05 まさかの御方
「ここだよな……」
祝部の老婆が示したところに舜治とお千香が立ち並んでいた。開けているわけでもないので、特別の場所には見えない。景観の一部としてごく自然の佇まいだ。
しかしこの森林公園は居心地が良い。市民に人気なのも肯ける。
「お墓には見えません」
「そうだな。祭壇跡でも見つかればいいんだが」
それらしい跡はない。
――何者かおるのう。
そこへ突如語りかけてくる声。
見渡しても誰もいない。音としてではなく頭に直接響いてくるようだ。それでいて聞きやすいと感じるから不思議だ。
「どちら様ですか?」
舜治は動じない。無論お千香も。されど手は繋ぐ。
――ここに葬られた者よ。
「起こしてしまいましたか?」
――斯ようなことはない。強いて言えば、おかしな坊主が目障りだったくらいよ。
エセ退魔師を昏倒させた犯人だった。
「私は東浦舜治と申します。こちらはお千香。この地への立ち入りをお許しにならないということですか?」
――ないわ。墓なぞとうに埋もれておる。民草が憩いに足を運ぶだけで満足よ。死して幾星霜、生者に疎まれてどうする。悪さする者は些か懲らしめるがの。
祝部の老婆の言う通り、話のわかる御霊体らしい。呵々と笑う威風を今は亡きごりょうさんにも見倣ってほしいものだ。
「我々に語りかけるのは、何かの御用があってでしょうか?」
――ふ、面白き者よ。生者と変わらぬように振る舞うのだな。なに、お主となら話ができそうだと思うての。只者ではあるまい。尋常ではない神気を宿しておるではないか。それに女の方は妖魔であろう?
「まぁ、望まないままに背負わされたものがありまして」
自然と伏せ目がちになる。疾しい訳ではないのだが。
――ほう、聞いてもよいか?
「……他言無用でお願いしますよ」
「よろしいのですか、舜治?」
お千香の心配はごもっとも。それでも秘密は誰かに話したくなる時がある。首是で応えた。
――懸念は無用である。生者と話したのは数百年ぶり。吾と会話できる者は、そうおらぬ。
「では……三輪の大神、と言えばお分かりいただけますか」
――なんと! それは、真か! いや、そう言われると納得できるものがあるというものよ! まさか日の本の大國魂に拝謁できようとは!
姿は見えないのに拝謁とは如何に。すんなり鵜呑みされるのも含め。
「私自身はその辺の学生ですから。畏まらないでください」
――うむ、そうか、うむ。
テンションの上がる姿なき霊体。
「それでは、あなたの御名を教えていただけますか?」
――うむ、吾が名はヒイラギ。諡、フジワラノミヤゴウヤマトネコが媛よ。吾の諡は知らぬ。死した後、なんと呼ばれておるのかもの。
「媛?」
「え? 女性だったんですか!」
脳内に響くのは重厚な声色。そして大仰な語り口。二人が男だと思っていたことに不自然はない。
それ以上に――
――とんでもない大物の名が出てきたな。
舜治は驚愕からの心拍上昇を禁じ得なかった。額面通りなら内親王だ。有り得るのか。それに確かめたいこともある。その諡こそは――
「お尋ねしたいことがあります……母君はどなたですか? 御名をお聞かせください」
それさえ解ればバラけたパズルがピタリと填まる。
――母上とな……妙なことを聞くものよ。真名は知らぬ。周りの者はタジマの媛と呼んでおったわ。
――よし! ということは、このお媛さんは山形か河内の女王か。
小躍りしたくなる衝動を抑えるのに舜治はかなりの気を割いた。
手を繋いだままのお千香に逐一伝わっていく。手を握る強さが変わったり、呼吸の調子が変わったりと。そんな様子を楽しんでいた。
――何が聞きたかったのか、ようわからんのだが、いいかのぅ。せっかくよ、四方山話でもしてゆけ。
仮説を確信に変え、舜治はヒイラギと名乗る御霊が満足するまで話し込んだ。ヒイラギを特に惹きつけたのは舜治とお千香の仲だった。
人外は別にしても、相思相愛を謳歌する様は羨ましい、と。
お千香が褥模様までもあけすけに語ったせいだとは思いたくない。それはもう嬉々として饒舌に。実態も顕さない幽体が身を乗り出すかの如く興奮していく感覚が伝わってくるのは貴重かもしれない。
もっとも語られる当人は赤面の上、耳を塞いで蹲っていた。
「恥ずかしさで死にそうだ……お千香、今晩お仕置きな。あ、いや、何でもない」
悦ぶだけだ。現に今でも有りもしない尻尾が揺れているかのよう。
――愉快、まっこと愉快であったわ。
「それは何よりでした……」
「はい、楽しかったです!」
喜色の女性陣と対象的な男一人。
――ふふ、また会おうぞ。吾はこの地で民草を見守り続けるのでな。
「はい、それでは最後にお慰みを」
舜治は手のひらに緋色の勾玉を顕現させる。
「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ……」
勾玉から緋色の光が溢れ、やがて足下へと流れ込み地面に染み込んでいく。
――おお! なんという心地よさか。生き還るようだ。礼を申しますぞ、あまてら……す、くにて……らす、おおみか……みよ。
掠れていく言葉とともに、ヒイラギの気配は感じられなくなっていった。
「いい方でしたね」
「ああ、そうだな」
それに貴重な裏付けも得られた。あの諡の天皇と妃、媛の関連だ。
この陵と被葬者については物部には黙っている必要がある。嗅ぎつけられたならば喜び勇んで発掘するのが目に浮かぶ。決してバレてはならない。
ここはこのままがいいのだ。ヒイラギの思いを汲んで。
「でもあの方、何だか思わせぶりに成仏した風で消えていきましたけど、いつまでもここにいますよね」
「……言うなよ」
舜治の馳せる思いが台無しになるお千香の一言。わざと言ってんのかとジト目になる。
これでいて二人は大喧嘩をしたことが無い。お互い全くの遠慮無しの物言いや態度でも、諍いに発展しないのである。
お千香曰く「愛しあう者同士、一体何が不思議なのですか?」だ。妄愛につき、舜治はかなり楽をしていると言えよう。
「暗くなる前に帰ろうか」
舜治はお千香の手をとった。
撮影スタッフの慌ただしい撤収作業を横目に、バカップルはいちゃつきながら家路に向かう。
そんな折、責任者と思しき数人の会話が流れ込んできた。
「どうしたもんか……」
「やはり、まどかですかね……」
「あの退魔師がダメなんだ……手の打ちようが……」
説明のつかない事象は確かに怖いし、厄介だ。あらぬ方向へ考えが膨れていくこともある。
「まどかの事務所が別口で霊能者を雇っていたみたいです……」
そして矛先が突如変わることも。
これ以上関わりたくない舜治は足を速めた。それはもう不自然なほどに。案の定――
「あ、さっきの! 今言ってた霊能者がいました!」
「逃げるぞ」
「はい」
「ちょっと待って! そこの二人。待ってくれ、そこの冴えない男と黒尽くめのカップル!」
先ほど舜治に絡みかけたスタッフが必死の形相で追いかけてきた。制止する声をかけるなら、もう少し違う言い様があると思うが。
「撹乱しますか?」
「騒ぎを大きくしてどうする!」
お千香の撹乱と言えば火の玉を使う。一般人相手には碌な結果にならない。
それでも走って逃げる以上、足を引っ張るのは舜治のほうだ。後半はほとんど引き摺られている状態で逃走に成功したのだった。
盛り上がりの欠けるまま、次回本編最終話!?
最後までお付き合いお願いします。




