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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
不思議の森林公園編
22/101

03 怪僧

 今日の撮影は順調のようである。

 幽霊の目撃情報相継ぐ森で、遊んでいた子どもたちが襲われる事件が発生したため調査に来た霊能探偵、というシーンらしい。

 子どもの遊び場で幽霊が出る――舜治にはどこかで聞いたような話。


「何も起こりそうにないですね……」


 稀代の霊媒は退屈そうに撮影風景を眺める。この公園には何度か足を運んでいるが、怪しい気配すら感じたこともない。

 お千香に至っては飽きたのか、舜治の背中に文字を書く遊びを始める始末。舜治が外すと嬉しそうに着衣を揺らす。


「お二人とも、なかなかに太い神経をお持ちで……」


 感心というより呆れ気味の美鶴の言。美鶴もバカップルに耐性ができつつある。

 芸能人が目の前で撮影しているのに、これほどの無関心は見たことがない。


「そうですか? 興味の無いことには誰でもこんな感じでしょう。ここ以外でも何かしらの霊障騒ぎがあったんですよね? お千香、憂鬱、だ。画数が多すぎると、逆に分り易いぞ」


「はい、そうです。昨日は遊園地の跡地でした」


 彼処(あそこ)(はら)った後何度か確認しているため考え難い――ならば場所の問題ではなさそうか。スタッフかキャストの誰かが原因と思われるが、そもそも本当に霊障があったのかも怪しいものだ。

 そんな折、一悶着起きる。



「待たれい!」


 製作会社が用意したという退魔師の僧侶だ。カットがかかりシーンの撮り直しに入ろうとした時に声を上げる。最前と違い開かれた眼は爛々としていた。


「そちらの女性、やはり良くないモノが憑いておるな!」


 錫杖を突きつけられたのは春日まどかだった。

 言われた方は露骨に眉を寄せ、視線だけで射殺せるほど睨み返す。女優の性なのか迫力は半端ない。日頃は気怠い眼差しで妖艶さを匂わせているだけに、周りも凄みに圧倒されている。

 また、僧侶が迫真の言動で誰も口を挟めない空気だった。


 舜治だけが感心気にその光景を眺める。退魔師の眼力に対してではない。誰にも疑わせないその所作やもの言いに、だ。


「なるほど……ああして騙すわけか」


「騙す? 嘘なんですか?」


 舜治の呟きに美鶴が反応する。自分の担当女優に駆け寄ろうとした矢先に聞き捨てならない言葉が聞こえたのだ。まじまじと発言主を見る。


「あ、聞こえました? 心配いりませんよ。あの女優さんには何もありません。そもそもあの坊さん、ただの人ですから……あ、いや、詐欺師かな」


「本当ですか?」


「証明する手立てがありませんがね。余所から見れば、俺も似たようなもんでしょうし」


 くくっと笑う最強霊媒師。確かに霊絡みはその側面が強い。信じない者は目の前で起こったことも己の理屈を(かざ)して信じない。

 それでも科学全盛の平成になりながら、真偽は別にしてこの手の話が失くならないのだから面白い。


「わかりました。わたくしはあなたを信じます」


 そう言ってマネージャーは女優の傍へ駆けていく。


「信じるねぇ……それもどうかと思いますよ……」


 今度こそ聞こえないように呟き、背後のお千香に向き直って優しく腰を抱き寄せた。



 憑き物呼ばわりされた女優は何も発することなく凝視続けていた。

 周りの者達は僧侶との間に散る火花を目にする。錯覚ではなく、弾ける音まで聞こえてきそうだ。

 美鶴が近寄って耳打ちする。


「事務所の手配した霊能者の言質は取っています。まどかには何も憑いていないと」


「当然よ……今日はもう仕事にならないわ。帰ってもいいわよね?」


 仕事にならない、の辺りから周りに聞こえるように言い放ち、踵を返す。元々マネージャーが来た方向――つまり舜治のいる方へ。

 流石に映画監督も止める言が出てこない。しかし――


「しばし待たれよ! 拙僧が祓ってしんぜよう!」


 大仰なもの言いの横槍。演出の一環なのか僧侶の声はデカい。役者に向いていそうだ。

 春日まどかは振り向きもしない。それどころか早足になっていく。


「恐れておいでか! 心当りがあるのであろう!」


 僧侶は絶好調だ。得意気に近づいていくところへ美鶴が割って入る。


「ちょっとお待ち下さい。あまりに一方的な言い様ではありませんか。こちらも人気商売なんですよ。せめて目立たないよう配慮していただきませんと困ります」


 それはそうだろう。しかし敵はお構いなしだ。これ見よがしに錫杖を鳴らす。ギャラリーもヒソヒソとやり始めていた。春日まどかのスキャンダルが暴かれるかもしれないのだから興味深々になろう。


