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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
たそかれの憂鬱編
27/101

長田真一郎の憂鬱

 物部の霊媒師長田真一郎は思った。

 最近、自分に振られる任務が多いのではないか、と。自分への扱いが雑ではないか、と。

 報酬はきちんと払われている。しかし、仕事の内容が腑に落ちない。悪霊退治は本分だからまだいいのだが、自分のレベルに合っていないように思う。

 実戦においては一門の中で十指に入る。それが掛け軸のお祓いだの、狐憑きのお祓いだの、この間は新築予定の地鎮祭だった。

 果ては某後継者への繋ぎに使われる始末。


――誰かの差し金じゃないよな?


 そう思っても無理はなかった。


■ ■


「そろそろ収穫してもいいんじゃないですか?」


「そう見えるよな……」


 一畳ほどの菜園の前で膝を曲げ、二人は順調に育った小松菜を見下ろしていた。その隣にはリーフレタスが生えている。


「無農薬でいけるもんだ」


「卵と炒め物にしましょう」


 金欠に備えて狭い縁側の前庭に野菜の種を蒔いてあったのだ。支えや囲いもいらない品種を選び、素人でも収穫できそうなものばかり。蜂の比礼で虫除けの術をかけてあるので、葉物なのにきれいに育っている。他の霊媒師が聞いたら卒倒するような術の使い方だ。


「これでしばらくしのげるな……」


「すみません。私の受講料のために……」


 そう、今こそ備えが役に立つ時。

 学生に不相応な額を手にしていたが、調子に乗って散財した上、お千香の聴講生としての受講料納期がきていた。結果、財政状況が逼迫する。


「なぁに、これで今まで通りってことだ。この野菜があるだけマシだろう」


 先に立ち上がった舜治がお千香の頭を撫でる。


「そうですね! 私、節約料理頑張ります!」


 頭に乗せられた手をとって立ち上がり、大事そうに自身の胸に掻き抱くお千香。目を伏せる様が美しくもあり、しおらしい。


 舜治の劣情を刺激する。

 そのまま唇を寄せようとしたその時――スマホの着信音が鳴り響く。


「ちっ」


 渋々確認すると未登録の番号。出たくない。

 お千香もいい雰囲気を破られ、機嫌の度合いが傾いていた。

 鳴り止まないため、出てみる。


――やあ若さん、元気?


 即切り。

 再び鳴る。もちろん同じ番号。


――ちょっと、ヒガシ君、切らないでよ。


 再び即切り。


「やれやれ、迷惑な電話だよ」


 演技丸出しでお千香に向き直る。お千香も苦笑い。


「嫌われたもんだねぇ」


 縁側に背の高い男が現れた。



「何しに来やがった」


 心底嫌そうな舜治の言い様に、痩身の男が破顔する。


「俺とヒガシ君の仲でしょ。そんな邪険にしないでよ。いい話持ってきたんだからさ」


「碌な話じゃないだろうが。そもそも誰と誰の仲だって?」


 相手の背が遥かに高いため、舜治は思いっきり睨み上げる。後ろからお千香も般若の形相で加勢してくる。尋常じゃない殺気が髪を束ねていたゴムを弾き飛ばす。かなりお冠だ。以前舜治の傷口に触ったことは許してない。


