04 公園の名は
「この場所をなんと心得る!」
市民憩いの場、森林公園――老婆の恫喝に誰もが内心で言ちる。
「御陵じゃぞ! 御陵!」
荒ぶる老婆の発する単語に反応するものはいなかった。舜治を除いては。
確かに御陵と言った。だからこそ、この公園の名は――
「気付かなかったな……どの辺だ? ここ一帯ってこともあるか」
「ごりょう? それは何ですか?」」
首を巡らし何かを見つけようとする舜治に、お千香は小首を傾げる。どこかの寒村の「ごりょう」と違うことは判る。
舜治が進んで興味を示すものは、お千香以外となると食べ物やビールくらいしかないのだから、大いに気になる。
「お墓さ。大昔のね。稜ってくらいだから、とんでもなく偉い人の。盗掘されてなきゃいいけど」
エジプトは有名だが、日本の古墳も当たり前のように盗掘されている。その被害はかなりの数に。史実解明に役立つ資料が大量に散逸していることは非常にいたましい。
「あの婆さん、なにもんだ?」
撮影現場の責任者であろうか、怒鳴り捲る老婆の相手をしている。話が通じないのだろう、その表情は困惑の一色に染まっている。
「今日も撮影は中止になりそうです」
もうこの撮影がどっちに転んでもいいわと、諦観した感の美鶴が会話に入ってきた。
まどかも話に混ざりたそうに舜治の方を見ている。何しろ先の問いかけがはぐらかされたままだ。
「それでどうします? 今日は解散でいいですか?」
舜治はあの老婆が気になって仕方ない。少し膝を揺するほどだ。
「そうですね……現場は撤収になりますから、それでよろしいかと」
美鶴が腕を組みながら答えた。そこにまどかが異を唱える。
勝手知ったるマネージャーは目だけで訴える――お任せあれと。
「ですがいくつかお聞きしたいことも有りますので、後ほどお宅におじゃまさせていただきます」
「勝手に決めないでください!」
当然反発する。お千香だ。舜治の前に出る威圧感は半端ない。
喩えではなく、女性二人は二歩下がる。顔も若干引きつらせていた。まどかは初めてお千香に相対するのだから、その衝撃はなかなかきつい。悪役専門俳優の鬼気迫る演技が学芸会に思えてくる。
「特段答えられるようなことは無いと思いますがね……まぁ、いいですよ。どうせ家はバレてますし」
そう聞いてやおら振り返るお千香。舜治が手のひらを向けているのを見て、それ以上は口を出さなかった。威圧オーラを出しっぱなしでいたことがカワイイ抵抗。
――俺も社交的になったもんだ。
世間的にはそうとも言い難い。当人的には己の成長を確信しているらしい。
「さてお千香、あの婆さんと話をしようと思う。ちょっと連れ出してきてくれないか」
親指が指す方向のあの場は未だに騒然、きっかけでもないと収まりそうもない。救急車の到着が待ち遠しい。
ついと眺めてお千香が応える。
「多少強引な手立てを採らざるを得ませんが?」
「周りもその方が喜ぶだろうさ」
ニヤリと笑う舜治を見て、美鶴は人選を誤ったかも知れないと思い始める。意外や意外、黒い部分が見えてきた。
「ちょっと、なにするんだい。放すんだよ。なんて馬鹿力だい、この娘っ子は」
首根っこを後ろから掴まれ、文字通り引き摺られていく老婆。
周囲を取り巻いていた連中はホッとしながらも、長身黒尽くめの女による問答無用の振舞いにしばし茫然。一言も発することなく事に及んだのだからそうもなろう。
やっと訪れた静寂に割って入ったのは救急車のサイレンだった。
人だかりから少し離れたところで舜治は待っていた。美鶴とまどかはもういない。
辿り着く頃には老婆もおとなしくされるがまま――力は強いわ、口は利かないわでは為す術がなかった。
