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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
たそかれの憂鬱編
26/101

片岡教授の憂鬱

一話完結です。いつもより長めとなってます。

「東浦君、レポート読ませてもらったよ。いいね、とてもいい」


「ありがとうございます」


 大学の研究室の一室で舜治は担当教授と向き合っていた。舜治の専攻する日本史学古代科だ。教授の片岡は初老にかかり穏やかな人当たりで人気がある。先日、課題とは別にレポートを提出してあり、その件で呼び出しを受けていた。


「持統天皇が高市皇子(たけちのみこ)である推論は非常に興味深い。元々仮説としてあったものだが、物証の弱さをこれほどまでに補う考察は見たことがない。参考資料があるなら、そちらも見せて欲しいくらいだよ」


 一介の学生レポートに随分な評価をしてくれている。

 しかし参考資料はとても見せられない。なにせ生き証人からの聞き取り調査である。会わせることもできない。正確にはかなり前にお亡くなりになっている。


 二人はレポート内容について熱く語り合い、多くの時間を費やした。


「ふむ、君は面白い着眼点を持っているね。私の研究を掘り下げることにも繋がるいい議論ができたよ」


 大國魂の記憶知識も拝借しています、と言える筈もなく。


「私も楽しいです。先生がいるからこの学校を選んだ甲斐がありました」


 本音を混じえたよいしょも忘れない。この教授は学会で異端扱いされているが、舜治の考察と非常に波長が合うのだ。


「嬉しいことを言ってくれるな。君は卒業した後、どうするか決めているのかね? 就職するくらいなら、研究者としてここに残る道もある。そうしてくれると、私も有意義な研究ができるというものだ」


 教授の目は酔狂で言ってはいなかった。


「大変ありがたいお話しですが、遠縁の本家から跡取りに招聘されることが内定しています。ただその家は古代史の研究機関も備えていますので、好きにやらせてもらえそうなんです。叶うならば先生との交流を続けさせてもらえたらと」


 申し訳無さを滲ませ舜治は応える。物部本宗家の呪縛までは話せない。


「そうか、大きな家のようだね。仔細は言えないことがありそうだが、そういう道もあるのだろう」


 縁が切れるわけではないので、教授も落胆した風ではない。


「時に……君は聴講生だったな?」


「はい」


 実はずっと舜治の横にいたお千香。あまりにも自然態だったため、声をかける機会を伺っていた。

 お千香は正規の学生ではない。開かれた学問を謳うこの大学は、手続きを踏み受講料を払えばあらゆる講義を受けられるシステムを採用している。お陰で二人はいつも一緒にいられた。その受講料のせいで台所事情が厳しかったことは否めない。


「噂だが、二人は随分と仲がいいと聞く。彼は本家とやらに行くそうだが、君はどうするのかね? 君もなかなかに優秀だから、気にもなるのだよ」


 茶化す風ではない。


「はい、舜治のいる場所が私のいる場所です。舜治の生きる道が私の生きる道です。舜治と共に生き、共に死ぬ所存です」


 なんとも晴れやかな顔で淀みなく答える。


「それはまた凄いな」


 教授はチラと重たい愛の対象を見た。

 見られた男は苦笑いで返す。否定はしない。


「若いだけではないようだな……君たち二人は斯くも面白い」


「先生、何かありました?」


 教授の言外には含むものがありそうだ。二人にとやかく言いたい訳でないことは判る。


「教え子に悟られるようでは、私もまだまだか……いや、息子の結婚が決まったんだが……」


「それはおめでとうございます」


 その割には浮かない表情だ。


「君たちほどではないだろうが、仲もいいし、相手もいい娘さんだった。反対するつもりもさらさらない。ないんだが……」


 相手の家系というか、一族に一抹の不安がある。

 男性が一様に短命なのだそうだ。娘さんの父親も早くに亡くなり、祖父もそうだったという。それだけなら気の毒ではあるが珍しくはない。娘さんの兄も結婚し、子が産まれた頃に交通事故で逝く。更にその上の姉と一緒になった男性も急性のガンを患い、長くなかったそうである。

