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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
とおりゃんせの悲劇編
34/101

06 帰りは怖い

人死の描写があります

 病院として建てられたためか、打ち捨てられてかなり経つのに木造ながらもしっかりとした建物だった。床や壁に抜けなどは見られず、窓ガラスが割れているくらい。

 ガラスの破片を踏み割る音を鳴らしながらエントランスへ入り、直ぐに待合のホールへ。内部は陽が入り十分明るい。長椅子が整然と並んでいることに違和感を覚える。

 床の埃跡から複数名侵入したことがわかる。


「妙だ……何もなさ過ぎる」


 霊障絡みで廃墟には何度も足を踏み入れているが、ここまで何も感じないのは異例のことだった。例え全くの無害物件でも残滓くらいはあるものだ。

 意図的に隠蔽されていることを疑わなくてはならないだろう。それも最高位霊媒を欺けるレベルの存在を。


「舜治、人の気配がします。生きている人間です」


 受付カウンターのところにいたお千香が天井を仰ぎながら言う。

 釣られて舜治も仰ぎ見る。


「上だな」


「はい。一階には誰もいないと思われます」


「一人か? 話では四人らしいが」


「一人ですね」


 残り三人は望み薄かもしれない。

 気を引き締めて階上を目指す。階段の軋む音が後の展開を暗示しているようで暗い気分になりそうだった。


 二階に上がると、入院病棟らしく同じような入り口が並んでいた。そのうち半分ほど戸が開け放たれている。


「血の臭いがします」


 妖魔らしくなく血の臭いを嫌っているお千香が柳眉を崩す。それでいて舜治の傷口だけには飛びついてくるのだが。

 どの部屋かまでは定かでないため、一部屋ずつ探っていく。効率は悪いが用心してツーマンセルは保ったままだ。


「ここが特に濃いようです」


 引き戸の上に八号室の札がかかる部屋、そこでお千香の動きが止まる。

 舜治の警報は未だ反応しない。そっと戸を開けた。


 布団もシーツもないベッドが二床並んでいた。ただし、そのうちのひとつに横たわる人間がある。いる、ではなくある、だ。

 近寄らずとも息をしていないのがわかる。衣服に乱れはなく、首周りから血が噴き出した痕がある男性の遺体。その血は乾きかけていた。

 飛び出しそうなほど目が開かれた絶叫の死相に、二人とも堪らず顔を背けた。


「最悪の結果か……」


「舜治、こちらに」


 袖を引くお千香に促されて目をやると、部屋の片隅で蹲る女性がいた。小刻みに震えているから生きてはいるようだ。お千香の気配察知にかかったのはこちらと思われる。これで不明のうち二人確認できた。

 ベッドから垂れていた血溜まりを避け近づく。そして彼女の肩を揺すってみた。


「おい、大丈夫か?」


 ゆっくりと顔が上がる。顔色も悪く目は虚ろだ。一昨日からこの状態なのだろうか。それに聞き取れない声音で何度も呟いている。

 口元に耳を寄せると――


「タスケテ……タスケテ……タスケテ……」


 と、繰り返す完全に忘我状態だった。どこか負傷している様子はない。精神だけがやられていた。どれほどの恐怖を味わったのだろう。


「この人を外に連れ出そう」


「私が背負います」


「頼む」


 舜治の先導で警戒しながら一旦外に出る。特に階段口では注意を払った。出会い頭に遭遇しては堪らないものがある。

 あに図らず何事もなく前庭に辿り着き、大きな木立に彼女を預ける。


「何があったのか、見せてもらうか」


「賛同したくありません。前回、顔色が悪くなってしまいました」


「ちょっと気分が悪くなるだけだ。今は手掛かりが欲しい」


 そう言われてはお千香も見守るしかない。

 今にも泣きそうな瓜実の頬を撫でて、舜治は「大丈夫だ」と言い聞かせる。実際この男の大丈夫はあまりアテにならない。嫌々ながら事に当たるくせに、最終的には結構な無茶もするからだ。当の本人にその自覚が薄いことが一番のネックかもしれない。


