02 宣伝はしてないはず
「はい?」
カップルは見事な息を合わせるも、やや間抜けな返事となった。
「言ってる意味がわからんのだが」
「まあ、そうよね。こないだ菜津子ちゃんに会ったって言えばわかるでしょ?」
「いや、さっぱり」
間髪をいれず答える舜治に思い当たる節は無い。
「いやいや、菜津子ちゃんとよく会ってるでしょ。あの子から聞いたんだから」
玉樹は確信を持って問い詰める。両手が握り拳になっているほどだ。
「舜治、ひょっとしてなっちゃんのことではないでしょうか?」
「ん? あの子、菜津子っていうのか?」
そこそこ懐かれていた童女の名前が今判明。お千香も今更思い至ったようである。
「何気にひどいね、ふたりとも。結構慕ってた風だったよ」
「それは申し訳ないけど、最初からずっとなっちゃんだったからさ」
お千香も長い髪を揺らして首是する。
「それでなっちゃんがどうしたって? 遊園地のお化けなら解決したって聞いたぜ」
舜治が解決したとは言わない。
「そう、それよ!」
地元出身の玉樹は菜津子と近所であり、菜津子が産まれてからの付き合いだった。母親に子守を頼まれるほどそれは深い。当然廃遊園地の件も聞かされていた。
ところが最近すっかり沈み込んでいた菜津子に笑顔が戻る。
――お兄ちゃんがやっつけてくれた!
菜津子は一人っ子。ならばそのお兄ちゃんは誰だと詳しく聞けば――見た目はこんな、公園で遊んでくれる、一緒にアイスを食べたなどと拙いながらも懸命に説明する嬉しそうな菜津子に、玉樹は一人の男を思い浮かべた。
今のご時世若い男が童女にそんなことをすれば通報事案だが、決め手は必ず一緒にいるという長い髪の黒装束女だった。聞けば聞くほど特徴は大学で一番有名なカップルそのまんま。
そこから声をかけるに至る。
「東浦君もご近所さんだとはね」
「前のアパート追い出されたんだよ」
――お千香が転がり込んで来たせいで。
舜治に軽く睨まれたお千香は何ですかと可愛く小首を傾げる。
「本題に入っていいかな?」
靴裏が地面と音を鳴らし、玉樹は苛立ちを覚えずにはいられなかった。
■ ■
結局昼休みが終わりそうということで、午後の講義終了を待って話の再開となった。
場所は学内カフェ。円卓なのに二対一で対面する形で座っていた。
――話しづらい。
着座位置も手伝って、玉樹は居心地の悪さを呪いたかった。
「あの、藤堂さん、そんなに警戒しないでほしいんだけど」
お千香はこれ見よがしに舜治の手を握る。
「安心して。彼氏として東浦君を狙ったりしてないから」
「それは私の舜治に魅力が無いとでもいう意味ですか?」
膨れあがる殺気は別にして玉樹は心内で肯定する。顔立ちが悪いとは思っていないが、惹かれるものがないと感じるのだ。
女房妬くほど~を地で行く舜治なのだが、お千香には通じない。
「お千香、話が進まん」
流石に舜治が窘め、手を解く。
「それで衛藤、ゴーストハンター? 本当に俺が遊園地のお化けを退治したと思ってんの? なっちゃんがどう言ったのか知らんけど、普通に考えてそうはならんだろ。 大体俺が何だ、霊能者に見えるのか?」
「それは……そうなんだけど……」
次に玉樹はお千香をチラチラと見だす。
そのお千香は解かれた手をどうにか舜治の裾か袖にでも絡められないかと遊ばせていた。
「噂なんだけど、藤堂さんが黒魔術を使えるって。だから、そういうこともできたんじゃないのかなって思ったんだ」
「魔女だけに?」
「魔女だけに」
「アホですか?」
遊ばせていた手を止めてお千香は冷たく言い放つ。そして玉樹奢りのコーヒーをすする。
「アホだな。いつまで女子高生気分なんだよ。何だ黒魔術って。惚れ薬でも作ってん……」
舜治は途中で言い淀む。
有り得そうだ。簡単に想像できる。しかもかなりハマる。いや、お千香なら実際にやっているのではないか。
必死でその光景を頭から散らす。
「舜治、何かおかしな妄想していませんか?」
「してない、してない。衛藤が悪い」
お千香の目が怖い。髪の隙間から覗くだけにひとしおである。
「だって……」
ここに来て玉樹も自分がおかしいと思い出し、小さくなるしかない。
「しかも最終的な目当ては俺じゃないし」
「う……それは、ごめん」
そこへ意外なところからフォローが入る。
「これ以上衛藤さんを責めても仕方ありません。それに私の舜治がまるで役に立たないような口ぶり、納得がいきません」
豊かな胸を張って言うお千香。揺れる音が聞こえてきそう。
逆に舜治ははっとなる。余計なことを言う前兆だ。
「あの遊園地の魍魎を祓ったのは間違いなく舜治です。衛藤さんがどんな霊障に悩まされているのかは存じませんが、私の舜治が立ちどころに解決してみせます!」
「おまっ!」
「ねっ」
髪を掻き揚げウインクを寄こすお千香の頭を舜治は平手ではたくのだった。
夫婦漫才かとツッコミをいれた玉樹は正しい。
「二人の認識を改める必要があるわ」
お千香が尽くしながらも舜治を尻に敷いていると思われていた二人。実は主導権は完全に舜治にあるようだと。
「……痛いです」
「お前が悪い。それにそこまで強く叩いてない」
頭を擦り涙目のフリをするお千香に舜治は優しくしない。
「隠したかったの?」
玉樹にしてみればもっともな疑問。漫才じみたやり取りでもそこに真実を感じていた。
「まぁな。唯でさえ厄介事が寄って来るんだ。自分から触れて歩く気はないさ」
「でも菜津子ちゃんのことは助けてくれた。ありがとう、私からもお礼を言っとく」
「あの子は、まぁ、可愛いからな。特別だ、特別」
お千香に妬かれない唯一の女の子、それがなっちゃん。あのヒマワリのような笑顔は全てに優先する。二人の共通認識。
「ほんとに東浦君が霊能者……しかもちゃんと除霊とかできるんだ」
確かにそうは見えない。どこにでもいる年相応の学生。しかも頼り甲斐も薄そう。特異な点は不思議な美女を連れていることくらい。
舜治も自覚しているところだ。
「母方の遠縁に本職がいるんだよ。俺はある種の先祖返りで、たまたま霊感が強いらしい」
ぼかして答える。既に突き放す気は無くなっているが、舜治の秘事はとても明かせない。
知っているのは一門の本家筋のみ。例外は舜治の両親とお千香だけである。
「これでやっと本題に入れそうね。実は私じゃなくて、相談したいのは高等部にいる妹のことなのよ」
話が拗れないことを切に願う舜治であった。