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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
不思議の森林公園編
20/101

01 儚い平穏

緩めの新編始まりです

 とある土曜の日暮れ前。

 いわゆる猫の額程度の庭先で借家の主がしゃがみ込んで唸っていた。目の前には年期の入った七輪。物置で見つけたものだ。先住者が置いていったらしい。


「何故、火が点かん……?」


 まっさらな木炭を見て悲嘆に暮れる。使用済みの割り箸にだけ燃えた痕がある。三角のマッチ箱は既に空だ。


「準備はどうですか?」


 縁台に顔を出したのは見目麗しいピンクのエプロン姿。手にある皿には鯖の開きが乗っている。


「お手上げだ……全然点かない」


 顔も上げずに返事をする。

 焚付(たきつけ)を用意したのはいい。その焚付に火を移す種火が足りないのだが、気づいていない。着火剤でもあればまだ違ったであろうに。

 残るは最終手段――


「お千香……火を点けてくれ」


「最初から任せてくれればよかったんです」


 責め気味の口調ながら、表情は嬉しそうだ。艶やかな黒髪を後ろで束ねているため、長い髪は顔にかかることなく氷肌を晒している。家にいる間は愛する男に良く見えるよう、触ってもらいやすいよう、そうしていることが多い。


「うるさい。いいな、そっとだぞ。そっと」


 野営の類は男の仕事だと、手出しを拒んでいたのだがこのざまである。


「もう……わかっていますよ」


 しかしお千香の方も、以前河原で焚き火をしようとして一面吹き飛ばしてしまった前科持ち。

 七輪に手を翳すと瞬く間に木炭が燃え出した。これで熾火(おきび)になれば魚が焼ける。


「納得いかん……」



 思った以上に美味しく焼けた鯖を突きつつ、缶ビールを煽りつつ、縁側でまったりと過ごす二人。


――これだよ、これ。俺の求める日々は。


 舜治は焼き鳥缶を七輪に乗せてしみじみ思う。殺伐とした悪霊退治などしてられない。愛しい妖姫とのんびり過ごす、それだけを望む。その悪霊退治で懐がかなり潤っていることは取り敢えず棚上げしておく。


「ん~美味しいですねぇ」


 焼けたしいたけを頬張り目を細めるお千香を愛でながら、更にその思いを強めた。

 そして問屋は思うようには卸してくれない。

 玄関で呼び鈴が鳴る。


「ごめんくださーい!」


 来客は女性のようだ。訪ねてくる人間に心当りはない。大学で住まいを教えてある者もいない。交流の狭さの結果だ。辛うじて衛藤姉妹が近所だと知っているくらいか。声は姉妹のものと違う。

 お千香が玄関に向かっていく。

 その後姿を眺めながら、舜治はビールを飲み干す。


――厄介事の臭いがする……



「こちらは東浦舜治様のお宅で間違いございませんでしょうか?」


「そうですが、どちら様で――」


「いやぁん、可愛いエプロン姿! いや、待って、待って。美人! すっごい美人! 見たこと無いレベルの美人!」


 来客女性のテンションが上がる。お千香を見て興奮する人間は多い。しかしこのはしゃぎようはあまり見ない。


「ちょっと、あなた、普段何してるの? 芸能界に興味ない? グラビアモデルとかやってみない? あなたなら、あっという間にスターになれるわ! ダイヤの原石どころじゃないわ。もう既に磨き上げられた至宝よ、至宝!」


 縁側にいる舜治のところまで聞こえてくる。

 我関せずとばかりに、煮立った焼き鳥缶に柚子胡椒を入れる。これが風味良く、ビールを加速させるのだ。

 追加の缶を開けたところで、お千香が逃げるように飛び込んできた。


「しゅ、舜治、助けてくだ――ビール……追加ですか?」


 涙目で駆け込んでみれば、(すが)りたい男は素知らぬ顔でビールを飲んでいた。やおらジト目になる。


「ちょ、怖いよ、お千香さん。怖いって」


 舜治が涙目になっていった。



「コホン。取り乱してしまい、失礼をいたしました。わたくし、こういう者です」


 舜治に名刺を差し出す女は紺色のパンツスーツとメガネで武装し、キャリアレディを思わせる。されど先ほどのハイテンションとチラチラお千香を見る姿で台無し感漂う。

 見られている当のお千香は拗ねた風で缶ビールを傾けていた。


 名刺には「八重垣芸能プロダクション マネージャー 坂下美鶴(みつる)」とあった。


「芸能事務所が一介の学生になんの用ですか?」


 しげしげと名刺を眺め、もっともな疑問を口にする舜治。芸能界界隈に訪ねられる理由が皆目見当つかない。いや、都心へ出かけた際にお千香がスカウトされたことは数えきれないほどあった。

 あと気になると言えば「八重垣(やえがき)」くらいか。


「はい、ある筋から紹介していただきました。あなたが稀代の霊能者であると」


 坂下美鶴がメガネの縁を上げながら、きっぱりと言い放った。


――ちっ、本家が漏らしたのか……しかし、芸能界なんかに?