「さて……」


 木にもたれる彼女の頭に手を翳す。こうして霊気の波長を合わせると強く焼き付いている記憶を覗くことができる。

 ところが途端に舜治の顔が苦悶に歪む。


「く、はぁー」


 一歩下がって大きく息を吐く。予想以上に堪えた。この一瞬で汗が幾筋も流れ落ちる。女性が受けた恐怖が刹那の時間に押し寄せてきたためだ。

 精神的にかなり削られた模様。

 お千香が寄り添い汗を拭ってくれる。こちらも血の気が引く思いでいる。とりあえず舜治が持ち直すまで声はかけない。

 本心は全てうっちゃって、大事な伴侶を抱えて飛んで行きたいくらいだ。


「ふう……ちょっとキツかったわ。お千香、もういいよ。ありがとう」


「……はい」


 心配が顔に溢れ、逆に悩ましげに見える。

 これには舜治も罪悪感を覚えずにはいられなかった。


「悪霊だ……でも、なんだ? 時代が合わないな……」


「自殺した院長の息子ではなかったのですか?」


 その線だと思っていた。なにせ香山病院閉鎖の主たる要因だ。

 受からない資格試験を苦にしての悪霊堕ちだとわかりやすい。


「狩衣を着ていた……烏帽子も被ってたし。平安時代の貴族みたいな奴だ。何者かまではわからんかったよ」


「そうですか……見つけ次第、滅ぼしましょう」


 残留思念だけで舜治にダメージを与えてくれた輩は許せない。妖姫はサーチアンドデストロイを誓う。


「ああ、その前に警察の人に来てもらおう。この人を病院に連れて行ってもらわないとな……ちっ、ダメか!」


 しかしそれは叶わない。取り出したスマホは圏外を表示していた。

 お千香に担がせ、トンネルを戻るという選択肢も採れない。その際お千香が干渉されてはよろしくない事態になり得る。飛縁魔に飛んで行かせる手もあるのだが、それはそれで問題になりそうだった。

 元凶を叩くのが最善か。


「ここに安置するしかないのではありませんか? 恐らく動き回ることはないと思いますから」


「……そうするか。少し気の毒だが。さっさと倒してしまえばいいだろう」


「それで、悪霊の居場所はおわかりになりました?」


「ああ」


 舜治に流れ込んだビジョン――


 病院内を探索していた二組のカップル。一階と階上に分かれて行動することに。先に悲劇に見舞われたのは二階に上がった組だった。

 入院部屋のひとつに入った時、急に女の体が宙に浮き上がる。繋いでいた手は虚しく離れ、その体がベッドに叩きつけられた。男が駆け寄り女を助け起こそうとしたのだが、その動きが止まる。いつ現れたのかわからない狩衣姿の何者かに首を掴まれていたからだった。

 女はベッドから這いずって部屋の片隅へ逃げる。男を掴まえている狩衣と目が合った。烏帽子の下に顔は見えてはいないのに、濁りの塊のようなものが二つ、眼窩と思えたからだ。堪らず悲鳴を上げた。

 まるで悲鳴を上げるのを待っていたのか、そのタイミングで狩衣が掴んでいた首筋から血が噴き出した。男は気道まで裂かれたのか、絶叫を上げる表情ながらも音声を出せない。

 狩衣が手を離すと男はベッドへ倒れていった。

 次の標的は自分、そう思った時、一階にいたはずのカップルが姿を見せる。先の悲鳴を聞きつけやってきたのだろう。

 狩衣は振り向き、増えた獲物に照準を変える。

 部屋の異変を認め固まっているカップルに「逃げて!」と叫ぶが声が出ない。

 狩衣はまたたく間に近づいたかと思えば、動かないカップルの顔を掴んだ。左右に一人ずつ。そしてどこかへと歩む仕草なく部屋から出ていった。何も抵抗できない二人を引きずって。

 女は独り残され、蹲ったまま動くことができたかった。


 女の記憶からの映像はここで途切れた。

 しかし最高位霊媒たる舜治はこれだけから手掛かりを得る。女の記憶の端から悪霊の零した悪意を拾う。

 その行き先は――


「地下室だ」

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