「拙僧はここの怪奇現象の解決を依頼されておる! これ以上事が悪化してもよろしいか!」


 能面のような表情でこちらに来るまどか。自称退魔師の相手をする気はないようだ。

 やり取りを遠巻きにしていた舜治もうんざりとした気持ちになってくる。正義感を振りかざす気はないが、へこませてやりたくなってきた。


「舜治、あのニセ坊主、燃やしていいですか?」


 以心伝心かお千香。


「着物くらいには火を点けてやりたいな……いや、やらせないけど」



 今をときめく女優が二人の目の前まで来て能面が崩れた。肌も透けるように白く、柳眉と唇の厚みが印象に残る。なるほど確かに美人女優と謳われるほどの容貌だ。

 舜治を見上げる。テレビでは存在感溢れるため気づきにくいが、背は低めだった。


「あなた……誰?」


「あなたのマネージャーに雇われた他称霊能者ですよ」


「その終生の伴侶です」


 しれっと予防線を張るお千香。舜治も他称の部分にアクセントをつけてあのエセ退魔師との差別化を図る。


「……そう。いい目をしてるわね、あなた」


 まどかは目を離そうとしない。案の定、サングラスの黒装束が割り込む。


「あら、妬かせてしまったみたい」


 さも気にならない風に椅子に腰掛けると、まどかはマネージャーの方を見やる。あちらは僧侶と未だにやりあっていた。


「他称霊能者さん、私は取り憑かれていないと言ってくれたそうね?」


「証明はできませんが」


「でも……あのお坊さんよりは信用できそう」


「どうでしょう……」


 そう言われたまどかはふふっと笑った。自信があるからこそ誇張しない、と解釈したようだ。舜治にしてみれば妄信されても困るだろうに。

 噂の妖艶な微笑を浮かべているが、まどかは妙な違和感を感じていた。売れっ子女優の自覚がある。しかし目の前の青年はどうだろう。ファンならずとも春日まどかへの関心があまりに薄い。連れの女性も怪しさと妖しさが溢れている。

 却って興味が湧いてくるというものだ。


「舜治……何か来ます」


 まどかが何かしら話しかけようとした時、お千香が何処かへ視線を飛ばす。サングラス越しに虚空を睨む。


「ああ、そのようだ」


 頷く舜治も美鶴が言い合いしている方を向く。霊的な何かを感知した。

 急に雰囲気の変わった二人が何を言っているのか解らないまどかだけが、女優らしからぬ声を上げる。


「ふぇ? 何?」


 間をおかず騒動の中心から女の悲鳴が上がった。

 件の退魔師僧侶が倒れているのだ。泡まで吹いている。

 駆け寄り介抱しようとする者、救急車と叫ぶ者、そして祟りだと叫ぶ者。場は騒然となっていく。


「あなた達……先に気付いていたわね? どういうことかしら?」


 女優は立ち直りが早かった。好奇心に目を輝かせ問いかける。

 いつの間にかマネージャーも横にいた。あの坊主から解放されたからか晴れやかな顔をしている。癖なのだろうメガネの縁を触る。


「企業秘密です」


 濁すのはいつものこと。濁しきれるかは別の話。


「もう気配が消えている。悪意も感じられなかったな」」


「そう思います……例えるなら、煩いハエを追い払った感じでしょうか」


 お千香の同意。この二人の息の合いようは特筆に値する。

 まどかと美鶴は要領を得ず、顔を見合わせるばかり。


 ここで救急車の到着を待つ面々の前へ、予想だにしない人物が登場する。


「この罰当たりどもがぁ! この神聖な場所で何をしとる!」


 やたら活きのいい老婆だった。

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