
土門が小走りに後を追った。
「みんなー! 霊能者が来たよー! すっごい美人だー!」
玄関に響く小西の声。大声も出せるようである。手は掴んだままだ。衛藤瑞樹が知ったのなら一騒動間違いない。
「マジ?」
「ちょっと待ってー! すぐ行くからー!」
程なくしてお千香は女子高生四人に囲まれることに。そして年配の女性が一人。
「いつにも増して賑やかだね」
寮の世話人と思われた。割烹着姿で苦笑している。
「おっかさん、ご無沙汰してます。そして、すみません」
追いついて来た土門が割烹着に頭を下げる。
おっかさんが気にするなと手を振る。このベテラン寮母は寮生におっかさん呼びを強制し、土門を始め誰も本名を知らないことは公然の秘密だ。
そしてお千香は諸手を上げていた。
「うわぁ、モデルさんみたい」
「素敵な人ー。この身長でゴスが似合うって、そういないよね」
「もしかして、大学で噂の魔女さんだったりして?」
「うっそ! マジ? あたしら超ラッキー」
大学内ではあまり見られない光景である。女子高生たちは遠慮がなかった。
遅れてやってきた舜治は、玄関をそっと覗きながらこぼす。
「俺……あそこに混ざるなんて無理だわ」
「ほんとにすみません」
謝ることがすっかり板についてきた土門だった。
「こちらの男性が東浦さん。高等部三階の怪奇現象を解決した霊能者の方です。今回の幽霊騒ぎのために来ていただきました。うちの大学の二年生ですが、その実力は疑いようもありません」
ようやくお千香フィーバーが落ち着き、土門の仕切りで始まったのだが。
「ぷっ」
お千香が噴き出した。無理もない。
犯行の主犯が解決した者を紹介するというのは、奇妙以外の何者でもないのだから。舜治でさえ苦笑いを堪えているのがそれを物語っている。
かろうじて目による牽制をしておく。
「先生、そちらのお姉様が霊能者じゃないんですか?」
「そうそう」
誰の目にもそう映る。しかも女子高生からはお姉様と呼ばれるのが確定か。
「彼女は藤堂さん。彼のアシスタ「嫁です!」ン……」
遮り断言までする。まあ母親の了承は取ってあるようなもの。後は妹か――この時、お千香はまだ知る由もないのだが。
少女たちから黄色い声が上がる。土門もびっくり眼をしていた――学生結婚なのか、と。自分は彼氏がいたこともないのに。
「物部の神通力はそんなことまで……」
それは違う。きっかけは確かにそうだったが、恋愛ごとまで万能ではない。
――帰りたい。
舜治がそう内心つぶやくのも無理はないと思われた。状況を打破するために――もとい早く帰るために手を打つ。
「外から建物ごと除霊しますんで……ああ、みなさんはそのままで結構です」
踵を返す舜治に、どうやって囲みをすり抜けたのかお千香が追従する。誰もその動きに気付かなかったほどに。
ただし、そこへ待ったがかかる。
「ちょっと待った。まあ、中に入って、幽霊に会っていったらどうだい?」
含み笑いの寮母おっかさんから意外な提案がなされた。