「手荒な真似をして申し訳ありませんでした」
先ずは老婆に頭を下げる。お千香も倣う。サングラスを外した丁寧且つ優美なお辞儀で老婆の毒気を逸らす。
「なんだい、あんたらは?」
それでも流石に胡散臭い者を見る目を寄越す。逃げ出す素振りは見せない。いや、あの黒い娘に逆らってはならないのだ。
「俺は東浦舜治といいます。こちらは千香子。学生です。あなたに伺いたいことがありまして、少しよろしいですか?」
「ふん、まあ、いいさ」
「ありがとうございます。あちらのベンチで話しませんか」
「怒鳴り過ぎて、のどが乾いたねぇ」
抜け目ない老婆のようである。それだけ言って、さっさとベンチへ向かう。
「お千香、お茶かなんか買ってきてくれ」
妖姫は快い返事を返し、サングラスをかけ直した。
口の悪い小柄な老婆は小綺麗な服装で、黙っていれば態度の悪さは隠せそうな印象だった。
お千香はスタッフ向けに用意されていたドリンクを何食わく顔で持ち出していた。それを老婆はひったくるように取りあげ、礼は言わんと宣い飲み始める。
「何が聞きたいんだい?」
年甲斐もなく眼光だけは鋭い老婆は舜治に詰め寄る。詰め寄られた方もお茶を一口含んでから問いかけた。
「先ほど、ここは御陵だと言ってましたね。何故あなたはそのことを知っているんですか? もしそれが本当なら宮内庁の手が入っているはずです。どう見てもここは手付かずだ。頭ごなしに嘘と決めつけることもどうかと思うし、答えてくれるとありがたいです」
もちろん宮内庁の把握していない、もしくは認めようとしない墳墓はいくつもある。被葬者が定説と食い違っているものも含めて。
「あたしの家はここの御陵の祝部だったのさ。祝部の説明はいるかい?」
「いえ」
下級神官の家柄らしい。そうは見えない口の悪さ。
「そうかい。賢そうには見えないがねぇ」
「ほっといてください」
「もっとも、何年も祭祀なんぞやってないんだがね」
「でしょうね。墳丘がどこだかも判らなくなってるぐらいですから」
あの辺さ、と老婆が指差す。その先を見てもなんとなく小高くなっているだけで、元の偉容は欠片もわからない。木立も繁っているから尚更だ。
「被葬者は分かりますか?」
これは重要だ。
しかし横に首を振られてしまう。
「墓誌もあったらしいんだが、明治のゴタゴタでなくなっちまったって話さ。祭具なんかもね」
「それは……なんとも残念な」
それで宮内庁の目を免れていたようだ。
「あんた、若いのに随分と話が通じるじゃないか」
胡散臭い者を見る目から少し感心したものへと進化していた。
「まぁ、遠縁に専門家がいまして、門前の小僧ってやつです」
「そうかい。若いもんが興味を持ってくれるってのはいい気分だよ。まあ、うちも今じゃあ祝部なんて体をしてないがね。言ってみればただの守人さ」
最後のね、と言い老婆が遠い目をするのが印象に残る。後継がいないのだろう。実態がなければ厳しいところだ。
「ところで、さっき坊さんがぶっ倒れましたけど、心当たりあります?」
「ああ、御陵の主の癪に障ったんだろうよ」
「天罰的な? 日頃から人が出入りしてますし、今までそんな騒ぎがあった話も聞いたことがない」
「ただ遊んでる分には寛容さ。悪さしようとするやつにはそれなりだよ。古くから住んでる連中はみんな知ってることさ」
きししと笑う。
「なるほど」
「まだあるかい? 年寄りは長話が苦手でね」
「ありがとうございます。また話を聞かせてくれると嬉しいですよ」
「そうかい」
そう言って、老婆は二人から離れ通称森林公園から出ていった。
みささぎの森公園から。




