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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
とおりゃんせの悲劇編
36/101

08 天神様

「嘘……だ」


「嘘ではないわ。これを見るがいい」


 道真が鳥居の残骸から何かを引き寄せる。それは額束(がくづか)だった。島木と下辺の(ぬき)の間に掲げられている神社名や神名の書かれているプレートのようなもの。欠けてはいるものの、そこには確かに天満宮の文字が。


「ここにいた者が正式に勧請(かんじょう)した(まご)うことなき分御霊(わけみたま)よ。故に我はこの場に発現できておる」


 狩衣の胸には天満宮の神紋たる梅紋も見える。

 香山病院の院長が受験に苦しむ我が子のために、学問の神と名高い菅原天神を祀ったのであればなんら不思議はない。ならば云われなき悪霊の(たばか)りではないというのか。


「我を天満大自在天神などと祀り上げたのは、その方ら愚かな人間どもよ。然るに、神罰の力を得たわ。それがこの雷撃よ!」


 幾条もの雷撃が舜治めがけて放たれる。

 八握の剣もその許容量を超え、音を立てて砕けた。光の粒子となって消えていく。


「天神なら、何故人を殺す?」


 相手の正体がわかり、舜治は落ち着きを取り戻す。神と崇められての所業ではない理由を問う。

 道真はその顔に目鼻や口は見えないのだが、大きく笑い出した。


「楽しいからよ」


「なっ……」


「楽しいからよ。我を陥れ、今更祀られたところで気は晴れぬ。ならば、その子々孫々まで(あだ)を成してやるまでよ。太宰府にあってはハレの気が多く、好きに振る舞えなんだわ。しかしここは違う。ケに満ちておる。実に良い気分よ!」


 再び高笑いを見せる道真。


「右大臣まで務めた男が!」


「ほざくな! 下郎にはわからぬだろうが。しかし、随分としゃべり過ぎたものよ。もう、雷撃を防ぐ剣もない。その命、差し出すがいい」


 道真が距離を詰めてくる。


「確かにしゃべり過ぎだったな。おかげで回復したぞ」


 舜治は柏手を打つ。地下室に反響しケを祓いたてるような空気が広がっていく。

 道真の動きが止まる。


「ぬうっ?」


「祓うは吾が神気、フツ、フツシ、フル……吾、豊葦原(とよあしはら)秋津州(あきつしま)なり」


 紡ぐは言の葉。宿し大神を呼び醒ます。


「何をしたところで、神罰からは逃れられぬわ!」


 先ほどの雷撃に倍する数が道真の体から湧き踊り、その矛先を微動だにしない舜治へと突き立てる。


 僅かに上体を起こすことができるまでになったお千香は叫ぶことができないまま、項垂(うなだ)れその光景から目を背けた。

 十種の神宝も出さず、避けることもせず、聞いたことのない言の葉。天神の雷撃が直撃するに任せるしかないのか。まともに受けると人間の肉体では原型も留めないだろうとしか思えない。

 絶望する。あの男を伴侶としてからこっち、いなくなると考えるだけで。


 道真も自身の絶対を揺るぎなく思っていた。絶命は必定。後はどれだけ引き裂かれ、焼け爛れているかを楽しみに。跡形もなくなっているかもしれない。それでは今ひとつ面白みに欠ける。そうであれば、あの女妖魔の手足を引き千切って嬲りものにしてやれば気も晴れるか。


 雷撃の光と音が収まった時、妖姫の絶望は歓喜へ、天神の高揚は驚愕へと変わる。


 そこに立つ男の瞳は銀ではなく黄金に色を変えていた。何一つ傷を負うことなく、泰然として。しかもその身に(いかづち)を纏わせながら。


 お千香は男の名を呼びたかった。声も出せないほど弱っている己が疎ましい。ただ頬を涙で濡らすのみ。せめて顔を見せてほしい。


 方や道真は事態を飲み込めずに固まり続ける。


 その道真の胸、より正確には梅紋へ直撃し貫く一筋の雷。

 イカヅチとは怒りの鎚なり。


「がぁああーー!」


 天神は神に似つかわしくない咆哮を上げる。


「げ、下郎……その方、何をした? 何者か……?」


 舜治は手を降ろし、その問いかけに答える。


数多(あまた)の名を持ち、そのひとつ、別雷神(わけいかづち)。キサマの雷撃はもはや通じん」


「ば、馬鹿な……そのようなこと有り得ぬ。それは大國魂ではないか!」


「キサマに認めてもらう云われはない」


 今度は烏帽子の下、顔のあるであろうところに雷をぶつける。

 聞くに耐えない悲鳴が祠の瓦礫へ衝突していく。


 いつまでもこうしてはいられん。そう言い捨て、お千香の元へ。


「しゅ、じ……」


「まだ、しゃべるなって」


 絹の手触りを誇る黒髪もところどころ縮れ、氷肌の煤けているお千香を抱きしめる。


「口移しは後でな」


 自分の指を噛みちぎり、傷口をお千香の口元へ差し出す。

 妖姫が舌でひと舐めすると、その目に力が戻る。立ち上がろうとするが、それは押し留められた。


「まだ、終わってない」


 瓦礫から幽鬼よろしく浮かび上がる道真がいた。

 舜治も迎え討つべく歩を進める。


「我は天神! このようなことが!」


「天神が雷で身を焼かれる気分はどうだ?」


「ほざくなぁ!」


 道真の形振り構わぬ雷撃が四方八方に放たれるが、金眼には届かない。その全てが捻じ曲げられ、発信元へと還る。


「雷神としての格が違う。雷神として、この国で俺を上回るは建角身神(たけつのみのかみ)のみ」


 それすらも継承しているようなもの。


「俺のお千香を傷めつけやがって、楽に成仏できると思うなよ!」


 日頃は至って穏やかな舜治が激する。お千香にとっては舜治が、舜治にとってはお千香が起爆装置だった。


「出ませい、フツノミタマ!」


 顕現させるは最強神剣。舜治自身が神格化している上での神剣投入なら瞬殺は目前だった。


「まだ甘いわ、人間風情が!」


 道真の左袖に一対の男女が立っていた。引きずられていった残りの不明者だった。両者とも目鼻口から血を流している。生存は断念せざるを得ない。


「まだ生きておるやもしれんぞ。その方に斬れるか!」


「堕ちるとこまで堕ちたな」


 嘲り笑う、これが祀られている神か。

 血化粧の男女が手を振りかざし、歯を剥き出しながら肉薄してくる。噛みつかれるなり、組み伏せられるなりされては致命傷を負いかねない。

 何しろこの巫覡は物理攻撃に弱いのだ。その点をいつも補ってくれていた飛縁魔の戦線復帰を今は望めない。


「死者を愚弄するかぁ!」


 されど今の舜治は惑わず。

 二人の間に向け神剣を振り下ろす。刃を当てる気はない。神気霊力の余波だけで操りから解放できるはずだ。

 奏し、憐れなカップルは糸が切れたように崩れ落ちた。仇は討つと誓う。


「掛かったわ」


 道真は笑う。

 構え直した舜治は一瞬淀んでしまった。これ以上の悪足掻きがあるのか。いや、祓い滅ぼしてしまえばいい。


 そして後ろから首を捕まれ、吊り上げられてしまう。


 誰に?


「っが、お、おち……かぁ」


 まだ動けないはずの飛縁魔に。

次回、決着!

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