01 日常からの
連載本編開始です
「藤堂さん、おはよう」
「藤堂さん、今日こそランチを一緒に行こうよ?」
「千香子さん、今日も素敵な装いですね」
毎朝の恒例行事。舜治が登校する度に男どもがわらわらと寄って来る。
「いたのか東浦、朝から大変だな」
「いつもいるだろ、ほっとけ」
舜治は数少ない友人に悪態で返す。何度繰り返したやり取りだろうか。
群がる連中のお目当ては無論お千香。ここでは藤堂千香子と名乗っている。
170センチを超える身長と豊かな曲線を描くボディライン。そして前髪を切り揃えず伸ばされた黒髪から覗く白い氷肌と玉骨。
お千香は目立つ。虫を惹き寄せる花のように。
「どいてください。校舎に入れません」
一見高嶺の花として近寄りがたいお千香だが、あまり冴えない感じの舜治が連れているために押してくる者達が多い。やっかみも手伝って毎日この有り様だった。
しかしお千香はにべもない。
そこへ諦めない男が一人いた。
容姿に自信があるのか態度にも溢れている。お千香を遮るように立つ。
「まあまあ藤堂さん。こないだ川沿いの通りにお洒落なカフェがオープンしてるの見つけてさ、一緒に行きたいなぁって思ったんだ。お昼にどうかな? こいつなんかといるよりいい思いをさせてあげるよ」
舜治を指差す。
――あのバカ!
その男を除く場にいる一同が心一つになる瞬間。
一瞬の静寂の後に炸裂する鈍い音。
続いて聞こえてきたのは人が崩れ落ちる音だった。
「……魔女の鉄槌」
誰とはなく聞き取れないような呟き。それなのに視線が一点に集まる。
そこには拳を突き出すお千香の姿。
立ち昇る黒いオーラを見た者はそれが幻覚だと思えなかった。
「下郎が、身の程を知りなさい。私の愛する舜治を貶めるなど許しません」
「やり過ぎだ、このバカ! ほら、行くぞ」
「あ、待ってください。まだ言い足りないことが」
「もう聞こえてねぇよ」
周りの時間が止まる中、一足早く復帰した舜治がきれいな右フックを決めた拳を掴み、校舎内へと引いて行く。
舜治が学内でお千香を連れるようになった当初、あからさまに舜治を排斥してお千香を口説こうとする男が続出した。
結果は先とそう変わらない。お千香が物理的に対応したのだ。
それこそが魔女の鉄槌。
それ以降お千香とお近づきになりたければ、極力舜治のことに触れないようにしなければならなかった。
ラガーマンや柔道家などの屈強な面々が瞬殺されてきたのだから無理もない。
それでも忘れた頃にやらかす奴はいる。
もっとも今回殴られた男とて一撃KOされるほどの暴言とは思われないのだが。
「生きてるか? 加藤のやつ」
その加藤を助けるものは誰もいなかった。
■ ■
時と場所を移して、お昼休みの学内小公園のベンチ。
舜治とお千香は昼食中である。
二人が頬張るのはお千香手製のおにぎり。絶賛金欠中のため具とおかずはない。
「お千香の握るおにぎりは美味しいな」
「ふふ、ありがとうございます。おかずがなくて申し訳ないのですが」
「あと一週間の辛抱だ。ネットで見たけど、ノビルって野草が食えるらしい。河原に生えてるってさ」
仕送りが待ち遠しい。
「それはそうと、今朝みたいなこと、もうちょっと抑えてくれよ。俺に実害があったわけじゃないんだ、殴らなくたっていいだろ」
「私は悪くありませんし、後悔もしていません」
思うところはあるのかバツが悪そうにそっぽを向く。
少し膨らませたお千香の頬をつつきたくたる衝動を舜治は抑える。
「せめて学校内では穏やかに暮らしたい」
お千香を連れ歩いている時点で無理な話であることを忘れてはいないだろうか。
「舜治も舜治です! 伴侶がナンパされているのにいつもほったらかしです! たまには男気を見せて追い払ってくれてもいいではありませんか! もし私が襲われても助けてはくれないのですか?」
お千香は舜治の手を両手でつかみ、上目遣いで訴える。潤んだ瞳が普段凛々しい眼尻を下げていた。これに抗える男はそういないだろう。
そこに鉄槌を振るう魔女の面影はない。
舜治も当初は彼氏らしく前に立とうとしていた。早々と鉄槌が見舞われるために何もできず、次第に傍観するようになっただけだった。
「いや、力尽くでお前をどうこうできる人間なんていないだろ」
そもそも人外の化生なんだし、とまでは口に出さなかった。
つい目を逸し、これ以上むくれられても困るとばかりに頭を撫でることにする。
「そういうことを言っているのではありません。誤魔化すことばかり手慣れてきてますよね」
「ソンナコトナイヨ」
「もういいです」
――拗ねてるお千香も可愛いんだけどね。
口に出せば万事解決するのに、なかなか言い出せない舜治であった。
「え~と東浦君、ちょっといいかな?」
昼間っから学内でいちゃつくカップルに近づき、恐る恐る声をかける女がいた。
愛嬌のある顔立ちにメガネが似合う。
会話をした記憶はないが同じ講義を取っている女子学生だったことを思い出す。
「何か用ですか?」
「う、魔女……」
返事をしてほしい相手ではなく隣で凄む魔女が応えたため、声のかけ主はまともに怯む。
「魔女? もしかして私のことですか?」
更に眼光が鋭くなる。
日頃黒を基調としたヒラヒラのついたワンピース類を好んで着ているお千香に対し、容貌や雰囲気も相まってついたアダ名が魔女。
名付けは女性陣の誰だったか、さして悪意もなかった。まさに見たまま。
学内でお千香に反感を抱く女性は意外や少ない。舜治に一途なところが好評価なのだ。
舜治が女性受けしていなかったことも拍車をかける。
但し面と向かって呼ぶ者はいなかったため、お千香自身は初耳だった。
鉄槌についてはそのアダ名に乗っかった男子学生による命名。
「あ、ごめんなさい、藤堂さん。そう呼んでる人結構いるから、つい」
既知の舜治は内心ニヤつく。
「知っていましたね?」
顔には出てないはずなのに、お千香の肘が脇腹に刺さる。
「ぐっ、それで、俺に用事? え~と……」
「やっぱり知らないか、私の名前。藤堂さん以外の女子に興味無さそうだもん。衛藤玉樹よ。東浦君と同じ文科Ⅱ類の二年」
興味が無いわけじゃない、とは口が裂けても言えなかった。
「それで衛藤さん、私の舜治にどういった御用でしょうか?」
警戒を強めるお千香に対し、今度は気圧されず玉樹は真顔で答える。
「ゴーストハンターをお願いしたいの」