「ちょっとお二人さん、その視線止めて。ゾクゾクしてくるよ。変な性癖に目覚めそうだ」


 気持ち悪い返しをしてくる男に、こちらの毒気も抜かれてしまう。のらりくらりが長田の持ち味だった。


「要件を言え。いや、待て。こないだの芸能人の件が先だ。言い訳くらい聞いてやろうじゃないか」



 まさかそんなことまで詰められると思ってなかったのか、若干しどろもどろで言い訳をかます長田。

 舜治とお千香は縁台に腰掛け、お茶を啜りながら聞いていた。はなっから中身はどうでもよく、嫌がらせでしかない。当然長田は立ったまま。


「――というわけです」


「あ、そう、わかった。んじゃ、帰っていいよ」


「いやいやいや、まだ本題に入ってないから!」


「ちっ、流れでいけるかと思ったのに」



 とある都市の水源地に霊出没の噂が湧いた。

 一台の車がガードレールを突き破り、水源の人造湖に水没する事故があった。搭乗者四人全員が亡くなる痛ましい事故だった。

 噂はここから始まる。

 昼となく夜となく、自己現場周辺で人影の目撃情報が頻発。幸いそれに引っ張られた事故は起きていないが、心霊スポットとして広まりつつある。

 当然面白がって訪れる若者達が増えた。現場付近にある展望台を備えた駐車場に屯するようになる。

 そんな若者のうちの一組が錯乱状態で発見される。原因は不明。

 そして、その日を堺に水源地の管理施設の設備に誤作動が起きるようになった。機械的な異常は認められず、行政の担当者は頭を抱えているという。

 幽霊騒ぎはどうでもいいから、設備の異常をなんとかしてほしい、インフラ故に可及的速やかに、と。


「は?」


「でしょ」


「でしょ、じゃねぇよ!」


 一通り説明した長田に当たり前のツッコミが入る。突っ込まれた方はどこ吹く風といった感。


「お前が一人で行けよ。大体、ホイホイホイホイ話持って来んな! お前には家に妖怪ポストがあるように見えてんのか!」


「やだなぁ、あっちは無報酬、こっちは報酬があるから良心的でしょ」


「この男の片目、抉り出してやりますか?」


 お千香の口から物騒な言葉が。舜治が許可を出せば即実行に移るだろう。右手が忙しなく動いている。

 長田が顔を引き攣らせて一歩下がる。この飛縁魔ならやりかねないのを知っているからだ。伊達に鉄槌を食らってはいない。ご丁寧に左目を塞ぐ。

 舜治からも追い打ちが――


「どうせ開いてるかどうかわからん細い目だ。片っぽくらいいいだろ」


「いや、見えてるから! 両方ちゃんと見えてるから!」


「ちっ」


 やはりこの二人の相手はやりづらい。


「絶対裏がありそうに思うでしょ?」


「そうだな」


「幽霊騒ぎのほうじゃなく、設備の異常についてだからね。物部に依頼される話じゃあない」


 これには長田もおかしいと思っていた。ついては昨日下見をしてある。結果――


「湖に何かいるね、あれは。事故とは関係なく。それが水源設備に干渉していると思う。俺の手に余りそうな気配がひしひしと感じてきたわけで……」


「あ、そう。頑張ってね。高位霊媒師さん」


 よっこらしょとわざとに口に出し、舜治は室内に入ろうとする。


「さっきの話、覚えてる? 報酬出るんだよ。大学って、お金かかるんだってねぇ」


 舜治の動きが止まる。


「てめぇ……なんで、それを」


「ほら、今は情報化社会だから」


 物部の情報力侮り難し。


「やはり目玉をくり抜きましょう」


 お千香が踏み出す。


「いや、待てお千香。お金は大事だ。こないだ行ってみたい温泉も見つけたし、乗ってみるのもいいかもしれん。こいつの目玉抉ってふいにしてもいいのか?」


「……温泉ですか?」


 妖姫の目の色が変わる。口角もあがる。

 泊まりだろうか、混浴で一緒に入れるのか、最近は客室露天風呂なんてものもあるらしい。妄想が膨らむ。


「……温泉、行きたいです」


「というわけだ。さっさと現場に連れて行け!」


「俺の目玉と引き換えに、温泉……」


 凹む長田は高い背を小さくしていた。


■ ■


「相変わらず乗り心地の悪い車です」


「全くだな。もっといい車買えばいいのに」


 郊外の山がちな道を走るライトバンの後部座席に言いたい放題のバカップル。運転手は忌々しげな顔でハンドルを握る。

 やがて水源地の駐車場に到着。


「いい景色だな」


「展望台に上がってもいいですか?」


「おお、行ってみよう」


 湖畔は木々が生い茂り、湖面に写し絵を描いていた。紅葉の季節はさぞ美しく飾ることだろう。

 長田が先行する二人をゆっくりと追いかける。もはや二人の振る舞いには慣れてしまっているし、咎めたところで意味もないことも痛感していた。


「なるほどね……」


 舜治の目が銀色に変わっていく。


「私には特定できませんが、何かいますね」


「ああ。水の精霊?みたいなもんかな……邪霊とは違うが、ただ水の霊的な流れが不自然だ。それと、あれか」


 舜治の目が行く先は事故現場だ。新調されたガードレールに花束が置かれている。

 明るいうちから人の霊が漂っているのが確認できた。


「あっちはいいや。お千香、水面に火球をぶち込んでみろ」


「威力は?」


 理由も是非も問わない。


「中火でいい」


 鍋の火加減でもあるまいし。

 直後、湖面に爆発音と水柱がおこる。高台のこちらまで雨のように水がかかってきた。

