05 往きは良い良い
そのトンネルは丘での宅地開発を進めるために掘られたものだった。工事中は景気に沸いたが、いざ開通してみるとその先での開拓に頓挫し、一件の病院が建てられるに留まった。
その病院の名が香山病院。
温泉街に開かれた病院は立地上若干の不便はあったものの、見立ての良い医師を揃え評判となる。しかしある時、院長の息子が医師国家試験に何度も失敗したことを苦にして自殺してしまう。そこから雲行きがおかしくなり、やがて閉院し打ち捨てられてしまった。それはもう数十年前のことであったという。
女将は大女将にせっつかれ仕方なしにそう語った。
「大女将、本来お客様にお伝えすることではありません。それに、東浦様へ大変失礼なもの言いです」
そう咎めたあと、舜治たちへ謝罪した。
「……大女将さん?でしたか、昨日も妙なことを言ってましたが、どういうことですか?」
「あそこは昔から恐ろしいところよ。恐ろしい化物がおる。土地の者はそれを知っておるから、だぁれも近寄ったりはせん。だからこそ、お主じゃ」
「だからこそ、の意味がわからないんですよ」
「まだ言うか。霊媒師」
あまり表情に変化のなかった大女将が口の片端を上げ、威嚇するような視線をぶつけてくる。
霊媒師という言葉に女将や中年たちが丸くした目を注いでくるのは当然だった。
「なんでバレてんのかね」
これは押し切られ巻き込まれるいつものパターン。霊媒はとぼけるのを諦める。ついでに敬語で話すことも。
「見ればわかるわい。さっさと行って、除霊してきてもらおうか」
「簡単に言ってくれる」
額に手を当ててため息をつく舜治はせめてもの抵抗として悪態を吐いた。
「昼飯はばあさんの奢りだからな」
大女将はしてやったりの笑顔で返すのだった。
そして件のトンネルの前。
お千香を伴い着いてみると立ち往生を食らわされていた。パトカーが一台と警察官が二人いるのだ。トンネル口には黄色と黒のテープが張られている。肝試し気分で訪れたであろう若者も数名締め出しにあっていた。
「これは予想外……」
「ですね」
ここまで案内してくれた中年男性が警察官に事情を聞いているが、通してもらえるかは難しそうだ。
「それに……何も感じないんだよなぁ……」
霊媒としての霊感知に何も引っかかってこないのだ。中も見通せず、蔓が垂れ下がり如何にもな雰囲気いっぱいのトンネル口だが、それだけだ。そもそも本当に心霊や怪奇現象があるなら町に着いた時点でわかる。
最近空振りの経験から、自身の感知力に幾ばくかの自信喪失はしているのだが。
「強行突破しますか? 恐らく追っては来ませんよ」
相変わらず物騒な思考と発言。
「走るの?」
「舜治はもっと体を鍛えるべきです」
「……わかってるよ」
そうは言うが今まで何もしていない。結果、身体能力は並故にお千香の足を引っ張ること多数。
どうしたもんかと思案中のところ、先の中年男性が戻ってくる。
「二人だけなら、入れてくれるそうだ」
「俺らだけ?」
理由を問うと、蔵水羽の大女将の名を出せばなんの支障もないとのこと。
「なにその影の権力者的な展開?」
あの大女将の謎が深まる逸話がまたひとつ。
KEEPOUTとびっしり書かれたテープを潜ってトンネルへ侵入する。
後ろで入れない連中が警官に食って掛かかっているようだった。場違いなカップルだけが通してもらえるのだからさもありなん。しかも許可の理由が理由だ。
トンネル内部においても霊障は感じられなかった。ひんやりとした空気がまとわりついてくる。
「灯り点けます」
お千香が照明用の火の玉を灯す。二人の歩みに合わせて前方に浮かぶ。夜目の利くお千香には必要ないものだが、舜治には必須だ。
「途中で曲がってるんだな」
ちょうどカーブに差し掛かる。
前触れなく火の玉が消えた。
「お千香?」
不意に訪れた暗闇に、舜治は若干慌てる。隣の妖姫が自ずから消すはずがない。
「と~りゃんせ、と~りゃんせ~、こ~こはど~この細道じゃ~」
澄みきったお千香の歌声がトンネル内に響く。誰もが知るフレーズが反響して音色は実に心地よい。この非常時でなければ聞き惚れてしまうほどだ。
「天神様の細道じゃ~、ちょ~っと通してくだしゃんせ~、御用のないもの通しゃせぬ~」
「お千香!」
舜治は突如歌い出したお千香の肩を掴み揺する。暗闇でも纏う妖気で所在はわかるからこそできる。しかし歌は止まらない。
「この子の七つのお祝いに~、御札を納めに詣ります~」
「お千香!」
今度は強く揺すり、かける声も大きい。これでダメなら頬を張ろうかと考える。
「……舜治? どうしたんですか? あら、灯りが消えてますね」
再び灯る火の玉。
「お前……憶えてないのか?」
「え? 何をですか?」
どうやらそうらしい。
舜治は目の霊力を高め周囲を監視する。やはり何もない。
続けてお千香を見るが、僅かながら妖気に毛羽立ちを感じるものの、異状はなさそうだった。
「何かあったんですか?」
表情こそ覗えないが不安な様子が伝わってくる。
「先にここから出よう。それから話す」
お千香の手を引いて出口を目指した。カーブを過ぎると出口から光が見える。
二人がトンネルをくぐり切るまで何事も起こることはなかった。
目の前には廃病院がそびえていた。
「なんともないか?」
お千香の額に手を当てたり、首筋を触ったりして異状がないか確かめる。手足も擦ってみるがセクハラのつもりはない。表情は至って真剣だ。
出会ってからこっち、お千香が何某かの干渉を受けた経験がないのだから、それは心配になるというもの。
当のお千香もされるがままだ。こころなしか嬉しそうに見える。戦闘力の高さや肉体の強靭さ故、愛する男にあまり心配してもらえないからだった。
「はい、大丈夫です……あ、胸元が少し痛いです」
「よし、異状なし」
顔を赤らめながらでは聞き届けられなかった。お千香は口を尖らせて抗議する。
もちろんそこは流して、トンネル内での異変の話に。
「急に火が消えたと思ったら、お前が歌い出したんだよ。少し揺すったくらいでは正気にならんかったから、もう少しで頬ペタはたくとこだった」
「私が……歌を?」
「そうだ。初めて聞いたぞ。いい声だった。なんで今まで聞かせてくれなかったんだよ」
「……その……私……かなり下手なんですけど……だから歌ったことなかったんです」
「いや、あんな状態じゃなきゃ、ずっと聞いていたいほどだったな」
自覚とだいぶ乖離していて恥ずかしいのか、お千香は両頬に手を添えて腰をくねらせる。放おっておいたらいつまでもそうしていそうだ。
「それで歌なんだが……通りゃんせの歌だ。覚えてないか?」
「それって……往きは良い良い?」
「帰りは怖い」
ネタを仕込んでいたかのような息の合い様。
「すみません、全く覚えが……」
「そうか……仕方ない。しかし、俺の感知に引っかからず、お千香まで干渉されるとはな。一筋縄ではいかんかもしれん」
「はい、気をつけます。舜治こそ無防備は厳禁ですからね」
耳の痛い言葉から逃れるように廃病院に臨む。