 男が生きられない一族。その累は外戚にまで及ぶ。死因は病気だけではなく事故もある。

 一体何が原因なのか。呪いの類いではあるまいか。

 このまま息子が結婚してしまえば次は――


「それは、なんとも凄絶な一家ですね……」


「だから素直に喜べんのだよ。呪いだの何だのと笑い飛ばすことはできない(たち)でね。君ならわかるだろう。古代史の呪詛と怨嗟の応酬ばかり見ているとさ」


「はい、そうですね」


 神妙に頷く舜治。何しろ、現代においてそのど真ん中にいる。


「済まない、学生に零す話ではなかったな。与太話と流してくれ」


 哀愁滲ませ、力ない顔で笑う教授。

 間をおかず舜治の袖が引かれる。


「何とかなりませんか?」


「……まぁ、なるだろうね」


 あっけない応え。問うたお千香もわかってはいた。


「どういうことかね?」


 当然食いつかれる。例え気休めでしかなくとも、何かあるのではないか、と。

 人の心理はこうして新興宗教に取り込まれていく。


「ええとですね、先ほど話に出た遠縁の本家にその手の伝手がありまして。そこに相談すれば某かの答えは出るのではないかと思います」


「是非紹介してくれないか! ああ、お金がかかるだろうから、前金を渡しておこうか」


 音を立てて立ち上がり、興奮気味に舜治に詰め寄る。


「落ち着いてください、先生。まだ解決したわけではありませんから」


「ああ、済まない。つい……」


 諸手を上げる教え子を見て、少し冷める教授。内心かなり病んでいたようである。


「次の日曜に先方の家族が集まることはできますか?」


「必ず集めてみせよう!」


 教授は根拠なき全幅の信頼に塗れていた。言い出しっぺのお千香が引いている。

 場所の確認やら諸々の打ち合わせが始まり、数日を経て、日曜日を迎えることに。


■ ■


「二人だけかね……?」


「はい。ご心配は無論でしょうが、今日はリサーチのつもりで、軽めに考えてください」


 てっきり霊能者でも連れて来ると思っていた片岡教授は些か落胆していた。数日経ったことも手伝って、自身が舞い上がっていたことを覚える。


「そ、そうか。そう簡単なことではないよな」


「親父、気にしすぎなんだって」


 教授の息子さんが口を挟む。亮一と名乗った際、食い入るようにお千香を見て、教授に窘められていた男だ。


「そうは言うがな、これも心配する親心というやつだ。お前も親になればわかるだろう」


「さいですか」


 亮一はわざとらしく肩を竦めてみせる。教授に似ず背が高く、舜治を見下ろす格好。やはり時折お千香を盗み見する。


「では、高倉家に行こうか」


 待ち合わせた駅より歩いて数分らしい目的地まで、亮一先頭で向かって行った。道中、誰も口を開かない妙な空気に包まれながら。



 片岡亮一の婚約者、高倉千景の家に着いた。家屋は周辺の家並みから比べて大ぶりに見える。造りも高級な感じだ。


「建物に問題はなさそうか……土地に憑いているものも無し、と」


 家を見上げて舜治は独り(ごち)るが、周りへの配慮を怠った。


「何だ? 何故君にそんなことが判る!」


 玄関チャイムに手を伸ばしかけた亮一が聞き咎める。教授も聞きたげなな表情だ。


「後ほど説明します。今は中へ入ってはどうですか」


 ここで問答していると暴発する可能性が一人いる。

 舜治に促され渋々亮一はチャイムを鳴らした。


 出迎えた若い女性が件の婚約者だろう。中肉中背で表情の明るい娘さんだった。



 居間には高倉家が勢揃いしていた。祖母、母、姉、義姉とその娘。見事に女性のみ。

 教授は今日の集まりをどう説明したのだろうか。まさか――あんたん家、男が短命になる呪いかかってるから、お祓いしてもらうから――と言ったわけではあるまい。そうなれば婚約解消まっしぐら。