 過去には政治家や大企業絡みの案件に駆り出されたことはある。

 そんな思案が顔に出たのか、美鶴が語り出す。


「芸能界はありとあらゆる方面にパイプを繋いでいます。それは素人さんにはお話できないような裏社会にも。ですので、こうして東浦さんへと辿り着くこともできるのです」


「いえ、先程も言ったように、俺は一介の学生ですから。霊能者云々でしたら他を当たってください。」


「当初、紹介いただいた方は背の高い、ずいぶんと痩せた男性でした」


 人の話を聞かない系か。しかも、出てきた男に思い当たるフシが。

 美鶴は続ける。


「なんでも、取り掛かっている件があるから引き受けられないと、断られてしまいました。代わりにとんでもなく能力が高く、且つ暇である人物がいると……」


 平気で人を暇人呼ばわりするようなやつは――


「ひとつ聞きたいんですけど……その男は見えてるかどうか怪しいくらい目が細くありませんでしたか?」


「ええ、そうです。やはりご存知の方だったんですね。良かったです」


 舜治にとっては良くない。


「長田ぁぁ、押し付けやがったな! あの野郎、恨みでもあんのか!」


 当人に聞けばあると答えるはずだ。

 女性の二人が目を丸くする。お千香は缶を落としそうなほど驚いていた。


「舜治?」


「ああ、なんでもないよ……いや、お千香、今度長田に会ったら、問答無用でぶっとばしていいからな」


「知りません」


 まだご機嫌は斜めのようだった。

 少なくともこれで霊能者と白状したも同然となった。



「それで、坂下さん、俺にどうしろ、と?」


「はい、今、この街で映画の撮影をしていることはご存知ですよね?」


「存じませんが」


 舜治はそう応え、お千香はどうかと目を向ける。焼き鳥缶に箸を伸ばしていた。


「そ、そうですか……いえ、構いません。その映画にわたくしがマネージャーをしている女優が出演していまして、撮影が行われています。その撮影中におかしな事故が頻発するので、頭を悩ませているのです」


「はあ」


「その映画は少しオカルトチックなものですので、スタッフの誰かが呪いだの祟りだのと騒ぎ始めてしまいました。そうなると出演する俳優たちにも影響が出まして……特に女優陣は影に怯えたり、聞こえない音に反応したりする有り様なのです。ですから、こう、強烈なお祓いなどしていただきたいのです」


――また、そんな話か……。


「それで……あ、お千香! それ、全部食うなよ」


 拳大の塊ベーコンを七輪に乗せようとしている。とある高原の町で買ってきたとっておきだ。

 まだ拗ねているようで、ぷいと横を向く。その表情と仕草が舜治の甘い心内をくすぐる。狙っているのかと疑いたくなりそうだ。


「あのぅ……聞いてます?」


 流石に坂下美鶴が突っ込む。もう一度メガネの縁を上げながら。


「聞いてますよ。それで、俺向きではなさそうです。残念ながらお引き受けしかねます」


「理由を伺っても?」


「まず撮影中の事故ですが……中身は何も聞いてませんが、そんなことはスタッフの責任でしょう。安全に対する配慮が足りないとしか言いようがありません。そして女優さんたちですが、精神科の受診をおすすめします。ストレス性のものと思われますね。最近はいい薬があるそうですよ」


 至って正論を述べる。本音はその程度なら俺じゃなくてもいいでしょ。流石に口に出さない分別はある。

 しかし当事者はそれで済まない。


「そんなこと言わないでください。せめて一度、現場に足を運んでいただけませんか? 一度でいいですから。報酬も望むだけお支払いいたします」


 実は結構切羽詰まっているのだろうか、髪が激しく揺れる。


「お金の問題ではないんですが」


「それなら、あちらのお千香さん?ですか、あの方をうちのプロダクションに預けてくれませんか? 一流の、いえ、超一流のモデルか女優にしてみせます!」


 一気に深刻さが薄れていった。

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