07 怖いながらも、通りゃんせ
一階を虱潰し、残るは院長室。そこの観音開きになっている重厚なドアの前に二人はいた。
「開けます」
お千香がドアノブを回し、ゆっくりと開く。蝶番が擦れる音を立てた。
中には応接用のソファとテーブル、執務用の机があった。目立った調度品もなく、院長は飾らない人柄だったのかと思わせる。
その中で目を引くのが医学書が詰まった書棚だった。そしてその横に覗く暗がり。地下へと続く降り口を確認する。
どうやら書棚がスライドし隠し戸となっているようだ。
「ドラマ以外でほんとにあるんだな、こういうの」
妙なところで感心する。重たいものの素直に動く書棚を開けたり閉めたりしてみた。
改めて階段下に目を向ける。降りきったところまではぼんやりと見える。その先がありそうだ。
「私が先行します」
二人で並んで降りられるくらい幅に余裕があるのだが、お千香は降りた先の危険性を案じ、斥候を志願する。
だが舜治は制止した。
「ちょっと待て……用心に、な」
両手を上げ深く息を吸う。臍の辺りで力の漲りを感じるまで目を瞑っていた。神気をブーストする呼吸法、気吹だ。開けられた眼は銀色に輝く。
更に八握の剣と道返の玉を顕現させる。玉はお千香へ手渡された。
「道返はお千香が持て」
「それほどの敵ですか?」
悪鬼羅刹と相対する前から備えをする舜治は見たことがない。神宝はまだしも気吹まで遂げてパワーアップを果たしているのだ。橙色の珠玉を渡されたお千香は驚愕に目を開く。
「そこまでわからんけど、無防備は厳禁って言ったのお前じゃないか」
やや憮然とした顔で見つめ返す。
「そうですけど……いつにもないから……」
「お前にさっきみたいな顔させたくないんだよ! 言わせんな、恥ずかしい」
生き残り女性の記憶を探った際のことだ。これは見つめたままでは言えなかったようで、ぷいと逸らす。二人の間で今更恥ずかしがることがあったとは。
喜ぶのはお千香だ。
「はい! 私、頑張りますね。舜治にはかすり傷ひとつ負わせません!」
「お、おう」
逃げるように地下への階段に足を降ろしていく。
「もう、先に行かないでください」
降りきったところは廊下、長くない先に扉が見える。
霊力の上がっている今の霊媒に照明は必要ない。はっきりとそれが見えていた。
「いる……間違いない。あの先だ」
ここまで来てやっと感知できた。ブースト前ならそれも厳しかったかもしれない。
「私では霊気や妖気は感じられませんが……悪意の塊が存在していることだけはわかります」
二人の顔つきが変わる。これは想像以上の強敵を覚悟したほうがいい。
「お千香、ドアを開けろ。同時に一撃ぶち込む」
「はい。カウントいきます、三、二、一、零!」
開いた扉の向こうへ目視で確認もせず、剣を振って雄詰を放つ。
お千香が巻き込まれないよう動くことは想定済み。その辺りの息の合わせ振りは完璧だ。お互い語るまでもない。
霊撃波の飛び込んだ先から爆発音が轟いた。
これで敵にダメージがあったか否かで対応が変わってくる。剣と気吹を使ってダメージが通らなければ相応ということだ。
二人は頷き合って、警戒を解かずに中へと侵入する。
中は地下室とは思えない広さがあった。天井も高く、その広さはバレーボールのコートくらいはあるようだ。
奥にはなんと鳥居と祠であったものが見える。鳥居は両脇の柱に僅かに残る笠木と島木でなんとなくそれとわかる。柱に水平に渡されている上辺が笠木で反りがある明神造りのようだ。笠木にくっついてやや短い添えを島木という。
祠に至っては半壊を通り越していて、鳥居の奥にあるからそうなのだろうと。
「何かを祀っていたのか?」
「油断しないでください。未だ悪意が消えていません」
「わかってる。のこのこ近づいて餌食になったら洒落にならん」
二人は手にある神宝を改めて確認する。その神威が舜治の巫覡としての強さを格別なものとしている要因のひとつだ。一種でも物部の高位霊媒師数名を圧倒する強力さ。
しかし最初から十種全てを出していれば良かったと、そう遠くない未来に思い知る。
「やってくれたな、下郎」
半壊した鳥居の傍に烏帽子狩衣を着たモノが立っていた。
「捜したぜ……会いたくはなかったがな」
「我が社を破壊した罪、その命で贖うがいい」
「ほざけ悪霊が!」
狩衣が手を翳そうとした動きを見て、先を制す。剣を横薙ぎに払い霊力の衝撃波を放つ。
しかしそれは狩衣の突き出した手のひらに遮られた。衝突の音だけが虚しく響く。
「ちぃ」
「無傷?」
二人に緊張が走る。
どうやら突入時の不意打ちもダメージを与えられてはいない。威力は落ちるが今の一撃もここまで防がれたことなどなかった。
お千香も火球を放つが、これは手を使い弾き飛ばされた。半壊した祠に火が点くのを嫌ったためか。
「悪霊とは我のことか? 口の利き方を知らぬ下郎よ。神罰を食らうがいい」
厳かに、そして力を込めて狩衣は言い放ち、人差し指をこちらに向けた。そこに神気の高まりを感じる。
邪気や妖気ではなく、神気の力だ。
「まずい! お千香、俺の後ろに来い!」
舜治は剣を眼前に構え防御の姿勢をとる。お千香がその影に入ろうと飛び込んでくるが――
「ぎゃん!」
電気の塊がお千香を襲う。直撃したお千香は吹き飛ばされ、床を転がっていく。
「お千香ぁ!」
振り返り何よりも大切な名を叫ぶ。
道返の玉の神威に加え、お千香本体の耐性があったのにこの結果だ。かなりの攻撃力である。
お千香は起き上がろうと身を捩るが、力が入らないようだった。生きていることだけは確か。
駆け寄り抱きしめたいが、二人の間でバチバチと鳴る稲光が邪魔をする。
「ほう。我の雷撃を受けて絶命しないとは……丈夫な妖魔よ」
「キサマァ!」
感心するような狩衣の口ぶりに、舜治の目が吊り上がる。
邪魔な稲光の壁に向かって、ありったけの霊力を込めて剣を振るう。
打ち払われた稲光は霧散し、遮るものはなくなった。敵に背を向けるのも厭わず愛する妖姫に駆け寄った。
狩衣は見逃す筈もなく、その背に向かって雷撃を撃つ。
狙われるだろう背中に舜治は後ろ手で剣を放った。
まるで避雷針となるかの如く、雷撃は剣に吸い込まれ消える。
「お千香! しっかりしろ!」
「……わ、たしは、大丈夫で、す。敵を……」
お千香を抱き起こすと、その表情は苦しげに喘いでいる。
目を離し背を向けたままの舜治をお千香は案じた。この期に及んでいじらしい。
「ああ、直ぐに片付ける。少しだけ待っていろ」
再び寝かせるためにゆっくりと手を放し、その身を護るように二枚の鏡を添え並べた。
立ち上がり、狩衣を睨みつける。
「直ぐに片付けるとな? これは異なことをほざく。しかし、奇っ怪な道具を持っているものよ。陰陽師ではないようだが……何者か」
狩衣は未だ雷撃を防いでいる八握の剣を興味深げに見つめる。
「キサマこそ何もんだ? ただの悪霊が雷を使えるはずがない!」
「我を悪霊呼ばわり、おこがましいにも程があるわ! 我こそ従二位の右大臣……」
「それは……」
「菅原道真である」
日本三大怨霊の一柱がここに。