 舜治はそんなことを考えていた。後で聞いてみたい。

 話を進める上で、多少は自分が悪役になっても仕方ないかもしれない。


「初めまして、東浦舜治と申します。片岡教授に学んでいる者です。本日は高倉家を霊視するためにお邪魔いたしました。先生から結婚についてお話しを伺ったところ、私のアンテナに非常に強い反応がありまして、今回無理をお願いした次第です。ああ、ご心配には及びません。決してお金を請求することはありませんので」


 教授が驚きこちらを向く。こんな打ち合わせはしていない。それでも何も言わず推移に任せる。

 高倉家一同も何か言いたいことがあるだろうに、一人の黒衣に目が釘付けになっていた。こんな時は便利。


「それでは、早速……」


 物言わぬ一同を舜治は僅かに銀色に光らせる眼で見渡す。それだけで理解した。

 呪詛でもなく、悪霊憑きでもない。魂魄にトゲが刺さっているような状態。人為的ではなく、ごく稀に自然と起こるとも言える霊的現象だった。

 呪いと言えば呪いと言えるかもね、という当人たちには精神的にも肉体的にも全く影響がなかったであろうレベル。ただし、高倉家女性全員に顕れているのが印象に残る。義姉が抱く幼い娘までそうなのだから。

 まあ、舜治にかかれば鼻歌交じりで祓える案件。


「なるほど、判りました。ほんの僅かですが、穢れが感知できます。今から除霊を行ってもよろしいですか?」


 舜治のセリフにやっと女性陣がこちらを意識する。しかし物理的に目の色を変えている男を見て、口から出る言葉がない。母親がかろうじて頷く。


「お千香、これを」


 舜治は翡翠色に輝く珠を渡す。ここからは演出だ。今回程度の祓いに神宝は必要ないが、視覚効果が高い。


「全員のおでこに当ててくれ」


「はい」


 お千香が言われた通りにしていく。そのまま受け入れる者、おっかなびっくりな者と反応は様々だ。


「皆さん、協力的で助かります。速やかに済むでしょう。お千香、珠をここへ」


 舜治の前に置かれる珠。


「これは足玉(たるたま)と言います。皆さんに巣食っていた、いわゆる(けが)れを珠に吸い取らせました。これより賀詞(よごと)を唱え、除霊が完了いたします」


 言い終わると珠に手を翳す。すると目を開けていられないほどの光量を放ち始めた。


「今日の生く日に足る日に、大八嶋(おおやしま)の国におわします(かしこ)明御神(あきつかみ)(まを)します……」


 厳かに述べられる口上。実はネットで漁った祝詞(のりと)をアレンジしたオリジナルだ。必死に三分ほど綴る。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」


 締めの言霊に反応して、珠がパキンと乾いた音を響かせた。溢れる光も収まってくる。

 舜治はさも大仕事を成した風で深く息を吐いた。


「終わりました。これで血縁にかかわる不遇は解消されるでしょう」


「正直、訳がわからないわ……」


 最初に現実に返ってきたのは義姉だった。


「そう思いますよ。今まで体調不良などあったわけではないでしょうし。まして私みたいな見も知らぬ若造がいきなりですからね。詐欺なども横行する件です。でも、こう言っては何ですが、私でなければわからない事象でした。除霊も含めて」


「でも凄い光だったね。それに呪文?を唱えた時、空気が違ったよね。何か身が引き締まる感じだった」


 娘さんが感想を述べる。演出効果はバッチリのようだ。

 それでも全員が狐につままれた顔をしている。義姉の幼子だけが舜治を凝視していた。


――何か見えてるのかい?