 展望台に姿を現したばかりで成り行きを知らない長田が驚いた声を上げていた。


「何かするなら、一声かけてよ」


 二人は当然無視。


「何も出てきませんね……」


「いや、来るぞ」


 舜治は用心に八握の剣を出す。対象がどう転ぶかわからないからだ。

 湖面から先ほどの水柱とは違う柱が持ち上がってくる。水塊がやがて朧げながら人の形になっていった。


――何をする? 神の子よ。


「話はできるみたいだな。なに、最近湖の調子が悪いみたいだから、様子を見に来たのさ。あんたはこの湖の精霊だな?」


――如何にも。我はいつしかこの泉に湧いていたのだ。神の子よ。


 ここは昭和になってからできたはずである。精霊としては随分若いようだ。そして、舜治の正体に気づいている。

 敵対する気配は見せないが、お千香は若干目を細め油断なくやり取りを窺っていた。

 長田も警戒を緩めない。正面からぶつかれば、自分と五分ではないかと踏んでいる。やはりフツシの若さんを連れてきて正解だった。


「人間が生活のためにここから水を引いている。しかし、最近うまくいかないらしい。何か心当たりはないかい?」


 舜治も剣を握る力が自然と強くなっていくのを感じていた。何かあるのではないか、と。


――我が依代としている石がある。それに良からぬものが貼り付いた。それから我の調子が芳しくないのだ。神の子よ。


 水の精霊は人の形を時折揺らがせる。調子の悪さの影響か、感情的な表れか。


「キレイにできるかもしれない。ここまで持ってこれる?」


――やってみよう。頼めるか? 神の子よ。


 精霊はそう言うと、湖の中へ消えていった。


「はぁ〜、冷や汗が出たよ。さすが若さんだね」


「ほざいてろ」


 膝に手をついて言う長田に軽口で返す。


「舜治、油断はしないでください」


「わかってるよ。違和感みたいなのはあるからね」


 お千香の頭を撫でる。やっと目尻が下がっていく。



――これだ、神の子よ。


 ややあって精霊は現れ、ずいと石を突き付けてきた。大きさはソフトボールくらいのほぼ球体。表面に乾海苔のようなものが貼り付いている。


「ゴミか? 剥がせばいいんだろ」


 舜治が石に手を伸ばした瞬間、精霊が水の幕となって広がり舜治を包む。やがて大きな球体となって中は水で満たされる。


「舜治!」


 お千香が手を突き入れるが届かない。水が動いて捕らえた人間を上手に逃がす。

 ならばと火球を放つが、先ほどと違いただの水ではないのだろう、弾けることなく消えてしまう。

 このままでは溺れてしまう、とお千香は狼狽える。


――無駄である。我は神気を取り込むのだ、妖魔よ。


 感情の篭もらない精霊の声が響き渡る。


「これならどうだ!」


 長田が雄詰(をころび)を放つ。

 しかし水面にさざ波が立つだけで終わる。

 口惜しげに顔が歪む。


――無駄である、霊媒よ。


 だが水の精霊は終わりの時を迎える。

 舜治の体が一瞬眩い光を放ち、球体はばしゃりと崩れいく。水全てが地面に流れ落ちた。

 舜治は片膝をついて、息荒く何度も咳き込む。

 泣き顔の妖姫が抱きついてきた。勢い余って押し倒される。


「濡れるぞ、お千香」


「舜治! 舜治!」


 瓜実顔をそれはもうぐちゃぐちゃにして縋り付く。涙なのか鼻水なのかわからないほどに。わんわんと声を上げて縋り付く。

 押し倒された恰好のまま、舜治は左手だけで抱きしめる。右手は剣を握ったままだった。


「退治しちゃった?」


「ああ」


 周りを見渡しながら長田が問いかける。確かに精霊の気配は感じなくなっている。

 足下に転がっている石を見つけた。見事に真っ二つになっている。手にとって検分しようとすると、砂となって零れた。


「凄いな……どうやったんだい?」


「剣を叩きつけただけだ」


 こともなく宣う。

 霊媒としての格が違いすぎる。戦果を目の当たりにしたのは初めてだった長田は眩暈を覚えた。


「ほら、お千香、もう立って」


 グシュグシュ言わせながらお千香も立ち上がる。剣を消して舜治も倣った。


「水源設備とやら、見に行ったらいいんじゃないか?」


「あ、ああ、そうだね。確認して来るよ」


「俺達はしばらくここにいる」


 了解だ、と返して車に向かう長田に、落ち着きを戻したお千香が言い放つ。


「温かいコーヒーを買ってきてください」


「今回もパシリかよ」



 静けさを取り戻した駐車場。

 舜治は火に炙られていた。


「ちょ、お千香、熱いよ。少し熱いって!」


「動かないでください。上手く乾かせません。風邪をひいてしまいます」


 そう言われては神妙になるしかない。


「気が触れそうになりました……」


「……ごめんな」


「赦しません……人の気も知らないで」


「お千香……」


「いつも言っています。もう少し警戒してください」


「わかったから、睨まないでくれって」


「そう言って、いつもなあなあにします」


「う……本気で反省してるよ。お千香にあんな顔させたくない」


「本当ですか?」


「ああ、本当だ」


「次があったら、本気で怒りますから」


「気をつけま……ふ、ふぇっくしゅ!」


「ほら、ちゃんと暖まってください」


「はい……ますます温泉行きたくなるな」


「楽しみです。客室露天風呂」


「何それ?」

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