 目だけで問うてみる。答えが返ってくるはずもなく。

 代わりに口を開いたのは教授だった。


「君が……そうだったのか」


「はい。あまりおおっぴらにできることではないので、総てをお話しできませんでした。申し訳ありません」


「そうか……いや、今回の件は感謝している。しかし、うむ、そうか、君は古神道の流儀だな?」


「そうです。先日お話しした本家がそれに当たります」


「やはりそうか。祝詞もそうだが、足玉だったな。十種の神宝にその名があった……」


 教授の学問熱に火が点きそうな気配。下手に予備知識があるだけに厄介な予感しかしない。


「せ、先生、そういった話は別な日に、研究室でゆっくりとしませんか」


 周りが完全に置いてけぼりである。


「おお、済まない。少し熱くなってしまったようだ」


「では、この辺りでお暇いたします」


「そうかね……少しゆっくりしていっても。お茶でも出してもらおう」


「せっかくですが、皆さんそれどころではなさそうですから」


 平常にはまだ遠そうだ。皆静かな中、幼子だけが手をバタつかせている。



 玄関まで見送りに出てきたのは教授親子と婚約者千景だけだった。この期に及んで息子の亮一はお千香が気になるようである。舜治の除霊に関係なく長続きしなさそうな予感が。


「あの……本当に男の人が早死にすることが無くなったんでしょうか?」


 娘さんがおずおずと問いかける。なんの確証もない。見たのは珠が光ることだけ。


「穢れは祓うことができました。そういうこととは別にして、人間なんて、いつ何処で死ぬかはわかりません。私がしたこともただの気休めかもしれませんよ」


 身も蓋もないことを平気で(のたま)う舜治に、教授親子が目を丸くする。


「それでも、こういうことがあった、気をつけることがある、なんて考えると風向きも変わるんじゃないですか?」


 風向きを確かめるかのように、舜治は人差し指を立てる。


「なるほど、私より若いのに深みのある言葉ですね」


 思うところがあったのか、千景は両の拳を握りしめ何度も頷いていた。亮一だけがふてくされたように横を向く。


「ありがとうございます。あなたに来てもらって、良かったです」



「そこはかとない罪悪感を感じていますね?」


「言うなって。更に重くなるだろ」


 高倉家を後にして、二人連れ立って駅に向かう道すがら。


「適当なこと言うからです」


「じゃあ、なんて言や良かったんだよ」


 お千香は自分の頬に指を当て、暫し間をとる。


「あれで良かったんじゃないですか?」


「ほっぺた抓るぞ」


 手をお千香の顔に近づけるが、いやんと言って逃げられた。じゃれ合いに喜び、お千香の長い髪が揺れる。伸ばした手は逆に捉えられ、恋人繋ぎに納まっていた。


「ですが、そんな呪いがあるんでしょうか?」


「昔むかしに、呪詛を受けたのかもしれん。世代が降って効果が薄れってこともある。今回のはどうだろう。自然と言えば自然、不自然と言えば不自然、かな」


「そうなんですか……私も舜治が短命にならないよう、呪詛には気をつけます」


「お、おう」


 真剣な目のお千香に茶化すような返しはできなかった。この飛縁魔の情は深い。


 二人は暫し無言で歩いた。


 沈黙を破ったのはお千香から。


「舜治……私より先に死なないでくださいね」


「寿命から言ったら、それは無理だろ」


「それは……言わないでください。それに、舜治が天寿を全うしたら、迷わず後を追います」


「……俺はお前にいつまでも生きていて欲しいかな」


「主様がいないこの世に生きる意味はありんせん」


「……わかったよ。だから泣きそうな顔をするなって」


「……はい」


「それじゃあ長生きできるよう、健康に気をつけよう。さしあたっては食事についてだ」


「……ビールを減らすんですか?」


「そうじゃない。三度三度の食事が大事だ。もうすぐお昼、お腹が空いてこないか?」


「そうですね! 駅前に気になる看板がありました。ラーメンに山盛りの野菜とお肉が載ってるんですよ!」


「……いや、それはやめとこう」

次回はあの男がメイン?

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